第5話 第一工程・岩盤補強
第二次作業団の残り九十名が全員到着するまでにはまだあと一週間近い時間を要したが、それまで僕らが怠けていいというわけでは、もちろんない。
まず取り組んだのは、マリウス・チューブ全体の岩盤補強工事だった。
第一次作業団がある程度の補強はしてくれているものの、資材も人員も足りない彼らが資材運搬路を掘り抜き、二百人分の
いわばそれは応急処置であって、本格的な地盤安定化作業はこれからなのだ。
『ツヅキ、グラウト材の十二番がなくなっちまった。根本にあるやつを送ってくれ、サイズは小でいい』
耳部スピーカーで機械的に再現された「向き」のある音響を聞いて、僕は上を見上げる。
この音響再現技術は便利なもので、常圧大気環境下での会話のように、声が聞こえた方向へ振り向く、ということができるようになっている。
今回振り向いた先にいたのは、作業用機械を纏った同僚の一人だった。
オリンド・テルミーニオは建設機械の曲芸乗り世界大会で五連覇を果たしたという風変わりな男で、少しばかり軽薄だがそれを補って余りある卓越した操縦技術を持っている。
彼が今操っているオレンジ色の作業用機械は主腕が二本に補助腕が二本ついてずんぐりむっくりとした、どちらかというと奇形の宇宙服に近い代物だったが、彼にはなんら問題ないらしい。
高所作業車によってチューブの天井付近にまで上り、その小さなカゴの中から器用にチューブ天井の脆弱な部分を補修している。オリンドが高所作業車を操作して地面に置いてある建材を取りに来ることも可能だが、時間も手間も余計にかかるし、非効率的だ。
「ああ、わかった。ビームでいいんだな?」
『そりゃもう。取り損ねるようなヘマはしねえさ』
なので僕は彼と同じような作業用機械の「手」に持った充填剤のパックを、オリンドのいるカゴに向かって持ち上げた。
オリンドも「手」を差し出して、受け取る姿勢を取る。
宇宙服と作業用機械を兼ねた奇妙な乗り物のAIが、僕とオリンドの「手」の間に安全な直通のラインが形成されたことを認証する。ソフトウェア内のセーフティが解除され、僕が一言二言指示を出すと作業用機械は忠実にそれに従った。
僕の「手」からオリンドの「手」へ、充填剤のパックがふわふわと飛んでいく。 充填剤パックは直線的に投射され、歴史的名ピッチャーの投球に匹敵する抜群のコントロールでオリンドの機械の手のひらにすっぽりと収まった。
出力が足りないので、地上ではまだ精密機械の製造現場だとかの限られた場所でしか使われていない。しかし運動ベクトルに影響する空気抵抗や風がない宇宙空間でなら、こんな風に物の受け渡しに使うこともできる。
そうやって
どうにも形容しづらい、ショベルカーを首長竜に見立てて改造したような土木作業機械の長い「首」には、長大な鋼鉄の杭が装填されている。
グラウンドアンカー工法というのは、簡単に言ってしまえば地面に杭を突き刺して地盤を固定する地盤改良法である。主に土砂崩れなどが起きやすい不安定な斜面に対して行う工事なので、本来鉄とチタンを豊富に含む強固な玄武岩で形作られたマリウス・チューブには不要なはずのものだ。
しかし困ったことに、初期調査チームが地質調査を行った際に発見された一部地層には、明らかにこうした地盤改良が必要な特徴が発見されてしまった。
ドロドロに溶けたチーズの時代にどんな過程を経てそんな変質が起きてしまったのかは未だ不明なものの、不安定な地盤を残したままでは他の工事を進めることもおぼつかない。
まず
『掘削抗よし、アンカー降ろせ!』
橙色の四本の腕が生えた|四本の腕が生えた工作機械(フォー・アームス)に乗る監督者が、乗機に備えられた各種センサー群で状況を見ながら指示を飛ばす。その周りで地盤の様子を見守る常用宇宙服の
残りの九十人と一緒に届く資材が揃うまでは、そうした地盤固めの作業が僕らの仕事の大半を占めていた。ただしそれ以外にも、急いでこなさなければならない重要な作業も存在しないわけではなかった。
それがすなわち、食料と水の確保である。
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