65 出会いと別れは人の世の常

「おお、ミナト殿! よくぞ参られた!」


 再び十六層を訪れた私を、ポポラックさんが歓迎してくれる。


「あはは。たぶん、このダンジョンに潜るのも最後になるから、挨拶に来たんだ」


「さようですか。まだお役にも立てていないのに残念なことだが、お引止めはできませんな」


「うん、ポポラックさんたちも元気で。

 そういえば、ダンジョンマスターになったノームのことはいいの?」


「うむ。われらは、かの者に鬱積しておった妄念が晴れるまで、この地にて暮らすつもりだ。何年かかるかわからぬがな。

 アビスワームめはミナト殿が退治してくれた。ノームには案外住みやすい場所ではある」


「そっか」


 ダンジョンマスターを倒せばダンジョンは解放される。

 つまり、ダンジョンではないただの空洞が残ることになる。

 ダンジョンは力学的には不安定な造りだから、エーテルの循環がなくなると、遠からず崩壊するらしい。


 ダンジョンがあると周辺のモンスターが活性化する。

 そういう意味では実害があるんだけど、冒険者が潜ってドロップアイテムを持ち帰ることで、なにもなかったところに新しい経済が生まれるって面もある。


 だから、ギルドのほうでも、なにがなんでも攻略するつもりはないらしい。


(っていうか、実際無理みたいだね)


 二層でひいひい言ってるのが、大半の冒険者の実態だ。

 三層のコカトリス地帯なんて抜けられるはずもないし、その後、十七層まで下りてダンジョンマスターを倒すなんて完全なムリゲーだ。


(うん、まぁ、私ならできると思うんだけど、なにも言われなかったし)


 ダンマスとはいえ、ノームの仲間を倒すのも寝覚めが悪い。

 誰も損してないなら、ダンマスは放置のままでいいと思う。


「それで、そちらの御仁は?」


 ポポラックさんが聞いてくる。


 ポポラックさんが言うのは、私の背後にいる紫色の鷹頭熊たかとうぐま――ベアノフのことだ。


「ああ、こっちは鷹頭熊たかとうぐまのベアノフ。上のほうにいたんだけど、冒険者が活発に探索してるから、新しいすみかがほしんだって」


 ベアノフには獣人語で、ポポラックさんには精霊語で話さなきゃだからややこしい。

 以下、「私は○○と訳した」みたいなのは省略するよ。


「うむ、ミナトがノームたちのそばに住んではどうかと言ってくれたのだ。代わりに、モンスターの相手でも力仕事でも、頼まれれば手を貸そう」


「さようか。それはこちらとしてもありがたい話だ。喜んで受け入れよう。若い衆に、おぬしらのためのむろを掘らせよう」


「かたじけない。俺自身は人間との戦いを厭うことはないのだが、まだ若いものもいるのでな」


「⋯⋯あ、そういえば、モンスターはヒトの要素を摂らないといけないんじゃなかったっけ」


「これほどエーテルが濃ければ当面はもつだろう。いずれは浅い層にも出て、ヒトとやりあう必要もあろうが」


 モンスターと人間は相容れない。


 ままならないものだけど、考えてみれば人間と人間だって相容れないことがあるんだし。


 私は、見知らぬ人間の冒険者より、見知ったモンスターの肩を持つ。


(ギルドには内緒だけどね。一応、紫の鷹頭熊たかとうぐまに会ったら逃げたほうがいい、くらいは言っとくけどさ)


