64 似た者どうし

 ――一連の事件の翌日。

 私は、ひさしぶりにロフトの街の盗賊士ギルドにやってきてた。


 シズーさんから報告が入ってるらしく、私はすぐにギルドマスターであるドモさんの部屋に通された。


 ドモさんは、あいかわらずの好々爺然とした笑みを浮かべて私に言う。


「ふぉっふぉっふぉっ。大活躍だったようじゃな、ミナト。すえおそろしい新人じゃわい」


「あはは、どうも。やりたくてやったんじゃないですけどね」


 からかうように言ってくるドモさんにそう返す。


 ドモさんは、私の背後に隠れるようについてきた人影に目を移す。


「して、その子は?」


 ドモさんの視線に、少女がびくりと身を震わせる。


 もちろん、石化熱にかかってた例の少女だ。


 ゆうべはロフトで宿をとって、むりやりお風呂に入れて身綺麗にした。

 服も、前に着てたボロボロのものではなく、私がダンジョンで拾ったドロップアイテムに着替えさせてる。

 たぶん、冒険者としてもいい装備をしてる部類に入るはず。ちょっと目立ってしまうが、手持ちに他の服がなかったんだからしょうがない。


 上着は、半袖の貫頭衣に革のグリーブ。

 昨日までは石化してた肘のあたりは、もう元の腕に戻ってる。


「いろいろあって保護してた子です。盗賊士にできないかと思って」


「ほう。適正は?」


「さっき冒険者教会で神父さんに見てもらいました。2.3だそうです。優秀ですよね?」


「かなりの逸材じゃな。まぁ、おぬしには実感できぬかもしれんが」


「あ、あはは」


 少女の手前、私は笑って誤魔化した。


「石化熱だったんですけど、コカトリスのくちばしが余ってたので治しました」


「余るようなものではないんじゃがの⋯⋯」


 ドモさんが呆れたように言うが、実際のところはもっとひどい。


(コカトリスのくちばしじゃ治りが遅いし、そのあいだにまた父親に見つかると厄介だから、石化封じの指輪をあげたんだよね)


 レアドロップよりもさらにレアなドロップアイテムがあることに、私は途中から気づいていた。


 もちろん、難易度変更がなければ無理だろう。

 小数点以下の確率とかでなら手に入るのかもしれないが、私もそこまでは試してない。0.1%とかだったら、千体以上倒さないといけないからね。


(私、運悪いし)


 私の場合、難易度を上げればドロップ率が上がるのだから、低い難易度でのドロップ率を検証してもしょうがない。


 ともあれ、私はコカトリスからも、「レアドロップ以上のレアドロップ」(長いからスーパーレアドロップでいい?)を入手した。


 それが、この子に渡した「石化封じの指輪」だ。


 一見、石でできた粗末な指輪にしか見えないが、コカトリスの視線を含むあらゆる石化を跳ね返すっていう優れもの。

 とりあえず、自分用の一個と、予備のための一個をまず確保。

 それでもまだ余ってたので、少女にあげてしまうことにした。


(コカトリスのくちばしで石化熱を治すのは時間がかかるけど、この指輪ならものの数分で済むからね)


 少女が冒険者としてやっていくうえでも役に立つだろう。


「ただ、この子には困った父親がいるんです」


「聞いておるよ。ミナトが渡したコカトリスのくちばしを取り上げ、領主に売りつけようとして失敗した冒険者崩れがいたと」


 私の言葉に、ドモさんがうなずく。


「ギルドで守ってあげてくれませんか?」


「そうしてやりたいのはやまやまじゃが、それはギルドの領分を越えておるよ」


「ただでとは言いません。

 これでどうですか?」


 私は、バッグからコカトリスのくちばしを数個取り出して、ドモさんの前に置く。


「あはは⋯⋯養育費としては十分ですよね?」


「十分なんてもんじゃないわい。いきなりこんなものを出しおってからに。心臓が止まるかと思ったわ」


 ドモさんが胸のあたりを押さえて言った。


「そうさの。ギルドとしては対応できぬのじゃが、わしの養女ということにしよう。

 父親にははした金でも渡してやれば納得するじゃろう。娘より金のほうが大事なようじゃからな」


「あはは。正直、その父親にはびた一文払いたくないんですけど」


「気持ちはわかるが、いたしかたあるまい。勝手に連れ去ってはこちらが誘拐犯にされてしまうからの。

 むろん、足もとを見て金をせびろうとしてくるじゃろうが、そこはきちんとはねつけてやるわ」


 ドモさんが一瞬、優しい笑みを消し、目に危ない光を浮かべた。


(みんなに認められた実力者しかギルド幹部にはなれないんだっけ)


