本当にあった怖い話3「片目のメアリー」

詩月 七夜

片目のメアリー

 「フランス人形」をご存じの方は多いはず。

 厳密な定義はないらしいが、一般的にはフリルなどが目立つ衣装をまとった、可愛らしい少女の形をした西洋人形である。

 19世紀、上流階級の子女向けに生み出されたこの人形たちは、時代を超えて現在でも広く愛されている。


 しかし、皆さんはご存じだろうか?

 古くから「人形ひとがたには“魂”が宿りやすい」と言い伝えられている。

 そのため、こうした人形を可愛がり過ぎると、時に思いもよらぬ出来事を招く場合もある。


 私の知人は、その「思いもよらぬ出来事」を体験した人間だ。

 彼女…仮にBとしよう…が体験したのは、こんな出来事だった。



 ああ、そうだ。

 話を始める前に言っておこう。

 既に私が投稿している「スマホの壁紙」をお読みの方にはお馴染みかも知れないが、ここから先は「人形好きな方」と「虫が苦手な方」は読むことをお勧めしない。

 まぁ「スマホの壁紙」を読まれた方なら、理由は言うまでもないだろう。

 こうした文言を入れると、中には「二番煎じ」と批判される人もいるだろうが、こんな時代である。

 断り文くらい入れておかないと、後が怖い。

 どうか、ご了承願いたい。


 あと「スマホの壁紙」では、何人かの読者が、この忠告を無視し、読み進んでしまったことを確認している。

 別にクレームがあったわけでもないし「読んだから呪われる」とかは無いが、重ねて忠告する。


 「本能が危険を告げているなら、本当に読むのをやめておいた方がいい」


 煽りみたいに聞こえるだろうが、これは本心だし、老婆心でもある。

 


 話を戻そう。

 Bは別段、人形好きというわけではない。

 が、彼女の叔母が無類の人形コレクターであり、独身という身分をいいことに色々な人形を買いあさって、飾っていたんだそうだ。

 叔母さんは、会社の経営者ということで、それなりに裕福だったっていうこともあるんだろう。

 彼女の持ち家は、大小のぬいぐるみからビスク・ドールが並ぶ、まさに「人形の館」だったそうだ。


 そんな叔母さんが、数ある人形の中で特に可愛がっている人形があった。

 それは、ロココ調の白い衣装をまとった金髪のフランス人形だった。

 何とかっていう、その筋では有名な名匠の作品で、市場に出回ることも稀な人形だった。

 その分、お値段も半端なかったようだが、仕事の取引で欧州に出掛けていた叔母さんは、とあるアンティークショップの店頭に飾られていたその人形を一目見るなりぞっこんとなり、執念深いほどの値段交渉を経て、手に入れたものだったという。

 叔母さんは、人形に「メアリー」と名付けて、それは大切にしていたそうだ。

 実際、Bが家に訪れた際、見た話では、メアリーは頑丈なクリアケースに保管されていて、家の中でも最も見晴らしのいいフロアにわざわざ専用の飾り棚を特注し、部屋のどこからでも見えるように安置されていたとか。

 人形たちに囲まれ、王城のような飾り棚に鎮座したメアリーは、Bの目に「人形たちの女王」のように見えたという。


 さて、そんな風に大切に扱われていたメアリーだったが、ある時、悲劇が起きた。

 叔母さんが飾り棚を清掃していた時、うっかりクリアケースを落としてしまい、更に運が悪いことにケースからメアリーが放り出されてしまった。

 その拍子に、メアリーの右の眼が、その下にあった椅子の背もたれの突起に当たり、砕けてしまったのだ。

 特注品だったメアリーの目は、何でも水晶を加工して作られていたという特別製で、叔母さんは方々手を尽くして修理の職人を当たったが、どの職人も「手に余る」と断られてしまった。

