3-3

 仕事を終えたダリアは戸締りを終えた図書室の鍵を返しに事務室に向かった。そこには事務員のほかに珍しくドクターがいる。

「あら、ダリア。どうしたの。」

 事務員の言葉にダリアは手元の鍵を掲げた。

「戸締りが終わったので鍵を返しに。」

「そうじゃなくて。どうしてそんなに泣いているの。」

 そう言われて、彼女は自分が涙を流していることを思い出した。あまりにも流れ続けるものだからすっかり忘れていたのだ。

「わかりません。」

 彼女はいつもそうしていたようにドクターのほうを見た。

「薬をください、ドクター。」

「診察のほうが先だな。」

 その言葉に素直にうなずいて、適当な椅子に腰かける。

「思い当たる原因は。」

「詩を読みました。先生が朗読してくれたものです。そのことをチェインさんに話しました。」

「あいつは何と。」

「先生に会いたいか、と。」

 それからダリアは先ほどのことを思い出して、「泣きそうな顔をされてました。」と付け加えた。

「まったく、くだらない。」

 ドクターの声に、ダリアは見慣れた顔をじっと見る。

「精神が不安定になったんだろう。いつもの薬を飲んで寝ればいい。」

「……はい。ありがとうございます。」

 おざなりな診察を終えて、ダリアが事務室を出て行く。その後ろで事務室から、事務員が何かお小言を言う声が漏れ聞こえていた。

 ちょうどダリアとすれ違うようにチェインが事務室に入ってきた。ぐちぐちと文句を言われてすっかり小さくなっているドクターを見て、ぐっと笑いをこらえる。

「――ダリアに変なことを聞いたらしいな。」

 ドクターの言葉に、チェインは「はい。」と返事をした。それからダリアの部屋の方向をちらりと見る。

「彼女自身は気づいていないでしょうが、あれはきっとさみしくて出た涙ですよ。」

「ダリアがあなたも泣きそうな顔だったって言っていたけれど。」

 事務員の言葉に男は先ほどと同じように、すこし泣きそうな顔になって言った。

「彼女はここから出られないんでしょう。――そんな話を聞かされた後だったんです。そりゃあ悲しくもなりますよ。」

 男はそれからすぐに部屋を出て行った。本当に零れ落ちそうになっていた涙を、誰にも見られないところへ行くためだった。

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