60 やっちまった感
誰もがあぜんとしてた。
「あはは。勝負ありってことでいいかな?」
私が言うと、審判役の冒険者がハッとした。
「勝者――」
「⋯⋯ま、待て!」
勝負が決まりかけたところで、声が上がった。
群衆の奥で、クレティアスがよろめきながら立ち上がる。
「貴様、盗賊士ではなかったのか?」
「盗賊士だよ。魔法が使えないとは言ってないけど」
「くっ、不覚を取ったな。コカトリスを狩るような冒険者なのだ。見た目通りに弱いはずがない」
見た目が弱そうで悪かったね。
「でも、その怪我じゃもう動けないでしょ」
「そんなことは――ない!」
クレティアスの姿が霞んだ。
一瞬後、私の眼前に、剣を振りかぶったクレティアスが出現する。
「――近衛流剣法、
つぶやきとともに振り下ろされる刃を、私は黒鋼の剣で受け流す。
「なにっ⁉︎」
クレティアスが驚いたのは、私の手にいきなり剣が現れたからだろう。
タネは簡単だ。ゴブリンシーフの風呂敷に包んで圧縮した黒鋼の剣を、私はあらかじめ握りこんでいた。
万一に備えての策だったが、まさか本当に使う羽目になるとは。
「あははっ! すごいね! そのなんとか流剣法っていうのは何?」
「近衛流だ! 近衛騎士団に伝承される、騎士神の加護を受けし由緒正しき騎士の剣」
騎士神。冒険者にとってのグランドマスターみたいなもんか。
(あはは、思ってたより厄介だね、これ)
やってみて気づいたのだが⋯⋯どうも、難易度変更が効いてない。
ビギナーモードのはずなのに、クレティアスの動きのキレがよすぎるのだ。
もちろんクレティアスがめちゃくちゃ強くて、ビギナーでもこれって可能性もあるけど、ベアノフやアビスワームと比べて、そこまでってことはなさそうに思う。
「そういう貴様は盗賊の剣か。鼠の剣で騎士の剣に勝てると思うな!」
クレティアスが私に斬りかかる。
私は黒鋼の剣で、相手の斬撃を受け流す。
(まともに受けたら力負けする)
そもそも、これは騎士同士の決闘じゃない。
剣での斬り合いに付き合ってあげる必要なんてまったくない。
私は、小さなエーテルショットで、クレティアスの籠手を撃った。
「ぐっ!」
さすがに斬り合いをしながらでは大きな魔法は使えないが、これくらいなら大丈夫。
つかの間、剣撃の勢いが落ちたクレティアスに、今度はこっちから斬りつける。
(自分より大きい相手には下からだね)
ベアノフ戦で学んだことを生かし、腰から胸にかけてを斜めに薙ぐような斬撃だ。
「ちぃっ!」
クレティアスはこれを、のけ反ることでギリギリかわす。
体勢の崩れたクレティアスに、
「吹き飛べ!」
エーテルショットを放つ。
「ぐ、うおおおおっ!」
クレティアスは、エーテルショットを自分の剣で受け止めた。
だが、爆発の勢いは殺せず、数歩分のノックバックをくらう。
――それだけの時間があれば十分だ。
「十を超す魔弾、我が意のままに進み、我が意のままに弾け飛べ」
私は十数個のエーテルショットを生み出した。
「な、なんだありゃあ!」
そう叫んだのは、見物してる魔術士の冒険者だろう。
普通の冒険者やクレティアスには、はっきりとは見えないはずだ。
「――ってぇっ!」
私の合図とともに、十数個のエーテルショットが、それぞれべつの軌道を描きながら、クレティアスめがけて殺到する。
「ぬっ、うおおおおお⁉︎」
クレティアスは、正面からの魔弾をいくつか斬り伏せたが、側面、背面には手が回らない。
クレティアスはつんのめるように前に押し出され、転倒して地面に四つん這いになる。
そこは、ちょうど私の足下だ。
私は黒鋼の剣を、クレティアスの首筋に突きつけた。
「――そ、そこまで! 勝者、盗賊士?ミナト!」
審判が今度こそ勝利を宣言した。
⋯⋯盗賊士に疑問符がついてたけど。
決闘を見物してた冒険者たちからすさまじい歓声が上がった。
(あ、騎士たちも歓声上げてる)
べつにクレティアスに含みがあるとかじゃなくて、純粋に戦いに驚いたからみたいだけど。
「ぐ⋯⋯そ、そんなバカな⋯⋯この俺が、鼠に⋯⋯?」
歓声の中、さすがに負けを認めるしかなくなったクレティアスが、orzな姿勢のままうなだれてる。
「ちょっと、ミナト! すごいじゃない!」
「わっ、アーネさん⁉︎」
アーネさんが顔を興奮に赤くして、いきなり抱きついてきた。
「まったく、一時はどうなることかと思ったけど、勝ててよかったわ」
シズーさんも近づいてきて、ため息混じりにそう言った。
「それで、どうするの? 約束では、クレティアスさんの財産の一切合切を取り上げて、裸で放り出すって話だったけど」
シズーさんの言葉に、クレティアスがぴくりと震えた。
シズーさんの言葉は周囲の冒険者にも聞こえたらしく、
「やっちまえー!」
「すっかんぴんにしてやれ!」
「脱がせー!」
「べつに見たくもねえけどひん剥いてやれ!」
等々、冒険者たちが騒ぎ立てる。
騎士たちも、気の毒そうな目をクレティアスに向けてるものの、決闘の結果だからか、文句をつけるつもりはなさそうだ。
ある種異様な熱気に包まれたダンジョン前広場で、私はひとり思っていた。
(あはは⋯⋯どうやって収拾をつけよう)
と。
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