 身を持ち崩した元冒険者ごとき、ドモさんの敵ではなさそうだ。


 そこで、少女が言った。


「あの、姉ちゃん。僕、姉ちゃんについてっちゃダメかな。こんなことまでしてもらって、なにもお返しせずに済ませるなんてできねえよ」


 少女の目には決意があった。


(苦しくっても、プライドを持って生きてきたんだもんね。同情なんてまっぴらって気持ちはよくわかる)


 でも、私ははっきりと言う。


「それはダメ」


「ど、どうして? たしかに僕じゃ役立たずかもしれないけど、すぐに強くなって――」


「ううん、足手まといとかじゃなくて。

 あはは⋯⋯ちょっと難しい話になるけど、いい?」


 そう前置きしてから私は続ける。


「私とあなたはよく似てる。だから助けないではいられなかったんだ。

 これは私の側の都合だから、恩なんて気にしなくていい。

 まず、それが一点目」


「そんなの――」


「まぁ、待って。

 私とあなたはよく似てるから、一緒にいて違和感はないと思う。

 でも、だからこそ怖いんだ。似た者同士で依存しあって、そこから抜け出せなくなっちゃうことが、さ」


「抜け出せなくなる⋯⋯」


「依存しあって、そのなかでは居心地がよかったり、反対に憎みあいながらも離れられなかったり、まぁいろいろあるんだけどさ。

 そうなっちゃうと、外のことがわかんなくなっちゃうんだよね。

 私たちは生きてかなくちゃならない。

 そのときに、外が見えなくて、内側ばっかり見てたら⋯⋯なんていうか、すごく危ないんだよ」


「⋯⋯ふむ。一理あるの。

 冒険者の始祖たるグランドマスター三人も、いさかいの絶えぬパーティじゃったという。それぞれ、役割も、性格も異なるのじゃから当然じゃ。

 もし三人が似た者同士じゃったら、歴史に名を残し、神として祀られるまでにはなれなかったかもしれぬの」


 ドモさんが、含蓄のある言葉で説明してくれる。


「まぁ、そういうわけだからさ。

 あはは⋯⋯気持ちは嬉しいんだけど、私たちはべつべつに生きてくほうがいいんだよ」


「そんなの⋯⋯さみしいよ」


「そうだね。世の中、さみしいことばっかだね。

 でも、むりにさみしさを忘れようとはしないほうがいい。そういう気持ちは、悪いやつにつけこまれる。

 あなたが、あんなひどい父親でも、かんたんには見捨てられないでいたように。

 世の中には、あなたの気持ちを利用して、あなたを縛ろうとする人がいっぱいいるんだ」


 私の母親は、新興宗教に入れこんだ。

 父親は、忙しい仕事へと逃げこんだ。


 私だって、ヌルゲーを避難所にしてなかったとはいえないだろう。


「だから⋯⋯強くなろう。

 私も強くなるから、あなたも強くなって。

 大丈夫。あなたにならできるから」


「うう⋯⋯姉ちゃん」


 少女が涙を浮かべ、顔を伏せる。


「⋯⋯というわけで、この子を頼みます、ドモさん」


「あいわかった。

 ⋯⋯と言いたいところじゃが、わしにも譲れぬ条件がある」


「条件、ですか?」


 私が聞き返すと、ドモさんは、私が机に置いたコカトリスのくちばしを、こっちに向かって押してきた。


「子をもらうのに、金など受け取れぬ。そんな者は親とは呼べぬ」


 ドモさんがきっぱりと言った。


 その言葉を呑みこむのに、すこしだけ時間がかかった。


「あははっ⋯⋯そうだね。私、失礼だったね。

 ごめんなさい、ドモさん」


「かまわぬよ。それだけその子のことを思っておったという証拠じゃ」


 ドモさんが頬を緩めてそう言った。


「でも、一個くらいはもらってください。なんのお礼もせずに預けるなんて、私のほうが許せません」


「ふむ。しかたないの。換金はせず、なにかで必要になったときに使わせてもらう。そのような形でなら受け取ろう」


 ドモさんが譲歩し、コカトリスのくちばしをひとつ取る。


「わかりました。もし私で力になれることがあったら言ってくださいね」


「うむ。じゃが、冒険者として、指名で依頼をするじゃろう。かように優秀で正しい心を持った冒険者に、ただ働きなどさせられぬ」


 ドモさんも、なかなか強情だ。


「⋯⋯そういえば、その子の名前をまだ聞いておらんかったの」


 ドモさんのセリフに、私はおもわず少女を見た。


 少女も私を見上げてくる。


 でも⋯⋯えっと、名前?



「あ、あはは⋯⋯そ、そういえば、まだ名前を聞いてなかったような⋯⋯」



 私の言葉に、ドモさんが一瞬間の抜けた顔をした。


 そして、


「くっ⋯⋯はははっ、まったく、おぬしはなんという⋯⋯ふぁっふぁっふぁっ!」


 涙すら浮かべ、笑い転げるドモさんのまえで、私はひとり居心地の悪い思いをした。

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