ただ、ひたすらに、透明的な

 僕は噂好きを自称する、極々一般的な男で在る。周囲の人間は急ぎ野郎と溜息を吐くが、己の衝動を留められる類の『人』など在らず。僕が欲する超越的なエネルギーは怪奇小説群ラヴクラフトとも言えよう。覗き込むべきは世界。人生への拒絶を体現した、悪質的とも児戯的とも呑み込める、闇黒の偏食で在れ。ああ。視よ。此れが神々。即ち、未曽有を嘲笑うような貌の『在り方』なのだ。僕の掴もうと伸ばした『宝』は最初から想像上でしかなく、啼く事も無い透明よ。されど此度の噂には現実味が――何せ。周囲の人間が孕んだ、生への否定が成した――在るのだ。皆には馴染みの自殺で在る。違うな。亡いものだ。故に『有る』と記すべき。今週で身を投げた肉の塊は十に及ぶ。実際に視た輩はこう吐いた――ええ。確かに。彼は楽しそうに。魅了されたように。飛び込んで逝きましたよ。羨ましく思うほどに。私も彼に続きたいと、何度――輩は、即座に死を感受実行した。ああ。先程の台詞を繰り返す。が在ったのだ。過去形で在る。そうだ。僕こそが『輩』だと知るが好い。当たり前だろう。此れが『晴れやかな自殺の如く物語を始めよ』を実現させた狂静だ。ほら。透明的な僕の衝動に、君を連れ去って魅せよう。神は僕だ。

 で。貴女の息子は如何に死に絶えたのだ。ああ。怒り貌を視るのは飽きたのだ。莫迦の遊戯に付き合うほど、俺は阿呆では無い。おい。拳を掲げるとは何事か。俺の名前を忘れたのか。俺の存在を忘れたのか。俺が蘇生の天才だと忘れたのか。可哀想に。ええと……崖から身を投げて夜鷹に攫われたと。ふむ。少々厄介だな。貴女は確かダンウィッチの出身だと聞く。ならば理解は容易いだろう。息子さんは恐らく『哄笑』されたに違いない。哄笑に中てられた魂の行き先など誰が知るものか。待て。落ち着け。戻す方法が一個だけ存在する。ヨグ=ソトホウトに誓って、貴女の息子は助け出そう。俺の名に誓って救出しよう。

 僕は何処に在るのか。もはや。此処が地獄では在らず、楽園で在る事を知って異るのだ。場所など無意味で、神に棄てられた未曽有の中心だと理解は成された。極彩色。宇宙からの諸々も、此処では薄れ往く定めの『魂』なのだ。故に僕は此処を透明的な空間と認識し、自らの証明すらも曖昧に融かすと決断した。柔らかな死の抱擁が、温かくも冷たくも『 』い。現にさようなら――何だ。僕の先端に触れる掌は。畜生! 誰が貴様に連れ去られるものか。僕には生まれるべき巣窟が視えるのに……糞が。戻るのは厭だ。厭なんだ! 

 息子の声よ。早く助けてあげて! まあ。慌てるな。貴女の息子さんは直ぐ傍だ。此の鎖を引っ張れば対面も簡単だ。兎角。緩やかに往くぞ。俺達も最悪往くハメに成る――うお。強烈な力だ。夜鷹どもが獲物を貪る啼き声だな。予定変更だ。数分で決着を付けるぞ。憑かれる前にな。


 ただ、ひたすらに、透明的だが。

 彼等の心は透明に在らず。

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