本当にあった怖い話1「デデ鬼」

詩月 七夜

デデ鬼

 これは俺が小学校の時に体験した「本当にあった怖い話」


 当時、小学校3年生だった俺は、都心から離れたある地方の山奥の村に住んでいた。

 そこは、人口が少なく、過疎化も進んでいて、通っていた小学校も複式学級というしょぼい村だった。

 代わりに自然は豊かで、周囲の山並みは絵画のように美しく、すげえきれいな清水、滝や湖まであって、暑い夏なんかは涼をとるには事欠かないのが数少ない美点だった。


 そんな小さな村に、ある時、一人の転校生がやって来た(仮にそいつをKとしよう)。

 Kは都会生まれの都会育ち。

 服装も、田舎暮らしの俺達よりあか抜けていて、新しく建てた家も立派なものだった。

 聞くと、Kの親父さんはこの村の出身者で、会社を起業し、大成功を収めたらしい。

 そんな金持ちが引っ越してきたということで、村の中ではちょっとした評判になった。

 でも、Kの親父さんの人柄はあまり良い噂が無く、知り合いが多いこの村に帰って来て、皆と懇意にするかと思えば、どこか見下したような態度をとることが多く、大人たちは皆、Kの親父さんを陰で毛嫌いしていたんだ。

 その息子のKはというと、親に似たのか、こっちも鼻持ちならない奴だった。

 金持ちであることを自覚し、常に自慢ばかりしていて、都会がいかに洗練されている環境かとかを口にしていた。

 俺達はそんなKを煙たがってはいたが、最新のゲーム機なんか普通に買ってもらったりしていたし、ゲームも上手だったから、みんな我慢しつつ、付き合いを続けていた。


 そんなこんなで、夏休みに入ったある日のこと。

 俺達は、山へカブトムシを採りにいくことになった。

 その山は、通称「デデ山」と呼ばれていて、神社が一つある深い森に囲まれた山だった。

 地元の大人達は、神社が管理する「禁足地」としており、むやみに立ち入らないよう、注意を受けていた。

 でも、誰も入らないせいか、このデデ山には大きなカブトムシがゴロゴロおり、俺達子供にとっては絶好の猟場だったんだ。

 当然、Kもついてきていて、皆と一緒にカブトムシが採れる木を巡った。

 普段、都会の話で自慢したり、ゲームの腕では負け知らずだったKだけど、こういう自然の中での虫捕りとか魚釣りといったアウトドアな遊びは苦手で、いつもみんなに水をあけられていた。

 その日も、みんなは大きなカブトムシを何匹も捕まえていたが、Kは普通クラスのが数匹のみ。

 大物が採れそうなポイントも教えてやったが、運が悪かったのかまったくのオケラだった。

 そんな中、日ごろ威張っているKを、仲間の何人かがからかい出した。

 プライドが高かったKは、それに食って掛かり、ついには「誰よりもデカいカブトムシを捕まえて見せる」と豪語し始めた。

 すると、仲間の一人が言った。


「それなら、神社の裏にある塚に生えている木が一番のポイントだ」


 それはほんの冗談だった。

 神社の裏にある塚には、確かに大きなクヌギの木があり、大物がウヨウヨいそうなポイントだった。

 だけど、何かの遺跡なのか、塚の周囲は金網と鉄条網で守られており、立ち入り禁止になっていたんだ。

 でも、デデ山自体が鬱蒼とした森に包まれていたし、その中にある神社は昼でも暗い不気味な所だったから、誰も好き好んで近寄ろうとはしなかった。

 が、この時、Kは持ち前の負けん気を発揮し、必ず大物を捕まえてくると皆の前で宣言した。

 まあ、Kも馬鹿じゃないし、神社の周囲が気味の悪い場所だっていうことや、塚には近付いちゃいけないっていうことは仲間内で話したこともあったから、誰もKの言葉を本気にしなかったんだ。


