プロローグ 人生なんていらないです
私は、神からの申し出を拒絶した。
「…………え? 今ひょっとして、『お断りします』って言った?」
「言いました」
神が笑顔のままでフリーズしている。
「……ナ、ナンデ?」
「第二の人生とやらも、どうせクソゲーなんでしょ。
文明もろくにないモンスターがうようよしてるような世界なんてお断りです。どうせ誰かに裏切られて奴隷にされたりするに決まってます。
不幸はもう一度目の人生で十分です。私はもうこれ以上生きてたくなんてない」
自分では冷静なつもりだったが……私の目から涙が溢れた。
手の甲でそれをぬぐう。
涙なんて、もう枯れ果てたと思ってたんだけど。
「神様なんていないと思ってました。でも、いたんですね」
「そうだよ! だからこうして第二の人生をあげようと――」
「こんなちゃらんぽらんな神様なら、私の人生がクソゲーだったのも納得です。
二度目の人生? ふざけないでください。神ならちゃんと一度きりの人生で人を幸せにしてください!」
「うっ……で、でも、今の人類は殖えすぎちゃって手が回らないんだよ……せいぜい数百人くらいだったらよかったのに、七十億だよ!? そんなの、いくら神だってどうにもならないよ!」
「そんなこと知りません。それなら増やさなきゃよかったじゃないですか」
「ぐぅ……」
神が、ぐうの音を上げた。
「幸せにできないなら放っておいてください。私はこのまま消えるのがお似合いなんです」
「そ、そんなことはない! 人はみんな幸せになるべきだ!」
「神は人を幸せにするべきですよね?」
「それは半分は正解だけど、人だって、自助努力を惜しんではいけないんだよ!」
「私が不幸だったのは、自助努力が足りなかったからだと言うんですか?」
「そ、それは……」
神が言葉に詰まる。
「わかったら、私をもう放っておいてください。このまま消えたいんです。消えれば楽になれるから」
「で、でも……もう、抽選には当たっちゃったし」
「景品はいらないです。返品します。そもそも私はくじなんて引いた覚えはありません」
「そ、そんなこと言わずにさぁ……」
「いやです」
「僕としても困るんだよね。せっかくのプレゼントを拒まれたなんて他の神に知られたら世間体が……」
「知りません」
「だ、だいたい、そういう態度がよくないんだよ! なんでも投げやりでさ! 前向きに生きようよ!」
「……私は精一杯前向きになろうと努力してきました。でも、いじめも、両親の不仲もどうにもならなかった。おまけに私は心臓まで悪かったし。前向きになれば、治りましたか?」
「そ、それは……」
神が笑顔を引きつらせる。
「どうにもならないんです。だから、放っておいてください。人生はもうけっこうです」
神をまっすぐ見つめてそう言った。
(死ぬ……か)
考えたことがないわけではなかった。
私は心臓が悪かったし。
いじめられて、死にたいと思ったこともある。
しかし、不思議と恐怖はわかなかった。
むしろ、
(ようやく解放されるんだ)
私にこみ上げてきたのは喜びだった。
私の様子に本気を見たのだろう、神が真剣な顔になる。
「……わかった。君の気持ちはわかったよ」
「じゃあ……」
「でも、そこまで言われて黙っていては神の名折れだ。君には絶対に幸せになってもらう」
「けっこうです」
「悪いけど、キャンセルはできないんだ。君は転生を拒むことはできない」
神の言葉に、頭を殴られたような衝撃を受ける。
……いや、実際ちょっと前に殴られたけど。
「あなたたちは……あなたたちはいつだってそう! 自分たちの都合ばっかり押しつけて! 私のことなんて何も気にしてないくせに、善人面だけはしたがって!」
「ま、待ってくれ……! たしかにキャンセルはできない! できないが、代わりに特典を付けてあげよう! この特典があれば、不幸体質の君だってきっと幸せになれる……はずだ!」
「誰が不幸体質ですか!」
「君だよ、君! かわいそうだけど事実だ! 不幸に見舞われるうちに、君は不幸を呼び込むような精神的態度を身に着けてしまってるんだよ!」
「そんなの酷い!」
「たしかに酷いけどそれは事実だからさ! ともかく!」
神が咳払いをした。
「君には特別に、僕の持ってる力を分けてあげよう」
「いりません!」
「そう言わずにさぁ」
「死なせてください!」
「だから、それはできないんだって」
「私は……私は……っ」
「ああ、ほら、泣かないで! 本当に強力なやつをあげるんだからさ! これがあれば幸せになれること間違いなし!」
「……本当に?」
「本当本当」
「……嘘だったら?」
「どうしてあげることもできないけど、本当に、どうしても幸せになれなかったら、その時はせめて安らかな死を与えてあげるよ」
神は、はあ、とため息をつく。
「おっと、そろそろ時間だ。詳しい説明ができないけど、大丈夫。ごく単純なものだから、すぐにわかる。君には馴染みのあるものだしね!」
「えっ、ちょっと!」
眼の前にいる神の姿が霞み始める。
視界に靄がかかっているような感じだ。
「――これだけは覚えておいて。現地に着いたら、『オプション』と言うんだ。そうすれば全部わかるはずだから」
神の声も、水の中から聞いているようにくぐもって聞こえた。
「――僕が言えたことじゃないけど、君には絶対幸せになってほしい。よい人生を、
私の意識が――途切れ――
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