もぉと啼け

 歓声が涌いた。飛沫に満ちて悪魔が涌いた。最高の昂揚に場が狂い、至高の味に人々が波と成る。トドメだ! トドメを刺せ――俺の脳味噌が興奮を吐き出し、世界が甘美に堕ちて往く。輝く一撃を奴に振り下ろすのだ。俺が此度の主役で在る。刺殺だ。刺殺だ。刺殺こそが誉だと、皆が俺の耳朶奥を擽る。煩い。五月蠅いぞ。俺の恍惚を邪魔するのか。好いだろう。刺殺エストカーダだ。ピカドールどもに続いて謳え。俺こそが舞台役者マタドールよ。さあ――どうん。愛すべきもぉが斃れたぞ! 喝采だ。咆哮だ。勇敢なる俺達に祝福在れ。

 宴を終えた俺は輝かしい血液と共に煙を食む。騒がしい人間の群れは肉の踊る食卓に消え……兎角。此度も俺は生き残った。此度も俺は生命を墜とさずに済んだ。ああ。世界は真におぞましい。此処まで残酷に成れるのか。重ねて。俺は俺の心身が恐ろしい。此処まで狂喜するほど『達する』のか。集まる熱は最後に放出され――話を戻そう。俺は救われた俺自身の魂に感謝し、もぉの血肉を啜るのだ。毛皮は加工し衣装と見做せ。次の宴まで数日だ。対戦相手もぉの貌は知らぬ。されど体格は報せられた。何だったか。電車一両? 電車とは何だ。如何でも好い。情報など事実に含まれず、結局は嘘の塊なのだ。誰も俺に『地味』を赦さぬ。派手吃驚の所業こそが観客どもの熱狂で。幕が開き。

 おい。おい。嘘だろう。何処がもぉだ。瘤は何処だ。首は何処だ。貴様等は如何なる場所で『此れ』を育んだ。真逆、奴の餌がもぉだと笑うのか。嗤うのか――莫迦な。気でも触れたのか。糞が。畜生――視察を成すべきだった。刺殺など不可能! ええい。上等だ。貴様の肉も屠って魅せよう。


 歓声が涌いた――神よ! 救い給え!

 トドメだ。トドメを刺せ!

 てけりり。てけりりりり!

 歓声ショゴスが涌いた――此度は俺がもぉらしい!

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