 でも、それは甘かった。


 翌朝、俺達が遊びの打ち合わせをしている時に、Kがふんぞり返ってやって来た。

 そして、虫かごに入ったカブトムシやクワガタを見せる。

 それは数も大きさも、今まで見たことないくらいだった。

 聞けば、皆にからかわれた日の夕方、こっそり家からハチミツを持ち出したKは、塚のフェンスを乗り越えて、あちこちにハチミツの罠を仕掛けてきたという。

 で、今朝がた早起きをして罠を見に行くと、ものの見事に大物が大漁だったというわけだ。

 みんな、驚き呆れ、そして羨ましがった。

 大物を採ったことと禁忌の地に足を踏み入れた度胸に、一躍英雄になったKは、まさに天狗になっていた。

 そして、塚の周囲での出来事なんかを自慢げに話し始めた。


 Kによると、神社に到着した時はすでに夕闇が広がっていて、神社の周囲は本当に不気味だったらしい。

 でも、Kは幽霊や迷信を真っ向から否定していたので、家から持って来た懐中電灯やペンチなどの工具で、軽々とフェンスを突破し、塚に近付いたという。

 Kによると、塚は直径約10mで、周囲には朽ちた石畳みたいなものがあったらしい。

 塚自体は、巨木が侵食し、茂った葉で真っ暗だった。

 湿った土のにおいと物凄い湿気で、何だか水の中で動いているようだったという。

 そして、塚の中腹には小さな石のほこらがあったそうだ。

 祠には、小さな幣束へいそくが何本か備えられているだけで、特に目を引く物はなかった。

 しかし、祠の周囲には不思議なものが転がっていた。

 それはおでんのように串にささったもので、具にあたる部分は小さな太鼓みたいになっていたという。

 Kは無謀にもそれを拾い上げてこねくり回してみたが、何の音もならない。

 興味を無くしたKは、止せばいいのにその小さな太鼓みたいなものを、祠に投げつけて捨ててきたという。

 すると、そのくだりを聞いていた仲間の何人かが、顔色を変えた。


「K、その話マジか?」


 頷くKに、そいつらはあからさまに身を引いた。


「何だよ?何かあんのかよ?」


 深刻な表情になる仲間達に、自慢話に水を差されたKが唇と尖らせて聞く。

 すると、村の中でも最も古く、昔は村長むらおさを担っていた家系の子供が言った。


「お前、デデ鬼に祟られんぞ」


 「デデ鬼」…それは、この村に伝わる言い伝えにある鬼のことだ。

 デデ鬼は、昔、デデ山に棲んでおり、鬼でありながら村の人たちと仲良く暮らしていたという。

 山の隅々のことまで知っていて、太鼓好きだったデデ鬼は、狩りで獲物を仕留めたり、山菜を豊富に集めたりしては、そうした山の幸を村人と交換し、酒宴では太鼓を叩いて舞い踊りながら、仲良く交流していた。

 しかし、はじめはデデ鬼と仲良くしていた村人達だったが、よその村の者に鬼と仲良くしていることが知れ、村全体が周囲の村落から孤立してしまったという。

 そんな折り、運悪く飢饉が発生。

 周囲の村に助けを乞うも、仲間外れだったこの村は、それはひどい状況になった。

 やがて、悩みぬいた村長と村人達は、遂にお荷物になった鬼を始末することにしたんだそうだ。

 酷い話だが、村人達も余程追い詰められていたんだろう。

 そして、数少ない食べ物と酒をかき集めた村人達は、鬼を呼び出すと手厚くもてなした。

 そんな歓待に鬼は大いに喜び、すっかり満足すると、酔いつぶれてしまった。

 そこを村人達は寄ってたかって切り刻み、鬼を殺してしまったんだそうだ。


 この所業に、さすがに不憫に思ったのか、数人の村人達は、太鼓が好きだった鬼の亡骸を「デンデン太鼓」と一緒にデデ山に葬ったという(貧しかったこの村には、太鼓がそれしかなかった)。

