87 夢法師の提案

「肝心のイムソダをなんとかする手段がないんだよね」


 そう言ってため息をついた私に、


 ――やつについては、わしに考えがある……


 夢法師が言った。


(そういえば……)


「私に取り引きを持ちかけたってことは、あなたにはイムソダをどうにかする手段があるってこと……なのかな?」


「なにっ!? 本当か!?」


 私の言葉に、シェリーさんが食いついてくる。


 ――聡い娘だな……さよう、わしにはそのあてがある……もっとも、実行するのはおまえなのだが……


「私が……? ああ、そっか、そういうこと」


 すこし考えて、私は夢法師のアイデアに察しがついた。


「お、おい、嬢ちゃん。ひとりで納得してないで教えてくれ」


 見張り騎士さんが(いつまでもこの呼び方じゃかわいそうだけど本名を忘れてしまった)私に聞く。


「私の精神を夢法師の力で飛ばして、幽世かくりよにいるイムソダを直接叩くってこと……だよね?」


 ――その通りだ……


 確認する私に夢法師が同意する。


「でも、それなら夢法師さんが直接攻撃すればいいんじゃないかな?」


 ――それができるなら、やつの脅迫になど屈していない……


 そりゃそうか。


「あなたにできないことが、どうして私にできると思うの?」


 ――おまえは、わしの力でおまえの夢に侵入したイムソダを、二度までも撃退している……おまえの魔術士としての才はずば抜けておる……まだ荒削りではあるが、わしが力を貸せば、イムソダめに痛撃を与えることができるやもしれぬ……


「そうは言っても、どうすればいいの?」


 ――簡単だ……幽世にあるイムソダの本体に近づき、ありったけの感情波をぶつければよい……


「感情波ってなに?」


 ――魔法の原型となる、エーテルの波動のようなものだ……魔法を具現化させず、エーテルのままでぶつければよい……おまえが『エーテルショット』と呼ぶ魔法と、おおよそ似た感覚のはずだ……具体的な形を結ばないままでエーテルをエーテルのまま対象に叩きつける……おまえのやっていることは魔の者の得意とする精神攻撃に極めて近い……


「でも、エーテルショットには物理的な威力があるんだけど」


 ――ダンジョンとて、エーテルの循環を利用して無から有を作り出す……おまえの生み出す現象は『エーテルの破裂』とでも呼ぶべきものだ……破裂したエーテルがその裂け目から現実世界へと溢れ出す……なまなかな術者ではそよ風にもならぬだろうが、おまえの場合はエーテルの凝集度が桁違いに高い……結果的に、爆発と呼ぶのがふさわしい威力を持つことになる……


「あれ? じゃあ、あれってけっこう効率悪い?」


 ――そんなことはない……通常の魔法は集めたエーテルの百分の一も使えていないが、おまえのアレは十分の一ほどを威力に換えておる……それを幽世にて行えば、エーテルの効率は飛躍的に高まる……イムソダとて、無傷では済むまい……


「理屈はわかったけど……けっこう大雑把なプランだよね? やってみて失敗したら返り討ちに遭うんじゃ……」


 ――だからこそ、わしはおまえを脅そうと思ったのだ……


 なるほど。


「うーん……いまの状況でそんなバクチみたいなことはできないかな。

 私が幽世に行ってるあいだに、クレティアスがルイスさんたちを連れて襲ってくる可能性もあるし」


 っていうか、まずまちがいなくそうなるだろう。


 ――わしはこれでもダンジョンマスターだ……いまはウンディーネたちの利便性を考えてダンジョンの運営を放棄しているが、一時的にこの一帯をダンジョンに戻すことはできる……とはいえ、迷宮と罠とモンスターをもってしても、さきほどの男を長くは食い止められぬやもしれぬが……


「イムソダを放っておいても、現世に干渉できない以上、向こうの戦力にはならない……のかな? 夢法師さんの力がなかったら覚醒者も増やせないはずだし」


 ――わからぬ……だとしたらなぜ、わしをこんなにも早く切りにかかった?


「それは、そうだね。イムソダにはもう現世に干渉する別の手段のあてがあるってこと?」


 だけどそうすると、


「夢法師さんをわざわざ消しにきたのは、夢法師さんにその手段を悟られるおそれがあると判断したから……か」


 私のつぶやきに、一同の視線が集まった。


「ってことは、さっきの作戦はありかもしれないね」


 顎に手を当てる私に、シェリーさんが言う。


「おい、ミナト。それは危険だとさっきおまえが……」


「うん、まぁ、幽世で妖怪大戦争みたいなことをするのはバクチすぎると思う。でも、威力偵察するだけならありなのかもって」


「ひと当てしてイムソダの状態を探るというのか? たしかに、それができれば事態打開の鍵が見つかる可能性はあるな……」


 ――ふむ……幽世を『泳ぐ』ことにかけてはわしのほうがイムソダより上であろう……わしはいざとなれば現世のほうに降りてこればよいが、やつにはそれはできぬからな……


「どこからでも現世に『降りる』ことはできるものなの?」


 ――幽世には現世における距離や位置は関係がない……言葉で説明するのは困難だが、幽世と現世を結ぶわしの能力は、この霧の森の中に限ってはどこでも使える……


「あれ? じゃあ、イムソダは霧の森にいるってこと?」


 ――イムソダは現世に影くらいは落とせても、特定の位置を占めることはできぬ……だが、やつがこの場所に意識を向けてさえおれば、幽世では擬似的に霧の森におるものと見なせるのだ……


「えっと、よくわかんないけど、『おまえがこの場所にいると思えばそうなんだろ、おまえの中ではな!』ってことかな」


 ――幽世の中ではな! ということだ……やつがこの場所に干渉しようという意図を持っている限り、やつはこの場所とつながっておるのだ……


 なぜか微妙にネタに乗っかってくれながら、夢法師がうなずいた。

 うなずくって言っても、そういう気配がするってことだけど。


「危険もそんなにないってことなら、やってみようか。時間をかけてもいいことはなさそうだし」


 ――うむ……わしはこの周囲をダンジョンに変え、ウンディーネたちを隠し部屋に避難させよう……それが済み次第、イムソダの様子を見に行くこととしよう……


「わたしとハインラインは、連中がダンジョンを突破してきたときに、幽世に精神を飛ばして動けないミナトを守る。

 いや、ミナトもウンディーネたちと同じ隠し部屋に置くべきか?」


 シェリーさんが聞いてくる。


「クレティアスは私を狙ってるみたいだから、べつのほうがいいかな。どっちにせよ夢法師さんも守らないとだし、私はこの部屋でいいと思う。二人には、クレティアスたちをこの部屋に入れないようがんばってもらうってことで。もちろん、万が一のときはってことだけど」


 ダンジョンだけで足止めできるのがいちばんだ。

 シェリーさんの腕はたしかだが、クレティアスとタイマンでは分が悪い。

 ハインラインという名前であることが判明した見張り騎士さんも、弓は得意だが混戦は苦手とのこと。たしかに、「狙い撃つぜ!」とか言い出しそうな雰囲気がちょっとあるね。


 ともあれ方針は定まり、私は夢法師のダンジョン化作業の終了を待つ。

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