59 鬱憤って、たまるよね

 翌朝、私はロフトを離れ、ダンジョンに向かった。

 街でやることがなかったから――っていうのは言い訳で、少女と会いたくなかったからだ。


(人になにかを施すってのは難しいね)


 このまま顔を合わせずいなくなったほうが、少女にとってはいいだろう。


 ダンジョン前広場の買取所を除くと、ちょうどシズーさんとアーネさんがいた。


「戻りました。探索はどうですか?」


「ああ、ミナト。早かったわね。さっそく三層への『階段』を発見したわ」


「じゃあ、レイティアさんたちがもう潜ってる感じですか?」


「レイティアさんと特派騎士は、ちょうど街に戻ってるらしくていないのよ」


「えっ。あはは、出くわさなくてよかった」


 ニアミスに、私はおもわず冷や汗をかく。


(でも、変だな。私の不運なら出くわしてないとおかしいはず)


 グラマスの加護で運気も上向いてきたってことなんだろうか。


 私がそんなことを思っていると、天幕の外から金物を打ち鳴らすやかましい音が聞こえてきた。


「この娘にコカトリスのくちばしをくれてやった冒険者はいるかぁーっ!」


 特派騎士の声だ。


 私は激烈に嫌な予感がした。


 そっと天幕の隙間から覗いてみると、広場には騎士たちが集まっていた。

 その中央に、特派騎士と、縄で縛り上げられた小柄な人影がある。


 もちろん――私が助けた少女だった。


「出てこい! 王子様が危急の時に、あろうことか下賎な娘に貴重なアイテムを恵んでやるとは! 貴様には愛国心というものがないのかぁーっ!」


 特派騎士はそう叫んで、少女に向かって鞭を振るう。

 少女は腕を打たれて顔をしかめる。


「あ、い、つ⋯⋯!」


 私のなかで、今まで生きてきて感じたことのないほど激しい怒りがこみ上げる。


「へえ、王子様に売りつければ一生遊んで暮らせるっていうのに、貧しい女の子にタダであげちゃうなんて、粋な冒険者もいたものね」


 アーネさんが後ろからそう言って、私の肩を叩く。


「ほんと、たいしたものだわ。物語の英雄みたい。それこそ、初代冒険者であるグランドマスターたちがやりそうなことね」


 シズーさんがそうコメントしながら、私のもう一方の肩を叩いた。


「「まぁ、それが誰とは言わないけど」」


 最後だけ、二人の言葉がきれいにかぶった。


 私はため息をついてから言う。


「とりあえず、行ってきます」


「えっ、正気? 逃げるなら逃すわよ?」


 アーネさんがそう言ってくれる。


「人質がいますから。私が余計なことをしたばかりに、かえって辛い目に合わせてしまった。その責任は取ります」


「どうやってよ?」


 シズーさんが言う。


「実際、どこまでやっていいんですかね。特派騎士たちがここにいた痕跡がなくなるようにしてもいいですか?」


「ちょ、ま、待ってよ! ミナト、あなたまったく冷静じゃないわ!」


 アーネさんが私のクロークにしがみついて言う。


「でも、中途半端に痛めつけたら報復を考えるでしょ? あと腐れないよう消し炭にしたほうが⋯⋯」


「待ちなさい! 冒険者たちの目のあるなかでそんなことをしたら、いくら冒険者たちが特派騎士を嫌ってるといっても、噂になるわ」


 今度はシズーさんが止めてくる。


「じゃあ、どうしろと」


「まずは交渉ね。あなたのことだから、コカトリスのくちばしはまだあるんでしょ?」


「ええ、まあ」


「業腹かもしれないけど、それをひとつ、最大限ふっかけた値段で特派騎士に売りつければいいわ。

 人質については、特派騎士にそんなことをする権利はないんだから、まわりの騎士を焚きつけて解放させる。

 特派騎士の越権行為や数々の暴言については、3ギルド合同で非難の声明を出させるから」


 シズーさんの案を、心を落ち着けて検討する。


(特派騎士に手柄を立てさせるのはいやだけど、その分ふんだくれば制裁にはなるかな)