 途方に暮れた叔母さんは、伝手つてを頼って、何とかメアリーの生みの親である名匠を探したそうだが、その名匠も既に故人だったそうだ。

 叔母さんはひどく残念がり、慰めに来たBの前で、しきりにメアリーに謝り続けていたという。


 それからしばらく経って。


 叔母さんの様子がおかしくなったらしい。

 何でも、会社に出るのも稀になり、自宅から出て来ない。

 近所の人とも出会う機会が減り、たまに姿を見せても、ろくに相手もせず、そそくさと立ち去ってしまうという。


 そして、遂に叔母さんと音信不通になった。


 兄妹であるBのお父さんが再三電話をしてもいっさい不通。

 Bも何度もL○NEを送るが、全く応答がない。

 会社の方も困惑しているようで、Bの家にまで連絡が来たとか。

 そこで、遂に叔母さんの家に突撃することが決まった。

 事件性がある場合も考えられるが、まずは少数で行くことが決まった。

 メンバーはB、B父、B弟、会社の幹部(男)の四名。

 幸い、合鍵はB宅にあったので、それを使うことにしたという。


 各々の予定をすり合わせた結果、突入はとある金曜日の夕方に決まった。

 Bは当時の様子を覚えており「気味が悪いくらいの赤い夕焼けだったわ」と言っていた。

 集合した四人は、まず、叔母さんの家の外見に異常が無いか確認した。

 見たところ、家そのものに異常はない。

 ただ、家中のカーテンが閉められており、中の様子を伺うことは出来なかった。

 次に、正攻法で家の玄関で呼び鈴を押してみた。

 しかし、応答は無かったという。


「もう構わないから、中に入ろう」


 と、B父が言い始めた。

 そこで、一行は合鍵を使って家の中に入った。


 後にBは語る。


 「家の中に入った瞬間、全員が嘔吐しそうなほどの物凄い臭気がした。あと、ワァンワァンと唸り声みたいな音がした」


 予想もしなかった臭気に、一同は嫌な予感がしたが、調査しようにも臭気のせいでままならない。

 そこで、B父、B弟、会社幹部の男三人で「まずは窓を開けて換気しよう」ということになった(叔母さんの家は、住宅地になかったので、騒ぎにはならないだろう…との判断だった)。

 「せーの!」で息を止めて、家の中に突入する男衆。

 家の間取りは、事前に分かっていたので、それぞれ分担を決めて、窓を開放していく。


 その時。


「うぎゃああああああああああああっ!!」


 リビングに向かった会社幹部の、凄まじい絶叫が家中に響き渡った。

 その声に、家の外で待機していたBすらも思わず家の中に突入したという。

 Bはこの時の感想をこう言っていた。


「マジで行かなきゃよかったよ…あんなモノを見ると分かっていたら、絶対に行かなかった」


 B一家三人が、リビングに入ると、その手前で、会社幹部が腰を抜かしたように座り込んでいた。

 そしてその前には…


 カーテンが下りた薄闇の中、例の「ワァンワァン」という音と、何かがはい回るようなかすかな音。

 目を凝らすと、それはおぞましいくらいに大量のハエとゴキブリだった。

 音は大量のハエの羽音だったのだ。

 それだけではない。

 吐き気を催すほどの数の虫にたかられながら、叔母さんが大事にしていたたくさんの人形たちが、闖入者であるB一行を見つめていた。

 そして、それらに囲まれ、等身大の人形が1体、メアリーの飾られていた飾り棚に置かれていた。


 いや、それは人形ではなかった。


 フランス人形のような衣装に身を包んだ叔母さんが、人形のように飾られ、B達を見下ろしていたのだ。

 しかも、叔母さんの全身にも虫が…!


 そう。

 叔母さんは死んでいた。

 その遺体は傷み、虫たちの苗床になっていたのだ。


 Bはそれを見るなり卒倒。

 B父、B弟も嘔吐し、会社幹部はうずくまりながら絶叫し続けていた。


 やがて。

 どうにか警察への通報が終わり、警察や救急車が到着するまで、Bは気絶したままだったらしい。

 すぐさま、警察の現場検証が行われたらしいが、あまりにも凄惨な現場に、本職の捜査官も絶句したという。


 現場検証の結果、叔母さんの死因は、後日「自殺」と発表された。

 捜査により、叔母さんの家には多量の精神安定剤が見つかり、音信不通になる前には、メンタルクリニックへの通院記録もあったという(B一家は初耳だったらしい)。

 つまり、何らかの事情で精神を病んだ叔母さんは、病院や薬を頼ったものの、症状が悪化し、大好きだった人形を真似て、自ら飾り棚に鎮座。

 そのまま、即身仏のように餓死したとのことだった。

 精神を病んでしまった原因は今も不明だが、Bは「もしかしたら、メアリーを傷つけてしまったことが延長になったのかも…」と語っていた。

 その証拠に、叔母さんの気の落ち様は、見ていてそれはそれは不憫な程だったという。


 Bの身内に起こった凄惨な事件に、私は同情した。

 そして「人の心はかくも脆いものか」としみじみ思った。


 しかし、気になるのは、叔母さんが愛してやまなかったメアリーのことだ。


 まず、叔母さんの死後、遺品整理を行ったが、例の人形「メアリー」の姿は、全く見付けられなかったそうだ。

 メアリーがどうなったのかは、Bも分からないと言っていた。

 錯乱した叔母さんが処分してしまった可能性もあるが、真実は闇の中である。


 ただ一つ。

 Bが気になることを言っていた。


 警察の捜査の中で、叔母さんが亡くなっていたリビングの出入り口横の壁、のところに小さな文字で


 「C'est ensemble」


 というメッセージが書かれていたという。

 そのメッセージは、叔母の筆跡ではなかった。

 警察でも調査はしたが、結局は誰が残したものかは不明だったという。

 その文字の意味を尋ねた私に、Bはこう答えた。


「それは、フランス語で『一緒だね』という意味らしいよ」





 補足。

 叔母さんの亡骸は、腐敗が酷かったが、左目の眼球は確認できた。

 しかし、右目の眼球は…きれいに消失していたという。


 そして…Bの話によれば、今日までメアリーはまだ見つかっていないそうだ。

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本当にあった怖い話3「片目のメアリー」 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki

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