抱擁の所業

 "Mein Vater, mein Vater, und hörst du nicht, Was Erlenkönig mir leise verspricht?"――Erlkönig



 囁きを聞いた。私の脳味噌に留まった、地獄からの誘いだ。誰も私を赦す事は無く、底に墜ちるのは生命でも在らぬ。ならば何なのか。答えは単純だ。私の肉だ。即ち、私は既に腐り果てた『もの』で、魔王に連れ去られた犠牲者で在る。されど其処には娘も視得ず、如何なる娯楽も活性に至らない。ああ。私は騙されたのだ。魔王と名乗る無の貌に。ナイアルラトホテップと名乗る千の化身に。這い寄る夜霧に誑かされて――兎角。私は此処でさまよう、愛に餓えた魂と確固決定された。黒い皮膚の悪魔に叩かれ、燃え盛る愉悦に苛まれる。誰でも好い。如何か。私の魂を永劫から解放し給え。死の方がマシだ。生に縋るほど愚かでも無い。さあ。さあ。神よ。哀れな魂の消滅の安寧を。さあ。さあ。神よ。哀れな魂に慈悲の抱擁を――好いでしょう。アナタの魂は私が殺し尽くして晒しましょう――神の声だ。私の祈りは神に届いたのだ。素敵な光輝がいっぱいに。


 

"Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt, Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt."――Erlkönig



 私には確かに視得るのだ。其処には。畝の後ろには。可愛い娘の姿をした、神の輪郭が……祝福に満ちた。地獄からの解放。胎内への誘いが……シュブ=ニグラス……魔王の娘こそが神で在るべきだった。

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