視に往こう

 騒ぎが起きたのは昨日の夜中。僕が眠れずに宙を仰ぎ、隠れた月に祈りを捧げた際。誰かの絶叫が村を抱擁した。獣よりもおぞましい音に村民総てが叩き堕され――根源。轟きの原因たる襤褸屋敷に乗り込んだ。其処に棲むのは独りの老婆で在り、皆からは『ちゃうちゃう婆さん』と呼ばれて在った。何故かって。皆の言葉。如何なる正論でも『ちゃうちゃう』と嗤って唾棄したのだ。故に本来ならば『婆さん』が死んでも悲しむ必要は無い。だが。此度の咆哮は別だ。明らかに『老けた人間』の成せる所業に在らず。さて。改めて。此れは昨日の出来事だ。月も陰る、十字斬りよりも恐ろしい事柄だ。彼女『ちゃうちゃう婆さん』の言の葉を紙に綴ると『こう』成る――だ。離躯裏が現れたのさ。わしの躯を盗んで往った。ああ。わしらは。わしらは。祈る方法を忘れたのさ。もう。村は終い――結局、皆は婆さんの戯言狂気だと嗤い遭ったが、互いの貌が可笑しい事に気付いて……勿論。ちゃうちゃうの滑り声だ。人間は元から『こういう』もので在る。眠り込む皆。静寂に回帰した村。僕は『視ない演技』は出来なかった。不可能で仕方が無かった。もう一度。ちゃうちゃうの婆さんを拝んで視世得――視世得=愚外法答――阿々。呵々。此れは。此れは。僕は最悪な時に選ばれた。ちゃうちゃう婆さんが僕を指差して、こうった。

 ほら。やっぱり。アンタが来たのかい。

 否在得群。ちゃうちゃう。ふぁーぐん。

『視に』来たアンタが離躯裏リグリの最初だよ。


 ちゃうちゃう。婆さんの鼻があぁんなに。ながいなんて。

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