 が…

 以来、このデデ山では神隠しが多発するようになったらしい。

 何でも、小さな子供から老人まで、山に入ったものは帰って来なかったという。

 そして、鬼が殺された時期が近付くと、デデ山から小さな太鼓の音が聞こえることがあった。

 そうした夜は、決まって誰かが無残な死体になって発見されたらしい。

 「きっと、殺された鬼の怨念だろう」と恐れた村人達は、以来、鬼が葬られた塚に神社を建てて供養し、誰も近付かないようにそっとしておいた。


 これが「デデ鬼」の言い伝えだ。

 この村の子供なら、小さいころから聞かされている、誰でも知っている話である。

 だから、みんなデデ山に忍び込みはしても、神社には近寄らないようにしていたのだ。

 しかし、これを聞いたKは嘲笑した。

 鬼だの、祟りだのは迷信だ。

 そんな昔話を信じているなんて馬鹿馬鹿しい、と。

 完全に天狗になっていたKには、デデ鬼の話は完全に与太話に聞こえたんだろう。

 この時、みんな、白けた目でKを見ていた。

 俺も、何となくKの言動にムカついていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それから数日して。

 Kと遊んでいた子供達…何故か男の子だけ、Kの家に呼ばれることがあった。

 招待主は、Kの親父さんだ。

 普段、俺達のことなど歯牙にもかけないし、大人達の間で不興を買っていたKの親父さんは、この日、到着した俺達を気味悪いくらい歓待した。

 ジュースやお菓子を振る舞い、昼飯に豪華な寿司まで用意していた。

 しかし、おかしなことにK自身の姿が無かった。

 不思議に思った仲間の一人が理由を尋ねると、Kの親父さんは申し訳なさそうに、


「すまないが、Kは風邪をひいて寝込んでるんだ。遊びに来てもらったのにごめんね」


 とのことだった。

 しかし、お見舞いすると言うと、


「せっかくの夏休みだし、皆に風邪がうつると悪いから…」


 と、やんわり断られてしまった。

 しかし、たくさんのジュースやお菓子は飲み放題、食い放題だし、Kのものだろうが、最新のゲームソフトもあって、みんなKのことを忘れて遊びまくったんだ。

 やがて、夕暮れ時になり、何人かが帰ろうとすると、Kの親父さんはいそいそと何かを引っ張り出してきた。

 それは、Kの衣服や靴だった。

 真新しく、まだ痛みもないものばかりで、この辺の商店では見たこともないようなカッコいいのもあった。

 Kの親父さんは、それを床に広げると「どれも捨ててしまうものだから、良ければ皆で分けて持って帰ってくれ」と言った。

 その代わり、ある約束をさせられた。


 一つは、Kの親父さんからもらったということは内緒にすること。

 もう一つは、出来るだけ長い間、大切に使って、捨てないこと。


 最初の一つ目は、子供ながら何となく理由が分かった。

 Kの親父さんは鼻つまみ者だったから、俺達の親がそんな男から物をもらったと知ったら、怒るだろう。

 でも、もう一つの約束はよく理由が分からなかった。

 もう捨ててしまうものを、出来るだけ長く大切に使えというのは、何か矛盾している。

 不思議に思ったが、この時、俺達は衣服や靴を物色するのに気をとられ、あまり気にしなかったんだ。

 結果、俺は何度目かのじゃんけんにようやく勝ち残り、カッコいい運動靴を一足ゲットした。

 そして、ホクホクしながら持ち帰り、机の引き出しにこっそりと隠しておいたんだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それから二、三日してからだったと思う。

