63 結末

「な、なんてこと⋯⋯」


 シズーさんがつぶやいた。

 みんな、目の前で起きた惨事にあぜんとしている。


 そのなかで最初に我に返ったのは私――ではなかった。


 クレティアスだ。

 クレティアスがそっと天幕から逃げ出そうとしてることに、次に立ち直った私が気づく。


「――待て!」


 私が叫んだのは、すこしだけ遅かった。


 クレティアスは天幕を抜け、外に出て全力で逃げだした。


「くっ!」


 私はテーブルを跳び越え、クレティアスを追いかける。


 他の面々は、この頃になってようやく事態を把握する。


「ミナト! ギルドを代表してクレティアスを事件の重要参考人として手配するわ!」


「要は、手荒に捕まえちゃっていいってことよ!」


 シズーさんとアーネさんが私の背後から言ってくる。


 返事をする余裕はないから、後ろに向かってサムズアップ。


 私は速度を上げてクレティアスを追う。


「吹き飛べ!」


 クレティアスの背中に向けてエーテルショットを放つが、クレティアスは命中する寸前で身体を傾け回避する。


(走りながらじゃ狙いが甘いね)


 クレティアスは、仮設の兵舎につながれてた自分の愛馬の手綱を取ると、乱暴にまたがって腹を蹴る。


「くっ!」


 馬を狙うことは簡単だったが、罪のない動物を傷つけることを躊躇して、おもわずエーテルを拡散させてしまう。


 クレティアスが、馬首を巡らせながら私をにらむ。


「くそっ! 覚えていろ、冒険者ミナト! この屈辱は倍にして返す!」


 クレティアスの倍返し宣言に、


「⋯⋯いや、私はなにもしてないと思うんだけどな」


 どう考えても、この人が勝手に自滅しただけだよね?


 あと、パンツ一枚だからぜんぜんかっこがついてない。


「って、逃すか! 爆ぜろっ!」


 とっさに放ったエーテルショットを、クレティアスは馬上で身を伏せてかわした。

 驚いた馬が、興奮した様子で走り出す。

 半ば暴走してるように見えたが、クレティアスは馬を難なく御している。

 腐っても優秀な騎士ってことか。


 まわりには冒険者や騎士たちもいたが、彼らは状況がわかってない。

 いや、なにか起こってるらしいことはわかっても、全力で走り出した馬を止めるすべなんてない。


「⋯⋯あはは。逃げられちゃった」






 そのあとは、端的に言って大混乱だった。

 団長が逃走した騎士たちはもちろん動揺してたし、冒険者サイドもレイティアさんの自害で事態の把握が難しくなった。

 レイティアさんとクレティアスのパーティに参加してた冒険者たちも、ギルドに説明を求めて押し寄せるし。


 副官さんがギルドと連名で、重要参考人としてクレティアスを手配した頃には、もう日が暮れかけてた。


(クレティアスが、一連の事件にどうからんでたのかが証明しにくいんだよね。そのせいで手配が遅れた)