 なんとも溜飲が下がらないが、最優先すべきは少女の身の安全だ。


「⋯⋯わかった。行ってくる」


「あたしたちも近くにいる冒険者をかき集めて、特派騎士の専横行為の証人にするわ」


「でも、あのクレティアスはまがりなりにも近衛騎士。かなりの剣の使い手のはずよ。戦いになるのは極力避けて」


 私とシズーさんとアーネさんは、それぞれ別の方向から天幕を出た。






「私に用かな、特派騎士さん」


 私が広場に顔を出し、そう言うと、


「ね、姉ちゃん⁉︎ ダメだ! なんで出てくるんだよ! さっさと逃げろよ!」


 束縛されたままの少女が必死の顔で私に言う。


「僕が親父にくちばしを見つけられたから⋯⋯せっかく姉ちゃんが苦労して取ってきてくれたってのに⋯⋯僕なんてどうせすぐに死ぬんだ! どうしてそこまでするんだよ!」


「あはは。私こそごめんね。つめの甘いことをしちゃって、かえって迷惑をかけちゃった」


 私が言うと、少女が言葉を失った。


 そこで、特派騎士――クレティアスが言った。


「ほう、では本当におまえがコカトリスのくちばしをこの下民に恵んでやったのだな。レイティアがスカウトしたがっていたわけだ」


「あれは、私がその子にあげたものだよ。それを取り上げる権利は誰にもない」


「取り上げたのは俺ではない。この下民の娘の父親だ。

 この娘の父親は、手に入れたコカトリスのくちばしを、領主に高く売りつけようと考えたらしい。

 だが、酔っ払いの話など、誰がまじめに聞くものか。ロフト伯の兵が父親をぶん殴って、ついでにブツを取り上げた。

 ロフト伯もまさかと思ったそうだが、抜け目のないあのタヌキは、知り合いの鑑定士にブツを調べさせた。

 そうして、おまえの入手したくちばしは、ロフト伯の手のうちに収まったというわけだ」


「あれ? じゃあ、クレティアスはくちばしを持ってないの?」


「慎め、下賎な鼠めが。俺の名を呼び捨てにするんじゃない!」


「ふぅん⋯⋯」


 私はクレティアスの抗議を聞き流しつつ、状況を頭の中で整理してみる。


 最初にぶん殴ってやりたいのは、少女の父親だ。

 難病の娘から特効薬を取り上げ、領主に売りつけようとしたのだから。

 娘の命より、一生遊んで暮らせることのほうが大事だというのか。


 その父親から、力づくでくちばしを取り上げた兵士。

 こいつもぶん殴られる必要がある。


 そうして専横で手に入れたくちばしを、さも当然のように自分のものにしたロフト伯。

 こいつもまちがいなく悪だった。


(でも、そのなかでクレティアスはなにをやってたのかな?)


 そう考えて、ひらめいた。


「あ、そっか。クレティアスはロフト伯に先を越されて焦ってるんだね。それで、その子を人質にして、コカトリスのくちばしを手に入れた冒険者――つまり私から、またコカトリスのくちばしを巻き上げられないかともくろんでる」


「ふん。その言いかたは気に入らんな。俺は特派騎士としての職責を果たすべく、自分にできることをやってるだけだ」


「ロフト伯がくちばしを献上すれば解決するんでしょ? 特派騎士としての仕事はもう終わったんじゃないの?」


「うるさいっ! ロフト伯のもとにはもうくちばしはない! 俺が手に入れなければならないんだ!」


「ロフト伯のもとにはない⋯⋯?」


 どういうことだろう。

 考えてもわからなかったが、クレティアスに嘘をついてる様子はない。

 っていうか、嘘をつくような余裕がなさそうに見える。


「とにかくっ! この下賎な娘の命が惜しかったら、くちばしを差し出せ!」


「あはは、あいにく在庫がないんだけど」


「なら、今から三層に行って取ってこい!」


「断ったら?」


「ほう、状況がわかってないみたいだな」


 クレティアスが嗜虐的な笑みを浮かべ、少女に向かって、手にした鞭を振りかぶる。


 私は、とっさにエーテルショットで止めようとしたが、


 ごっ!