 「村に変質者が現れた」と噂になった。

 何でも、俺と仲の良かった男の子の一人が、夜道で奇怪な大男に出くわし、追い掛けられたたんだそうだ。

 へんぴな村だったが、その後も何人か被害者が出て(いずれも男の子だった)、ついに大人達も動き始めた。

 子供達も夕暮れ以降の外出や一人遊びは禁止され、小さな村はピリピリしていた。

 そんな中、被害にあった男の子とたまたま話す機会を得た俺は、事件当時の様子を聞くことが出来た。

 そいつの話では、ある夜、近所の家に回覧板を置きに行った帰り道に、背後からのしのしと歩く音が聞こえた。

 ギョッとなって振り向くと、2メートルを超える大男が自分を見下ろしている。

 さらに奇怪だったのは、男は手にデンデン太鼓のようなものを手にしており、それを打ち鳴らしていたんだそうだ。

 ちなみに、そのデンデン太鼓は壊れていたのか、不規則なかすれた音が鳴り響いていたという。

 驚いたそいつは一目散に逃げだした。

 すると、大男は声も上げずに無言でそいつを追い掛けて来たという。

 あわやというところで自宅に駆け込み、事なきを得たが、そいつは「生きた心地がしなかった」と言っていた。


「暗くてよく見えなかったけど、あれは人間じゃねぇ。きっと怪物か何かだ」


 と、そいつは生々しい感想を述べていた。


 そんな異常な状態の夏休みの最中。

 遂に俺自身が奇怪な経験をすることになった。

 その日、俺は友達と何人かで自転車で川遊びに出掛けた。

 学校からも「外出はなるべく避けるように」と通知があったが、自宅からそう離れていない場所だったし、日も高かったから、完全に油断していた。

 川についた俺達は、海パン一丁になり、川でダムづくりを始めた。

 岩や木の枝で、簡単に川をせき止め、そこに魚を追い込もうってわけだ。

 そうして、みんなで材料をかき集めていた最中、俺はふと誰かに見られているような気配を感じた。

 でも、見渡してもそんな視線を送るような奴は誰もいない。

 不思議に思って、また材料集めをするも、何とも言えない視線を感じて、その後も、何だか遊びに集中できなかった。

 やがて、ダムも出来上がり、達成感に浸りながらアイスを食っていると、いつの間にか話題がKにことになった。

 Kは風邪が悪化したらしく、今も自宅で寝込んでいるという。

 そのため、あれ以来、Kの姿を目にした者はいなかった。

 そして、話はKの親父さんからもらった衣服や靴の話になった。

 あれから、皆どうした?ってな感じだ。

 すると、ほとんどの奴が「もう捨てた」「失くした」という。

 まだ、靴を大事にとっていて、今日もわざわざ履き替えてきていた俺は、えっ?となった。

 理由を聞くと、皆押し黙っている。

 そんな中、変質者に追い掛けられたあの男の子が口を開いた。


「俺…Kの親父さんからもらったあの服を着ていた時に、怖い目にあったんだ」


 俺は驚くとともに呆れた。

 そいつは、俺が狙っていたすげえカッコいいTシャツを、じゃんけんで勝ち抜き、見事獲得した奴だった。

 聞けば、そのTシャツは処分してしまったんだそうだ。

 勿体無い、と非難する俺に、そいつは言った。


「仕方ないだろ。親に見つかって、無理矢理処分されちゃったんだよ」


 そこで、俺は納得した。

 Kの親父さんからもらったとバレたからだろう。

 おそらく、他の連中も似たり寄ったりなんだと思った。


「お前も気を付けろ。それと、その靴は処分した方がいいかも知れないぞ」


 皆が無言の中、そいつがポツリと言った。


 やがて、夕方。

 まだ日は高かったが、そろそろ帰らなくてはならない時間になった。

 皆と別れた俺は、チャリンコで田んぼ道を一人で走っていた。

 その日は暑かったが、水田を渡る風がとても気持ち良かったのを覚えている。

 すると突然、その風が不意に生暖かくなり、俺は思わず眉をしかめた。

 汗が止まらなくなり、呼吸も苦しくなる。

 妙だと思った瞬間だった。


テンテンテン…


 規則的な、乾いた音がかすかに聞こえた。

 最初、遠くで農家の人が機械で農作業をしているのか思ったが、周囲を見渡しても誰もいない。


 気のせいかと思い、前を向いた時、俺は思わず息を呑んだ。


 俺は周囲を緑の水田に囲まれた中、一本の田んぼ道を走っていた。

 その進む先に、十字路があり、そこに何か黒いものが背を向けて座っている。

 を見た瞬間、俺の全身が泡立った。

 得体の知れない黒い何かは、抱えた何かに顔をつけているように見えた。

 得も知れぬ恐怖に、咄嗟にブレーキを踏む俺。

 その音に気付いたのか、は俺の方に振り向いた。

 俺は悲鳴を呑み込んだ。

 黒いは濃い髭面の大男だった。

 目をギラギラと輝かせ、ボロをまとい、俺を見つめている。

 あの変質者だ、と思う前に、俺は思わず口元を手で押さえた。

 男の手には、猫の死骸があった。

 無残な姿になった猫を、大男は食い漁っていたのだ。

 その証拠に口元の髭が、真っ赤に染まっていた。

 そして、男の右手には不釣り合いなくらい小さなデンデン太鼓が握られており、それが…


デンデンデン…


 と風にあおられて鳴っている。

