20080514-2

 空き教室に無言で入る。

 後から入った西川は、静かに引き戸を閉めた。

 綺麗に整頓された机といすに、触れないようにしながら、西川はゆっくりと窓に向かって歩き出す。

「大宮」

 教卓に手を置いて、教壇に立った。

 一段高い位置にいるのは、それだけ線引きされているように思う。

「俺は、毎日、夢を見る」

 引っ張られるような感覚に襲われた。

「早瀬が死ぬ。かと思えば、大宮も死ぬ。どっちか一人のときも、どっちも死ぬ時もある。死因や時期はばらばら。それでも結末は変わらない。心臓がばくばくして目が覚める。毎日だ」

 黒板の溝に一本残されていた白いちびたチョークをもてあそぶ。

 指からすべって、落ちるとともに粉が飛び散った。

「いやな話するけど、俺は全部、生きてる。助けられなくて、もしくは知らないうちに死んでて、生き残って。……耐えられない」

 もう、限界かもしれない。

 西川は歪みを敏感に認識してしまう。

 記憶は持ち越さないけれども、影響は避けられない。

「きついな、それは……」

 それはもしかしたら、僕らが死ぬ瞬間に西川が居合わせたときの記憶のかけらなのかもしれない。

 月並みな言葉しか言えない僕は、無力だ。

「おまえは、早瀬は、死ぬのか?」

「そりゃ、人はいつか」

「死ぬよな。でもごめん、そうやって、煙にはまいてほしくない」

 僕を見据えた瞳は限りなくまっすぐだった。

 今すぐにそらしたくなるくらい。

「…………」

「お願いだから、本当のことを言ってほしい」

 嘘は、つきたくない。

 ぼかして誤魔化せるラインはとっくに越えてる。

 なら、いうべきことは一つだ。

「うん」

 僕は、西川には、できるだけ普通でいてほしかったけど、自己満足の願いでしかなかった。

「僕か早瀬は、10年後に死ぬよ」

 噛み殺した息が、西川の口から漏れた。

「……だから、未来から、来たのか。それでもしかしたら、繰り返してるっていうのか」

「……そうだよ」

「意味はあるのか」

「意味はあるよ」

「ないだろ」

 珍しく友人は食い下がった。

「おまえは!バグが出まくりのゲームを続けられるの?強制的に最初まで巻き戻されて、それでもまた同じように進められるの?」

 このときは、コンシューマーゲームをしていたから。

 それで、中学のときにでたとあるRPGがバグ頻発でろくに攻略できないと、そんなニッチな話で盛り上がって、それで仲良くなったんだ。

「できるよ」

 閉め忘れた窓から風が吹いて、カーテンが舞い上がる。

「可能性がゼロじゃない限り、チャレンジする。何度でもやり直す」

「…………狂ってるよ」

「だよな」

 繰り返すむなしさも、忘れられる悲しさも、また失う痛みも、知ってしまったら今なら、その選択はしない。

「けれど最初の俺はやるって決めた。今の俺も、未来を取り戻したいって気持ちは変わらない」

 例え消えてしまうとしても、覚えていられなくても、いつか、忘れるとしても。

 俺は、覚えていたいと思う。

 俺は、今を生きたいと思う。

 だからやろう。

 今を生きよう。

 舞台みたいに、ナマモノの現実を。

「変わらないな、大宮は」

西川は久しぶりに笑った。

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