61 世の中、事後処理のほうが大変だ

「あははっ。約束は約束だからね」


「くっ、いっそ殺せ!」


 鎧も服も剥ぎ取られ、下着姿になったクレティアスがそう叫ぶ。


 ⋯⋯うん、なんでこんな誰も得しない展開になっちゃったんだろ。

 こんな性格でもイケメンだから、そっち系のお姉さんには需要があるかもしれないけどさ。


 とりあえず、広場では落ち着いて話もできないので、買取所の天幕を借りて、話し合いの席を持つことにした。


 参加者は、私、クレティアス、シズーさん、アーネさん、ウォーバンさん(戦士ギルドの)、特派騎士たちの副長の六人だ。


 副長さんは、さっき決闘の前にクレティアスをいさめようとしてた人だね。

 「そのへんの冒険者を血祭りに上げろ」とか血迷ったことを言い出した(この人が血迷ってないときなんてあったかって話もあるけど)クレティアスを止めに入った人だ。

 年の頃は四十くらいで、赤毛とあご髭、骨ばった頬が特徴的なおじさんだ。


「お互い困ったことになりましたな」


 副長さんが言った。


「決闘の結果だから覆すこともできないしね」


 と、アーネさん。


「あはは、私としてはここまでしなくてもよかったんだけど、決闘の取り決めは字義通りに実行しなくちゃいけないっていうから」


 クレティアスの装備なんてもらっても、サイズも違うし、そもそも身につける気にもなれない。

 売り払うことはできるが、ダンジョン前の買取所では騎士の装備の買取はやってくれないから、街まで運ぶ必要がある。

 でも、街の買取所に豪華な騎士装備なんて持ち込んだら、追い剥ぎでもしたんじゃないかと疑われる。


 私は騎士たちに買い取らせようと思ったんだけど、人望の絶望的にないクレティアスのために私財を投げ打つ騎士なんているはずもなく。


 しかたないので、広場にクレティアスの装備、服、荷物をまとめ、火炎魔法で焼き払った。


 灰になった私財の前で、お情けで下着だけ残されたクレティアスが悲嘆にくれてたのは⋯⋯まぁ、ちょっといい眺めだった。

 石化熱の少女を人質にしたうえ、冒険者を血祭りに上げろとか言ってた人なんで、温厚な私もこのていどで許してあげる気はさらさらない。


 シズーさんが言った。


「そういえば、クレティアス様はおかしなことを言ってましたね? ロフト伯はコカトリスのくちばしを、少女の父親から取り上げて手に入れた。にもかかわらず、ロフト伯の手元にはくちばしがない、と」


「それについては、それがしも初耳であった。そもそもロフト伯がくちばしを手に入れたのであれば、われらの役割は終わったことになる。われらの手で入手できなかったことは心残りであるが、王子様が快癒されるならばそれでよい。

 それがしはロフト伯に問い合わせの伝書鳩を送っておいた。じきに返答があろうが⋯⋯クレティアス団長。もしこの重大事実を秘密にされていた理由があるのならおうかがいしたい」


「くっ⋯⋯」


 副長さんから向けられる視線に耐えきれず、クレティアスがうつむいた。


「ふむ。なにか不都合なことがあるようだな」


 ウォーバンさんがうなるような声で言った。


「ロフト伯からの連絡を待つしかないわね。

 それより、くちばしの件だけど⋯⋯」


 シズーさんが言葉を切って副長さんを見る。


「うむ。冒険者ミナトよ。クレティアス団長の重ね重ねの無礼、ひらに謝罪致しまする」


「あ、うん。あははっ。まぁ、簡単に許すとは言えないかな」


 私はあの子を人質に取ったことを、いまだに許せないでいる。


「許してくれ、とも申しますまい。むろん、水に流せなどと寝言を言うつもりもござらぬ。

 だが、今回の件、王子様には何の落ち度もなきこと。都合のいいお願いであることは百も承知。どうかコカトリスのくちばしを、われらに譲ってはくださいますまいか」


 副長さんが深く頭を下げた。


「あはは。そうだね。病気の人は何も悪くない。

 でも、いくつか条件はつけさせてもらうよ」


 この会議に先立って、シズーさんとは打ち合わせを済ませてる。


「ひとつは、クレティアスの行状を、細大漏らさず、国王陛下に報告すること」


「ぐっ、貴様――」


 クレティアスが立ち上がりかけたのを、副長さんが腕を伸ばして制しする。


「当然のご要求だ。それがしの責任で、必ずや正確な報告を行おう」


「報告書は、ギルドのほうで用意させてもらいますが、よろしいですか?」


 シズーさんの念押しに、副官さんがうなずいた。


「次は、コカトリスのくちばしを手に入れたのが私であることを、国王陛下に――」


「むろん、報告いたします」


「あはは、じゃなくて、報告しないで・・・・ほしいんだよね」


「⋯⋯は?」


「だから、私の名前を出さないでほしいの」


「しかしそれでは褒賞が受け取れませぬぞ」


「褒賞はいらないかな。その分、コカトリスのくちばしは、相場より高く買ってもらうけど」


「そ、それは可能だが⋯⋯よいのか? これほどの功を立てる機会などそうそうは⋯⋯」


「私は気楽な立場がいいし。変に目立って仕官を勧められたり、叙爵されたりして、他人から嫉妬されたり恨まれたりしたくないんだ」


「⋯⋯若いのに、欲がないことだ。よく世間というものを知っておる。ミナト殿は年に見合わぬ苦労をされてきたのだろうな。

 ⋯⋯いや、深くは詮索すまい」


「あはは、そうしてくれるとありがたいかな」


「では、買取額はいかほどをご希望で?」


「それは⋯⋯シズーさん」


「ええ、わたしから説明します。今回の件の慰謝料を含め、ミナトの提示する買取額は――」


 シズーさんの口にした金額に、副官さんが目を見開く。


「う、ぐ⋯⋯致し方あるまい。だが、特派騎士団の資金では足が出る。まずは半金を支払い、王都にて残りの半金を清算するということでは⋯⋯」


「それなら、ロフトで証書を作成しましょう。つきましては⋯⋯」


 シズーさんと副官さんが、実務的な話を進めていく。

 二人とも有能らしく、話は短い時間でまとまった。


 そこで、女性が天幕に入ってきた。


「――お茶をお持ちしました」


 騎士の鎧を着ていることからすると、クレティアス側の人間だろうか。


「おお、すまぬな」


 副官さんがお茶を受け取る。

 口をつけようとしたところで、副官さんが首を傾げた。


「⋯⋯む? それがしは人払いをしたはずだが?」


「クレティアス様から、話がまとまった頃にお茶をお持ちするようにと」


 女性騎士が答えた。


「このような時に⋯⋯いや、よそう。

 みなさん、せっかくだ。ティーブレイクといたしましょう」


 副官さんの言葉に、みんながうなずく。


 実際、緊張が続いて喉が渇いた。


 女騎士が、シズーさん、アーネさん、ウォーバンさん、クレティアス、副官さん、そして私にお茶を渡す。


 私は受け取ったお茶に口をつけようとし――




 次の瞬間、五つのエーテルショットを放って、全員のティーカップを割っていた。

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