62 身に覚えのないうらみ
「なっ――なにをなさる!」
副官さんのうろたえかたは演技じゃなかった。
だから、とりあえず無視することにする。
私は証拠保全のために残した自分自身のティーカップをテーブルに置き、女騎士へと目を向ける。
「ちくしょうッ!」
女騎士は悪態をつき、天幕から逃げ出そうとする。
残念ながら、私からはテーブルの反対側だ。
「捕まえて!」
私の叫びに反応したのはウォーバンさんだった。
戦士ギルドの長は、大柄な身体に似つかわしくない俊敏な動きで女騎士に飛びかかる。
女騎士は剣を抜こうとするが、その前にウォーバンさんの体当たりが入った。
ウォーバンさんはそのまま女騎士の腕を取り、地面に引き倒して押さえつける。
「狭い天幕で長物を抜いてもしかたあるまい。正規の騎士ではないな?」
「あはは、なんか予想がついちゃったんだけど」
私の言葉に、シズーさんがこっちを見る。
「どういうこと、ミナト? いえ、
「なんですとっ⁉」
副官さんが驚いた。
今度はアーネさんが口を開く。
「かなり強い麻痺薬ね。経口摂取してたら、心臓麻痺を起こしたと思うわ。あたしの手も、ちょっとかぶっただけなのに痺れてるし」
アーネさんがぎこちなく手を動かしてみせる。
言葉の通り、割れたカップからこぼれたお茶がすこしかかってしまったようだ。
――そう。お茶には毒が入っていた。
あのとき、私が配られたお茶をのぞきこむと、お茶の上に文字が浮かびあがった。
パラライズモスの鱗粉:経口摂取、あるいは気道から吸いこむと全身の筋肉を瞬時に麻痺させる。摂取量が多ければ心臓麻痺を起こして死亡する。無味で、高熱でも変性しないことから、古来より毒殺に用いられてきた。皮膚に付着するだけでも短時間の麻痺を生じる。
低難易度で表示される自動鑑定機能が作動したのだ。
それを見た私は、あわててみんなのカップを叩き割ったというわけだ。
「すみません、もうすこし早く気づいてれば⋯⋯」
「ミナトは悪くないわよ。むしろ、よく気づいてくれたわ」
「手は大丈夫ですか? その、後遺症とか⋯⋯」
「大丈夫、このくらいならすぐに治るから」
「ふむ。ミナト殿はお茶に毒が入っていることを見破り、とっさにそれがしたちのカップを割ったということか。
さすがはミナト殿。コカトリスを狩っておったのも納得だ」
副官さんがうなずきながら褒めてくれる。
シズーさんが、地面に組み伏せられた女騎士を見下ろした。
「問題は誰の仕業かってことよね。
ウォーバン、兜を取っちゃって」
「ああ」
そう言った途端、女騎士が暴れ出す。
「この⋯⋯大人しくしろ!」
ウォーバンさんが力づくで押さえると、その拍子に女騎士の兜が転げ落ちた。
兜の中から出てきたのは、見覚えのある顔だった。
赤髪と切れ長の目が印象的な二十代の美人。
私は、ため息をついて言った。
「あはは。やっぱりレイティアさんか」
私に言葉に、地に伏したレイティアさんが、首をよじって私をにらむ。
まるで、親でも殺されたような眼光だ。
(⋯⋯私、何か恨まれることなんてしたっけ?)
考えてみるが、思い当たることがなにもない。
三ギルドの代表は、揃って息を呑んでいる。
副官さんも、面識のある相手が出てきたことに戸惑っていた。
最初に反応したのは、ちょっと意外な人物だった。
「くそっ! しくじりやがって! おまえなんかに期待した俺が馬鹿だった!」
クレティアスだ。
「ふん! あんたが安い挑発に乗ってミナトにケンカ売ったからでしょうが! その子はヤバいって教えたでしょう⁉︎」
レイティアさんが、クレティアスに反論する。
「盗賊士だと言ってたじゃないか! 多少有能だったところで盗賊士が騎士と決闘して勝てるとは誰も思わん! まして俺は、王都の闘技会でも上位入賞者なんだぞ!」
「そういう次元の強さじゃないって言ったわよね⁉︎
あんたは昔からいつもそう! 人の話を都合のいいように聞いて、自分中心に組み立て直す! 世界はあんたを中心に回ってるんじゃないのよ!
呆れるほどにあのクソ親父とそっくりね!」
「なんだと! 身勝手は貴様だろうが!
せっかくの良縁を潰して冒険者などに身を落とし、家名に泥を塗り続ける!