 この分では、クレティアスは安全なところまで逃げ切ってしまったかもしれない。


 夜になって、ようやくロフト伯からの伝書鳩がやってきた。

 副官さんが、クレティアスの行状を問い合わせてた件だね。


「ロフト伯からの伝書鳩だが、一枚目は絶縁状だ」


 買取所の天幕で、副官さんが言った。


 なお、いま買取所にいるのは、シズーさん、アーネさん、ウォーバンさん、副官さん、私の五人だ。


「絶縁状?」


 シズーさんがみんなの疑問を代表して聞いた。


「うむ。クレティアス団長は、ロフト伯爵家の人間ではない、という証書だな」


「えっと、クレティアスは、ロフト伯から親子の縁を切られたってこと?」


 私が聞く。


「さよう。

 二枚目に、ことの経緯が書かれておる。

 ロフト伯は自分の伝手つてで手に入れたコカトリスのくちばしを、クレティアスに見せたのだそうだ」


「私があの子にあげたくちばしを、あの子の父親が売ろうとして、ロフト伯の兵に取り上げられたんだったね」


 あらためてまとめると最悪な話だね。

 登場人物がクズしかいない。


「うむ。ロフト伯は、当然クレティアス団長の目的を知っておった。その上で見せたということは⋯⋯」


「いやがらせってわけ? うっわ。仮にも親子なんでしょ?」


「アーネ殿の推察通りだろうな。むろん、ロフト伯の手紙ではぼかされておるが」


「だが、それでどうして、ロフト伯の手にもクレティアスの手にもコカトリスのくちばしがない⋯⋯などという状況になったのだ?」


 ウォーバンさんが眉根を寄せてそう言った。


 たしかに、そこのところがよくわからない。


 副官さんが、これ以上ないほどの渋面を作った。


「それが⋯⋯聞いて呆れたよ。

 クレティアス団長は、ロフト伯にくちばしを譲る気がないのを見て取ると、すばやく剣をひらめかせ、コカトリスのくちばしを一刀両断にしてしまったというのだ⋯⋯」


「はぁ⁉︎ 王子様が石化熱なんでしょ⁉︎ そんなことして、もしミナトが余りのくちばしを持ってなかったら⋯⋯」


「うむ。場合によっては、王子様の命を奪ったも同然となる」


「あっきれた⋯⋯」


 アーネさんが、肩を落として天を仰ぐ。


「それがしの一存では決められぬが、クレティアス団長――いや、クレティアスは、国王陛下の名の下に、大逆者として再手配されることになろう。大逆者の手配は生死不問。誰に殺されても文句は言えぬ」


「レイティアは、それにどうからんでいたのかしら?」


 シズーさんが言った。


「レイティア嬢はロフト伯の妾腹の娘だが、事実上絶縁状態にある。クレティアスが乱心した現場には居合わせていなかったようだ」


「レイティアが私たちを毒殺しようとしたのは、クレティアスにも予想外だったみたいだから、彼女自身の思惑があったのでしょうね」


「レイティア嬢は野心家だ。コカトリスのくちばしを献上し、王子様に取り入る⋯⋯いや、将来の王妃に収まろうと考えていた節がある」


 副官さんの言葉に、その場にいる全員が納得した。


「⋯⋯それで、か」


 私のつぶやきを、アーネさんが聞きとがめた。


「なによ、ミナト。そう言えば、あのときもレイティアにからまれてたわね? 何か知ってるの?」


「⋯⋯う、ううん? あはは、私もレイティアさんが何を言ってるのかわからなかったよ。知らないうちに恨みを買っちゃってたみたい」


 とぼける私を、アーネさんの藍色の瞳がじっと見る。


 目をそらす私に、いったいなにを読み取ったのか、


「⋯⋯ふぅん。あっそ。なら、いいわ」


 アーネさんがあっさりとそう言った。


(いくらああいうことをしたからって、自害してまで守りたかった秘密をバラすのはちょっと⋯⋯ね)


 将来の王妃を狙う上で、レイティアさんはスキャンダルの芽を摘んでおきたかった。

 レイティアさんがゴブリンに襲われてたって事実を知ってるのは私だけだ。


(いや⋯⋯ひょっとしたら、私がシズーさんやアーネさんに話したんじゃないかって疑ってたのかも)


 だとしたら、ここで事実を明かすことは、彼女への格好の復讐になるが⋯⋯


(そんなこと、しないよ)


 伯爵の妾腹の娘に生まれ、政略結婚を拒んで冒険者になったレイティアさん。

 ロフト伯や兄であるクレティアスを見返すためには、それこそ王妃にでも成り上がるしか道はない。


 ――それができないくらいなら死んだほうがまし。


 そこに、レイティアさんという女性の、強い意志を感じてしまう。


(強引で、非道で、わがままではあったけど⋯⋯そういうのも含めて、レイティアさんは生ききった。

 そう思うのはまちがってるのかな?)


 そんなことを思ってると、肩から下げてるトートバッグ(アビスワームの胃袋)が振動した。


 なにかと思って口を開くと、中から黒い杖が飛び出してきた。


「ミナト、それって⋯⋯」


 アーネさんが杖を指さして言った。


「はい、あのときの杖ですね」


 ダンジョン内で無念の死を遂げた女性の遺品が、ドロップアイテムとなって残ったものだ。

 光をほとんど反射しないほどの漆黒で、ねじれた形は宿った怨念を表してるかのよう。

 呪われてるわけではないのだが、好きこのんでこれを使いたがる人もいないだろう。

 ⋯⋯いや、私は使ってるけど。


「無念の杖に⋯⋯なにかが流れこんでくる? これは⋯⋯レイティアさんだね」


 大気中の希薄なエーテルに刻みこまれたレイティアさんの怨念が、この杖にもともと宿ってた怨念に引き寄せられてるようだ。


 吸収がひと段落してから、私はアーネさんに聞いてみる。


「⋯⋯これ、持ってて大丈夫なんですかね?」


「う、うーん。呪われてはないけど、あんた、こんなことがあるたびにその杖に怨念を吸収して歩くつもり?」


「うう⋯⋯手放しちゃいけない気もするし」


 どこかで供養とかできないかなぁ。


「そ、それより、そのトートバッグよ! 当たり前みたいにぶら下げてるけど、かなり高度なマジックバッグじゃない! どこで手に入れたのよ⁉︎」


「あ、いや、それはですね⋯⋯」


 さしつかえない範囲で説明したり、誤魔化したりするのに、小一時間かかってしまった。

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