Re:20080514

 ダンっていう音は自分の足がたてていた。

 転びそうになり、それでも踏ん張って。

 自分の足で、ここに立っている。

 驚いた目の坂本と、信じられないと言いたげな藤原の目の前に。

「大宮、か?」

「うん、一秒ぶり、かな?こっちでは」

 軽口を叩くと、坂本がにやりとする。

「飛ばしたはずよ。10年後に。また戻ってくるなんてこと、あり得ない」

「戻してくれたよ」

 まっすぐに見つめる。

 僕たちの騒ぎは、薄い膜に覆われたままだ。

「10年後の、藤原に」

 膜がたわんだ。

 動揺にリンクしたのか、ヒビが入って飛散する。

「…………そう」

「……おまえが、早瀬にカードを渡したってのか」

 否定をしなかったことが、返事そのものだった。

「これは僕の仮説だけど、藤原は、本当に友達として早瀬を見てしまったんじゃない?要救助者、支援者、被害者じゃなく、心からの、友達として」

「……回数無制限のタイムスリップなんて、よっぽどの地位でないとできない。ましてやおれより後の人間ならなおさらだ。悪用される恐れがある。自分がはりついて見ていたとしても、自分がいない時間軸に飛ばれてしまったら?いくらなんでも他人に渡すなんてリスキーだ」

「べらべらべらべらうるっさいわね」

 瞬時に膜が作り上げられる。

 僕たちの横を生徒が二人、何事もないように通りすぎていく。

「周りみてから話しなさいよ」

 冷気をはらんだ目に、思わず拳を握りしめる。

「先に大宮くんにカードを渡したのはそっちでしょうに、人のこと言われたくはないわね」

 全て当たっていたんだろう。

 僕たちの推測と、藤原三郷の起こした行動と。

「だから、協力してほしい」

 返事はなかった。

「そろそろ戻ろうぜ」

 取りなすように坂本が言う。

「撮影、おしてるだろ?」

 確かに僕らには、時間はいくらあっても足りなかった。

 静かに膜が溶けていった。


「多分、藤原は力になってくれる」

 先をいく藤原を見ながら、坂本はぼそりと呟いた。

「だから心配すんなよ」

 ばしんと肩を叩かれて。

 ああ戻ってきたのだと、僕は泣き出さないように必死だった。


「ねえかもめ、今、幸せ?」

「幸せだよ」

 電話口で、幸せと答えている。

 涙が頬を伝っている。

「幸せだ」

 虚勢を張って、自分が変えた未来をこれからも生き続ける。

「……そう」

 青森しずくはそして、最後に言ったのだ。

「さよなら」



「カット!」

 打ち鳴らされる手とともに、テンションの下がる言葉が飛んでくる。

 オッケーじゃない。

 微妙だなと言わんばかりの打ちきりかただ。

「……セリフ、違った?」

 目に見えて、西川の機嫌が悪い。

 セリフ途中にぶちきられたから、気にさわったのかもしれないけれど。

「セリフは合ってる」

「じゃあなんで」

「おまえらのやるきがない」

 坂本は黙って録画したビデオを指差した。

 僕らは距離を取りながら、再生された先程の演技をチェックする。

 僕が演じるかもめと、西川演じるつばめは、立場の違いから、最初は接点がなく、むしろ仲が悪い。けれど、かもめがやり直した世界で仲良くなる。

 かもめがつばめとうまくいかないシーンはオーケーがでたものの、仲良くなるシーンは何度もリテイクがかかった。

「仲よさそうにみえないね」

 藤原のストレート。

 僕も同感だ。

 西川だってそうだろう。

「そういうシーンなんだからさ、おまえら、話し合ってこいよ。あれなら、俺もそこにいるから」

 すぐには返事ができなかった。

「……解決できそうなら、したほうが、いいと思う」

 沈黙を裂いたのは、ぽつりとつぶやかれた早瀬の言葉。

「私は、二人の仲の良さが、うらやましいと思ってるから」

 僕たちのとる選択は決まった。







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