第4話 真夜中の職人たち
LPAという組織の巨大さを――すなわち、それだけの規模を用意して取り組むに値する事業であるということを象徴する光景が、
六分の一の重力の中でも、最新の重心安定ジャイロとセレスティノ班長の運転技術のお陰で
針の穴は近付くにつれて蟻の巣穴になり、ぽっかりと開いたマンホールになり、やがては玄武岩の広大な平原たる月の海の西側に大きく広がる嵐の大洋、そのさらに北西に位置するマリウス丘に、ぽっかりと空いた大穴になった。
月北緯十四度、月西経五十七度の
捻りも何もない呼称だが、この直径六十五メートルの
かつて月探査衛星『かぐや』が最初に発見したマリウス・チューブの糸口。この大口を開けた岩穴は、文字通り行き詰まりかけた人類の宇宙開発に開いた突破口なのだ。
その
スロープの正体は、現時点では唯一のマリウス・チューブへの出入り口でもある資材運搬路だ。第一次作業団は苦労して運んできた部品を組み立てた特注のシールドマシンに、
僕たちの仕事はこれら先達の「工事をするための工事」を活かし、月面基地建設の最も重要なほとんどの工程をやり遂げ、第三次作業団がカーペットを敷いて家具を備え付ける以外に何もやる事がないように完璧な仕事をしてみせることだという。
もちろん第一次、第二次、第三次のどの工程にも重要さの優劣などはなく、第三次作業団には
とはいえ月面での土木、建設作業はどれも命の危険を伴う過酷な任務だ。
それぞれが自分の作業を最も重要だと思っているくらいでちょうどいいのだと、月面総監督は語っていた。
十五人の建設士とセレスティノ班長を乗せた月面車(ローバー)が入構管理ゲートを越え、地下へと続くトンネルへ潜っていく。シールドマシンによって掘削と地盤の固定を行われた運搬路は底部を除き筒状で、カーボンナノチューブの艶の消えた黒で塗り固められていた。
明かりの光量だけは強いが、黒い筒の中には有線無線の通信中継機材と送電用チューブの他には何もない。
それ以外の物は、すべてこれから僕たちの手で付け加えられていくのだった。
『悪いが歓迎パーティーはまだ先だ。君たちの後にまだ九十人も残ってる。ケーキは全員が月に降りてからだな。だが我々第一次作業団の五十名は、君たちの到着を本当に心強く思ってるぞ……ほら、あれを』
セレスティノ班長が宇宙服のヘルメットを道の先の一点に向けてしゃくった。
緩やかな螺旋状のスロープを抜けた先に、ハリウッドもかくやというほどのライトの群れで照らされた広大な岩石のステージが現れた。
左右に伸びる洞窟の全容はとても見渡すことなどできない大空洞を形作っていて、頭を上げれば例の縦穴がぽっかりと口を開けて豊かな星空を切り取っている。
正面の壁にはおそらく最後には切り出されるであろう飛び出した岩があり、その前面が明らかに職人の扱った工作機械のしわざと思しき完全な平面に整えられている。
手作りの石碑には、これもまた工作機械で大きく英文が刻まれていた。
――
『十五人の新たな同志よ。月へようこそ!』
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