第3話 ルナ・パイオニア・エージェンシー


 月面先駆機構ルナ・パイオニア・エージェンシーという組織が正式に誕生したのは僕が六歳の時だったが、その本当のはじまりを探ってみれば、それは僕が生まれる四年も前に遡ることになる。

 二〇一七年に月周回衛星『かぐや』の遺したデータとJAXAによって発見された、直径五十キロメートルにも及ぶ月面の大規模熔岩洞窟『マリウス・チューブ』。

 月面基地建設の候補地として最適な条件を備えたこの地下空洞の発見から月面先駆機構LPAは生まれたと言ってもまったく過言ではない。

 マリウス・チューブ。

 この天然の地下大空洞は、かつて月面が天体衝突によってドロドロに焼けたチーズのように溶解していた時代に流れていたマグマの外側だけが冷えて固まり、固まった外側に保温された内側のマグマがそのまま流れ出した結果、あたかもストローのようにチューブ状の洞窟ができて生まれたものだ。

 地球にもこうした熔岩洞窟マグマチューブ自体は火山の周辺などに存在するが、全長五十キロメートル、横幅平均二百メートル、内高平均二十二メートルというサイズはさすがに規格外になる。

 そして平均して約五十メートルという分厚い岩盤に覆われる地下空洞には、子供たちが目を輝かせる格好の冒険の場というだけではない価値があった。何故ならそこはオゾンと大気、偉大な磁場によって手厚く守られた地球表面ではなく、隕石と放射線と昼夜で二百度にもなる激しい温度差が容赦なく襲ってくる月面だったからだ。

 五十メートルもの強固な岩盤は、降り注ぐ隕石のほとんど全てを防ぐことのできる天然の天蓋になる。当然目に見えない宇宙線を防ぐにも十分な厚さがあり、直射日光を浴びずに済む地下ならば温度差も生まれない。

 しかも溶けたマグマがガラス質に凝固してできた洞窟の気密率は高く、天井に空いた大穴さえ塞いで空気を満たしてしまえば、真空の問題すら解決できてしまう。

 それでも月面に人員と資材を輸送する莫大なコストや月面での大規模な土木、建設工事という誰にとっても未経験の作業を達成しなければならない困難はある。

 だがゼロから地表に基地を建造したり、地下を掘って建設するのに比べれば、比較にならないほど月面基地の実現可能性は跳ね上がる。

 かくして二〇二二年に発案された人類初の本格的な国際共同月面基地開発プロジェクトから五年後、二〇二七年にLPAは発足する。二十年余りの時間をかけて、LPAは月面基地建設におけるすべての問題点とその解決法、そして基地を建設するに足る理由を洗い出した。

 そして、計画が実行に移される事になった二〇五二年の今。

 月面先駆機構ルナ・パイオニア・エージェンシーは七十二の国と企業からの出資と数知れない民間からの寄付を受け、NASAやJAXAをはじめ六つの歴史ある宇宙開発機関が残らず参加する、巨大な国際機構へと成長していた。

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