 クレティアスの手に、どこからか飛来した石がぶつかった。


「――ぐぁっ! だ、誰だ⁉︎」


 クレティアスが石の飛んできたほうを振り返る。


 そこには――


「⋯⋯うっ!」


 冒険者たちがひしめいてた。

 冒険者たちは、無言のまま、クレティアスに露骨な殺意を放ってる。


「だ、誰だ! 特派騎士である俺にこんなことをして許されると――」


 クレティアスのセリフの途中で、クレティアスの後ろから石が飛んだ。

 石はクレティアスの肩にしたたかにぶつかった。


「ぐっ、くそっ! 俺を舐めやがって! 騎士ども、その辺にいる冒険者を適当に血祭りにあげてやれ! 王子様のためだ、致しかたない!」


「し、しかし⋯⋯」


「なにがしかしだ!」


「お、おそれながら申し上げます。なんら咎なきその少女を捕縛した時点で、既に特派騎士としての領分を越えた行い。これ以上のことはとても――」


「ぐ⋯⋯」


 クレティアスは、意見を具申した人以外の騎士に目を向けるが、騎士たちはそっと視線をそらした。


「あははっ。クレティアス、ちょっと人望がなさすぎるんじゃないかな」


 ここぞとばかりに、私はクレティアスを煽ってやる。


「な、んだと」


「ダンジョンの探索でも無理をやって、亡くなった騎士さんもいるって聞いてるよ。

 だから、あなたは引き返せない。もしこれでコカトリスのくちばしが手に入らなかったら、あなたは責任を取って――どうなるのかな。クビで済めばいいほうかな。物理的に首が飛ぶ可能性もあるよね」


「き、貴様ぁ!」


「まぁ、私としてはどっちでもいいんだけどね。

 ひとつ、賭けをしないかな?」


「賭け、だと」


「実は、ここにコカトリスのくちばしがあります」


 私はトートバッグ(アビスワームの胃袋)からコカトリスのくちばしを取り出した。


 1ダースほど。


 冒険者たちからどよめきが上がった。


「よ、よこせ!」


「やだよ。それなりに苦労して手に入れたんだし。

 でも、私とあなたで戦って、あなたが勝てば、この1ダースのくちばしは譲ってあげてもいいよ」


「なんだと。俺に決闘を申し込むと言うのか」


「そういうこと。

 ただし、参加条件として、まずはその子を解放すること。

 それから、もしあなたが負けたときには、剣や鎧兜、替えの衣服や下着、荷物、馬、王都にある屋敷まで含んだあなたの全財産を私に差し出すこと。

 その場合、私はあなたのすべての問題行動についての抗議文を3ギルド連名でしたためたうえ、ギルド経由でコカトリスのくちばしを王子様に送る」


「ぐっ⋯⋯俺の名誉のすべてを奪うというのか」


「私はべつにやらなくてもいいんだよ。自信がないならやめておく?」


「なんだと! くそっ、俺を近衛騎士でも一、二を争う剣の使い手と知っての挑発か⁉︎

 いいだろう、そこまで言うならやってやる! ただの盗賊士風情が俺にたてついたことを後悔させてやる!」


「決まりだね。

 ――じゃあ、そこの人、悪いけど開始の合図をしてくれないかな」


「へぇっ⁉︎ お、俺か? わ、わかったよ」


 近くにいた戦士ふうの冒険者が合図を引き受けてくれる。


「まずは、人質を解放してね」


「ふん、いいだろう」


 クレティアスが剣をひらめかせ、少女を縛る縄を切る。

 一瞬ひやっとしたが、クレティアスの剣は少女には傷をつけず、縄だけを斬っていた。

 なかなか見事な剣技である。


 少女があわてて騎士たちから離れる。

 あ、シズーさんが保護してくれてるね。


 合図を頼んだ冒険者が、心配そうに聞いてくる。


「だ、だが、本当にいいのか? 騎士と盗賊士じゃ相性が悪すぎる! 正面切っての決闘なんて、完全に騎士の独壇場だぞ!」


「あはは、まぁ、大丈夫だよ」


「う⋯⋯む。笑ってられる余裕があるほどか。

 わかった、仕切りは引き受けよう」


 冒険者が納得して、周囲の人垣を下がらせ、決闘のためのスペースを作る。


「じゃあ、両者離れて。

 って、そういやあんたの名前は?」


「ミナト」


「そうか。これより、盗賊士ミナト対特派騎士クレティアスの決闘を行う! 出た結果にはおのおののプライドにかけて従うこと!」


「うん」


「当然だ!」


「では、始め!」


 戦士が振り上げた腕を下ろすのと同時に――



「弾け飛べ」



 私の放ったエーテルショットが、特派騎士を群衆の向こうまで吹き飛ばした。

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