復讐劇

 私は記憶と記録された存在だ。存在すらも抹消され始め、薄まる輪郭に絶望の貌だけが嗤う。サイクラノーシュへ罪人を追い、地獄で共に腐り果てた元神官に裁き有れ。立ち去れなどと吐いた覚えは皆無だぞ――云々と吐き散らしても、私は庇護される飼われた鹿だ。夫とも言い難い混沌の彼は忙しなく、最近は私の愛も忘れたらしい。全く。魔王の使者だと謳われても、結局は破滅と創造を繰り返す愚物だろう。ああ。畜生。文字通り私が畜生か。女神と呼ばれた過去は、永劫の果てに消滅する。イホウンデーの名は無に融けた。此れは赦されない真実だ。故に私は復讐を――怠惰で暴食な蟾蜍に復讐を成すと決めた。元々は『敵対』など在り得ない『もの』だったが、亀裂の奔った現実に背ける角など無いのだ。されど問題は脱出で在る。私を束縛するのが好きな嘲笑君主が厄介よ。千も存在するのだ。一個一個を騙すなど到底不可能。ならば如何に為せば好い。ならば如何に成せば好い。副王の所業を想起せよ。奴は人間との仔を世に墜とした。されど『それ』では今は留められず、私――イホウンデー――は最期を迎えるのだろう。女神だ。同種の存在を真似れば良い。黒山羊の模倣は如何だ。確か人間に化ける方法が! 此れだ。私が私を解放するには此れしか……さて。決定した。後は実行するだけだ。蟾蜍よ。私の憤慨に怯えて潰れるのだ! 踏み尽くしてれる――蜘蛛の橋他を抜けた先、奴の寝床が視得る。人間どもの骨が山と化し、寝惚けた太っちょがぐえぐえと鳴く――ああ! ツァトゥグア様! 私は蜘蛛の神からの生贄です。如何か、貴方様の空腹を癒す糧と思われ給え――奴の腕が動いた。蹴りの為に身構える。堪らないな……凹ませてやろう。


 ところで。

 黒山羊の化身は、心身共に『人間』に成り果てるらしい。

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