 おもに、シズーさんやアーネさんがベアノフとやりあうことにならないように、だけど。


 ベアノフとポポラックさんに別れを告げて、私は駆け足で地上に戻った。






「じゃあ、あの子の問題は解決したのね。よかったわ」


 と言ったのはシズーさん。


 買取所の天幕はちょうど暇な時間帯で、シズーさんと私の他には、遊びにきてたアーネさんがいるだけだ。


「はい。ドモさんが引き受けてくれてよかったです。

 それで、クレティアスのゆくえはわかりましたか?」


「北のほうへ向かったみたいね。北にある村で、手配書通りの人相の男が、急いだ様子で馬を走らせていったっていう目撃証言が出てるわ」


「北⋯⋯ですか」


「ここからいちばん国境が近いのが北だからでしょうね」


「国をまたげば、すくなくとも王国の追っ手はまけるからね。ギルドの手配はどうにもならないけど」


 アーネさんが肩をすくめて補足する。


「ミナトも行っちゃうんだよね? 行き先はやっぱり⋯⋯?」


「――はい。に向かおうと思います」


 きっぱり言い切った私に、シズーさんとアーネさんがずっこけた。


「あ、反対に行くんだ⋯⋯」


「だって、私が追いかける必要はないじゃないですか」


「まぁそうなんだけど。てっきり、クレティアスをこの手で捕まえるって言うのかと思ったわ」


「私が行ってこじれてもヤですし」


 クレティアスは「この恨みは必ず倍返しだ!」と宣言して逃げてった。

 あの性格だから、今ごろ私への恨みでいっぱいだろう。

 万が一にも、もうかかわりあいになどなりたくない。


「まぁ、ギルドに手配された以上、逃げきれるものではないでしょうけれど。いくら剣の腕が立ったところで、街にも立ち寄れないんじゃどうしようもないのではないかしら」


「事情を聞いた国王様が激怒して、ギルドの手配に報奨金を上乗せしたしねぇ。冒険者はもちろん、ちょっと立ち寄った宿や酒場の人なんかも、クレティアスを見たら即刻通報するはずだわ」


 そういうことなら逃げきれないよね。

 そこまで念を押されると、むしろ逃げ切られるためのフラグなんじゃないかと思えてくるけど、これはアニメやマンガじゃなくて現実だ。


「南に行くなら、南の大きな街のギルドへの運送クエストを受けていくといいわ。そのほうが関所を早く通れるから」


「運送って言っても、たいていは『この冒険者は信頼の置ける人物であると○○支部が保証する』って書いただけの紙を『運送』するだけなんだけどね。

 そうすることで、向こうのギルドに顔を通すのと同時に、その冒険者はまっとうな人物であると、関所の人にも間接的に伝えられるってわけよ」


「はぁ、なるほど。そんな仕組みがあるんですね」


 聞いておいてよかったな。


「このダンジョンの出張所を任せられてる私たちでもクエストは発行できるわ。盗賊士ギルドからは私が、魔術士ギルドからはアーネが発行するから、向こうに着いたらお好みで使ってちょうだい」


「めぼしい街の支部宛てに、片っ端からクエストを出しといてあげるわ」


 そう言って、二人はその場でペンを取り、何通もの書簡を発行してくれる。


「あはは、なにからなにまですみません」


「いいのよ。むしろ、このくらいじゃ気が済まないくらいね」


「まったくよ。ダンジョンの危険な先行探索に、コカトリスのくちばしの回収、レイティアの件では命まで救われたわ」


「もういっそロフトに住み着いてほしいくらいね」


「あたしはいっそミナトについてきたいわよ。浮遊魔法のほかにも絶対なにか隠してるし」


「あ、あはは⋯⋯」


 二人の言葉に、冷や汗を流す。


(アーネさんがついてくるってのは、ちょっと心惹かれるけどね)


 ギルドでの立場があるから難しいらしい。


「しばらくは、気楽にいろんなところをまわろうと思ってます」


「いいわねぇ、若いって」


「あたしもこの出張所が落ち着いたら旅に出たいわ。でも、魔術士ギルドって交代人員がいなくって⋯⋯」


 ワンオペを嘆くアーネさんに苦笑いする。


「――それじゃあ、お世話になりました」


「いえ、こちらこそ」


「ホントにそうよ! こっちのほうがよほどお世話になってるわ」


 二人は、天幕を出て、ダンジョン前広場のはずれまで見送りに来てくれた。


「気が変わったらいつでも戻って来てね! 幹部待遇で採用するから!」


「あっ、ズルいわよ、シズー! 魔術士ギルドのほうが給金いいんだから!」


「交代人員すら用意してくれない魔術士ギルドより、人がちゃんといる盗賊士ギルドのほうが働きやすいに決まってるじゃない!」


「何をー!」


 なぜかケンカをはじめた二人に手を振りながら、私はダンジョン前の、まだ未完成な道を進んでく。


「⋯⋯あはは。いい人たちだったなぁ」


 悪い人もその分多かったけど。

 いい思い出だけを覚えておいて、悪かったことは忘れよう。


 ほら、もう、クレで始まる騎士の名前なんて忘れたし。


(⋯⋯いや、覚えてるけどね)


 いつもは気楽な一人での移動が、今日だけは妙にさみしく感じた。

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