プロローグ 死んでも不幸
私は、気づくと真っ暗闇の中にいた。
その闇の真ん中に、光が生まれた。
金色と虹色が混ざりあった、「神々しい」って言葉がぴったりの光だ。
仏像の背後から差す後光のような光だった。
光は広がり、私を呑みこみ、空間全体に広がってく。
真っ暗闇だった空間は、一面に光のあふれる白い空間へと変わってた。
空間には、果てがない。
どこまでもどこまでも、白いのっぺりとした空間が広がってる。
遠くに目を凝らすと、さっきの金虹の光が、見えない地平線を目指して伸びてくのが見えた。
が、見るべきはそれではない。
白い空間の真ん中に、金髪碧眼の青年が浮かんでた。
白いトーガのような服に身を包んだ、二十代なかばくらいに見える、中性的な美青年だ。
この青年が微笑んで見せたら、たいていの女性は落ちるだろう。
そう思ってしまうほど、完璧に整った甘いマスクをしてる。
その青年が、ゆっくり微笑んで言った。
「――やあ」
「……どうも」
私はなんとなく返事をした。
話しかけられた時に相手を無視してしまうと、いじめのきっかけになることがあるからだ。
私は、警戒してることを悟られないように、同時に気があると勘違いされないように、注意深く弱い笑みを選んで顔に浮かべる。
「警戒してるね。珍しい反応だ」
青年は、興味深そうにそう言った。
「そ、そんなことは……」
見破られたことに動揺する私。
「いいんだよ、べつに。君はそれだけ大変な思いをしてきたんだから」
青年が鷹揚に言った。
「私のことを知ってるんですか?」
「ああ、知ってるよ。僕は、人の子のことはなんでも知ってる」
「まるで神様みたいですね」
「その通り。僕は神だ」
私は青年の顔をまじまじと見た。
青年が苦笑する。
「信じてもらえないのも無理はない。
でも、思い出してごらん? 君は死んだはずだろう。
そして、この空間だ。
僕が神かどうかは定義によるとしても、僕が特別な力を持ってることくらいは認めてくれてもいいだろう?」
たしかに、その通りだ。
私は死んだ……のだろう。
実の父親に、ゴルフクラブで頭をかち割られて。
我ながら酷い死に方だ。
「ここは?」
「ここは、どこでもないどこか。場所という概念が通用しない『場所』だ」
青年――自称・神が肩をすくめて言った。
「人間には、ちょっと理解するのが難しいんだよね。とりあえず、それについては置いておいてほしい」
「わかりましたけど……」
「どうして、君がここにいるのか、だね?」
私はうなずく。
「世の中には、なるほど、不幸な人がたくさんいる。
しかし、そのすべてを救うことは、神である僕にも難しい。
でも、そのうちの何人かを救うことならなんとかできる。
君は、その抽選に当たったんだ。おめでとう。人生の最後の最後でツキに恵まれたね」
「……どういうことです?」
抽選に当たりました、おめでとう! なんて、信じてはいけない言葉の代表格だ。
母親も、それで騙されてお金を取られたことがある。
父親は例によってブチ切れ、母親をこれでもかと痛めつけた。
青年は、両腕を宙に広げ、明るい笑みを浮かべて言った。
「喜ぶといい! 君は、異世界に転生できるんだ!」
「お断りします」
私は速攻で答えた。
「流行りだよね、異世界転生! 異世界で二度目の人生をやり直す! ロマンが溢れる話じゃないか!」
「お断りします」
「君の行くことになる異世界の説明をしよう! 文明水準は……まあ、お察しだけど、魔法のある世界なんだ!」
「お断りします」
「魔法! 神の奇跡を人の身で操ることができるんだ! 夢が膨らむよね!」
「お断りします」
「えっと……」
そこで、ようやく神が言葉を止めた。
「…………え? 今ひょっとして、『お断りします』って言った?」
「言いました」
神が笑顔のままでフリーズした。
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