コカトリスの
貴様のほうこそ、うだつのあがらなさが親父似だ!」
「えーーっと」
どういうことだろう。
「そういえば、レイティアさんはこのあたりの領主であるロフト伯の娘さんなんだっけ。クレティアスとは知り合いだったの?」
私の漠然とした疑問に答えたのは副官さんだ。
「クレティアス団長は、ロフト伯のご長男なのだ。家を飛び出して仕官した時に廃嫡され、姓は変わっているがな」
「つまり、この二人は兄妹ってこと?」
「そうだ。母親は違うのだが」
(イヤな兄妹だなぁ。でも、納得かも)
母親がちがうからか髪の色がちがうが、目鼻立ちには似たところがある。
それからもちろん、身勝手な性格がよく似てる。
「じゃあ、レイティアさんは、クレティアスを助けようとして?」
「「ちがう!」」
兄妹が、ハモって否定した。
「こいつは俺にも薬を盛ろうとしたんだぞ⁉︎
冒険者だけに一時的な麻痺薬を飲ませて
俺をも出し抜いて、
そういうクレティアスの右手が震えてる。アーネさん同様、私がカップを割ったときに麻痺薬をかぶったようだ。
そこで、アーネさんが言う。
「待って。この麻痺薬だけど、ふつうに致死量を超えてるわ。つまり、レイティアはこの場にいる全員を亡き者にしようとしたってことやよ」
アーネさんの指摘に、全員の視線がレイティアさんに集まった。
レイティアさんは、その視線を意に介さず、私のことをきつくにらむ。
「あははっ。れ、レイティアさん? 私、なにか恨みを買うようなことをやったかな?」
実際、身に覚えがまったくない。
むしろ、最初にゴブリンから助けたのだから、感謝されてるほうが自然なはずだ。
もちろん、そのことを恩着せがましく言ったりもしてないし、見返りを要求したりもしていない。
しいていえば、パーティへの誘いを断ったくらい?
「ちくしょうっ⋯⋯ミナト、あんたはいつも私の邪魔をする」
「あはは、えっ? 邪魔なんてしたかな」
「フン、余裕の笑いってわけ?
ギルドに食いこんで、ダンジョンを先行偵察してるのがあんただってことはわかってんのよ!
こっちは甲冑で動きの鈍い騎士を山ほど抱えて苦労してるってのに、あんたはギルドの後押しを得て探索を進めて⋯⋯挙げ句の果てにはコカトリスの
「待ちなさい! ミナトはべつに、ギルドの支援を受けてるわけじゃないわ。探索はミナト自身の努力の成果よ」
アーネさんがそうかばってくれる。
「どうだか⋯⋯あんたらの言うことなんて信じられないわ!」
レイティアさんが憎々しげに吐き捨てる。
「だからって、俺たちまで含めて皆殺しにしようとは穏やかじゃないな」
ウォーバンさんが、レイティアさんを押さえたままでそう言った。
そこに、クレティアスも言う。
「そうだ! そこまでやったら後で必ず追及される!
麻痺させて
でも、ギルドの代表者をまとめて毒殺なんてしてみろ、冒険者ギルドと国との戦争になるぞ!」
「知ったことですか! 私は⋯⋯ミナトに秘密を知られたままじゃ生きてる心地がしないのよ! 王子に取り入った後で『あれ』を暴かれたら⋯⋯そうじゃなくても、ロフトで『あれ』を言いふらされたりしたら⋯⋯私は一生笑いものじゃない!」
レイティアさんの言葉には、悲痛さすらこもっていた。
(ああ⋯⋯そっか)
レイティアさんの言ってることの意味がわかったのは、私だけだ。
(私がレイティアさんを助けちゃった時点で、こうなる未来は決まってたのか)
たとえ命を救われたのだとしても。
いや、命を救われてしまったからこそ、秘密を握ることになった私のことが、レイティアさんには疎ましくてしょうがない。
「あはは⋯⋯心配しなくてよかったのにな。私、誰にもしゃべったりしないよ」
「そんなのわからないじゃない! せめて身内に引き入れて監視しようとしても、あんたはパーティへの勧誘を断った!
ええ、そうでしょうね! あんな目に遭ってた間抜けな冒険者の仲間になんかなりたくないでしょうね! ミナトは、ギルドに目をかけられるような優秀な盗賊士なんですもの!」
「そういうつもりはなかったんだけどな」
単に、レイティアさんが苦手なタイプだから絡みたくなかっただけで。
パーティへの執拗な勧誘にはそんな理由があったのか。
「そうなったら、もう殺すしかないじゃない!
はじめはダンジョン内で殺してやろうと思ったけど、ミナトは一人だけ先に進んでて追いつけない!
出張所の宿泊施設で休んでるところを狙おうにも、どこにいるんだか、宿泊所には姿を見せないし!
数日、姿が見えなくなって、ダンジョンで死んだかと期待したのに、コカトリスの
決闘でバカ兄貴が始末してくれるかと思ったら、鎧袖一触で兄貴のほうが身ぐるみ剥がれる始末!」
うっわ。
私、そんなに命狙われてたの?
(ゴブリンの煙玉で気配消しててよかった)
宿泊所は、レイティアさんに待ち伏せされたらやだなと思って、偽名を使って部屋を取り、気配を消して休んでた。
「ぢぐじょうっ! ミナト、あんたさえいなければ今頃は――ぐぞおおおおおっ!」
「あっ、ヤバい!」
私が言ったときにはもう遅かった。
レイティアさんの口から鮮血があふれる。
レイティアさんは、自分の舌を噛み切ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます