願い
私を殺し給え――気でも狂ったのか、戸口の先で友が思いを吐いた。友の想いが如何なる愉悦で、恍惚の至高だと理解しても、狂気の沙汰だと俺は首を振るだろう。されど相手は――可哀想なほどに触れた、愛すべき――友なのだ。俺は聞く権利と訊く義務を所有する。最後でも最期でも、友には真の歓びなのだろう。さあ。言葉を撒き散らすが好い。此れが極まった錯乱でも、何でも俺は咀嚼して魅せる。真面目なのは容易に解る。判るのだ。枯れ枝の如く痩せ細った、友など知らない。
「私が旅に出たのは数か月前だ。空を駆けても辿り着けぬ、宙の放浪は堪らない。確かに私は此の時まで、地球以外の惑星に存在して『異』たのだ。人間の輪郭すらも判りし難い、月や火星でも在り得ない貌。友よ。私が何処に在ったのか、想像可能なものか。私が居たのは闇黒の底。ユッグゴトフの遥か奥。菌類どもが恐れて蓋を成した、真の地獄の沸騰で在る。其処には誰もが知らぬ『蠢き』と『膨張』だけが嘲りを浮かべ、私の精神だけを引っ張るのだ。ああ。友ならばユッグゴトフ。ミ=ゴどもの技術は頷けるだろう。何せ。数年前に『闇に囁くもの』を一緒に覗き込んだのだ。明滅する頭部他を語る必要は無い。さて。兎角。私は輝くトラペゾヘドロンが制作された場所を越え、最果ての海に――闇黒の波だ――沈んで往く。勿論、死に絶えるほどの窒息は在らず、在るのは気を削り取る悪質的な抱擁のみ。視よ。聴け。私は身体を唾棄し、新たなる宿り肉を選んだのだ。如何だ。素晴らしい話だろう。だが自殺を……他殺を願う所以とは言えぬ。此処に己が存在する証明にも成らぬ。さあ。聞いて驚くな。意識が遠退き、
俺は友の頭蓋を撲った。脳味噌が床を濡らすまで撲った。
だが。幸いなるかな。
其処に友など無かったのだ。
元から。俺に友など存在しない。
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