 考えるより先に、俺は慌ててチャリンコに乗ったまま回れ右をした。

 慌てたせいか、チャリンコごと倒れる俺。

 拍子で靴が脱げそうになり、バタつきながら起き上がると、半泣きでペダルをこぐ。

 それからは、もう無我夢中だった。

 背後を一度だけ振り返ると、その時、大男は立ち上がったところだった。

 そして「おっ!おっ!おーっ!」と唸り声を上げて追い掛けて来た。

 その足の速いこと。

 裸足で両手をダラリと下げたままなのに、陸上選手もかくやという速さだった。

 俺は歯をガチガチ鳴るのを感じながら、夢中でペダルをこいだ。

 もうすぐ背後から大男の「おうーっ!むぬーっ!」という唸り声が聞こえる。

 一緒にデンデン太鼓の「デンデン」という音が早まり「デデデデ…」という音に変わっていた。


 さすが「もうダメだ」と思ったとき。 

 コケた時に脱げそうだった靴が、片方だけ完全に脱げて、落ちてしまった。

 だが、当然拾いに戻るなんて考えなかった。

 とにかく「逃げなきゃ」って考えだけが、頭の中を占めていたんだ。

 そうして、しばらく行くと、大男の唸り声が聞こえなくなったことに気付いた。

 だが、怖くて後ろは振り返らなかった。


 しばらくしてから、俺は軽トラに乗った顔見知りのおっちゃんに出会った。

 涙で顔をくしゃくしゃにした俺を見て、おっちゃんもただ事じゃないと察したんだろう。

 俺を軽トラに乗せ、自転車もいっしょに運んで家まで送ってくれた。


 それからはもう大騒ぎだった。

 夕方になりつつあったが、村長さんをはじめ、消防団や青年団の人達が棒で武装し、付近の見回りや山狩りまで行った。


 しかし、あの大男の姿はついに見つからなかったんだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 やがて、夏休みが終わり、2学期が始まった。

 そこで登校してきた俺達は、Kが亡くなったことを先生から知らされた。

 交通事故だった。

 驚いたことに、Kの家族は引っ越す予定だったとのことだった。

 夏休みの間に、急遽学校に報告があったという。

 新居も出来たばかりなのに、全く不思議な話である。

 それに理由は定かではないが、Kの家族はえらく慌てた様子で引っ越しの準備を内密に進めていたんだそうだ。

 そして、家を出発し、村から出る途中の険しい山道で、車が事故っているのを発見されたという。

 Kの両親は重体だったが、一命をとりとめた。

 だが、事故現場で、Kの姿は全く見当たらなかったんだそうだ。

 警察でも捜索が行われたが「Kは事故発生時に車から投げ出されて、谷底に落下。遺体は川に流されてしまった」とのことだった。


 後日、Kの遺体が見つからないまま、通夜と告別式がひっそりと行われた。

 Kの家族も入院中で不在のため、喪主は親戚の人が請け負っていた。

 K一家は、村でも人づきあいが無かったので、弔問客はほとんどいなかった。

 しかし、俺達子供はKとは遊んでいたこともあり、何人かでお通夜に行った。


 俺は、そこで聞いたある大人同士の会話を今も覚えている。

 それはこんな感じだった。


“Kな、事故で谷底に転落したことになってるだろ?”


“ああ”


“実はな…警察の知り合いに聞いたんだが、


“どういうことだよ?”


“知らねぇよ。でも、事故現場に遺体が無かった上、谷底に落ちた様子もない…なら、誰かがKを連れて行ったのかもな”


“おい…それって”


“Kの奴、デデ鬼の塚を荒らしたっていう噂があったろ?”


“ああ”


“こないだ、○○んとこの子供に聞いたんだが…Kの親父がKの服や靴を村の子供に内緒で配ったらしい”


“そりゃあ、まさか…!?”


“ああ。息子を守るためのだったのかもな。それが村の連中にバレて、Kの家はここから引っ越そうとしてたんじゃねぇか”


 大男に追い掛けられたあの日。

 自転車を必死でこいでいる時、脱げた靴は結局見つからなかった。

 その後、片方になった靴も捨ててしまった。

 そうして、親父さんがばら撒いた「Kの臭い」の一つが消えてしまった。


 あの大男が「デデ鬼」だったのかは分からない。

 事故現場からKを連れ去ったのが誰なのかも。

 ただ、K一家の事故から、あの大男を見たという人間はまったく出なくなった。


 この話はここでおしまい。

 ちなみに、地域がばれちゃうと、地元に迷惑をかけるかも知れないから、詳しい表現は避けさせてもらったけど、この話は地元の人間なら誰でも知っている。


 みんなも、何かが祀られたり、眠っている場所には近付くな。

 ちなみに、俺はあれ以来、田んぼ道が怖くなった。

 また、アレに出会うんじゃないかって思うと、足が震えて仕方がないんだ。

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本当にあった怖い話1「デデ鬼」 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki

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