2018.8

 目が覚めると、見覚えのある天井だった。

 保健室、ではなく病室。

「大宮さん、目が覚めましたか?」

 居合わせた看護師が業務的な声かけをする。

「……僕は」

「友人を追いかけていって、熱中症で倒れたんですよ。ご友人も、体調を崩しているので別室で休んでいます。もう一人、元気な方がいらっしゃったので呼んできますね」

 クーラーがよく効いていた。

 着ている寝巻きも心地いい。

 僕は早瀬が骨になった時代で体を横たえている。

「大宮……!」

 部屋に飛びこんできたのは坂本だ。

「おまえ、無理すんなよ、外、35度ごえなんだから……」

 目だけを動かす。

「……西川も、いろいろ疲れてんだよ。婚約者の早瀬が事故死して、満身創痍」

 やっぱり微妙にかわってる。

 元の時代に戻ってきたんじゃない。

 あのまま進んだ27歳のときに僕はいる。

 飛び続けて飛び続けて、僕はどこにいるんだろう。

 僕は、どこに行くんだろう。

「坂本」

「なんだ?」

 表情も雰囲気も言葉もなにも変わらなかった。

 鈍いやつじゃない。

 この呼び方で、タイムリープについての話だと勘づかないわけがないのだ。

「……藤原三郷に、連絡をつけてくれないか」

 予定を変更して、次善の策を打つ。

 だというのに、心からわからないとでもいうような顔をされてしまう。

「おまえ、もう一回検査してもらう?」

 心配そうに申し出られ、どう反応したものか。

 もしや、彼女も死んでるのか、もしくは。

「連絡もなにも、彼女だろう?」



 藤原三郷を媒介として話す未来人は、思いの外早くやって来た。

 夕日が差し込むロビーで二人、紙コップに入れた麦茶を前に、丸テーブルで向かい合う。

 廊下を挟んで向かい側、ナースステーションでは電子カルテを打ち込むナースで一杯だった。

 坂本は気をきかせ、先に帰ってしまっている。

「なんて呼んでるの」

「私は大宮って呼ぶし、大宮は私のこと藤原って呼ぶ」

 曲がりなりにも付き合ってるのかわからない関係性だ。

 涼しい顔で言い切られると、突っ込みをする気も失せた。

「……でも、聞きたいのはそういうことじゃないよね」

 ナースステーションで呼び出し音が鳴る。

 ゆっくりと息をはいた。

「坂本は、違うよな」

「大宮が知ってる姿と違うって意味なら、そう。彼はもう現代人として生きているから聞いても無駄ね」

 安心した。目の前の人物が、僕が知り、僕を知る存在でいることに。

 同時に、諦めもわいてきた。

 自分を知る人間が目の前の人物しかいないことに。

「未来人要素がなくなったってことか」

「そういうこと。宿主がいなくなったのね」

 おまえはどうしたいんだ。

 そう問いかけてくれた友達と、もう二度と会うことはないという事実が悲しかった。

「聞きたいことって、それだけ?私たちのなれそめとか、あのあとなにがあったかとか、西川くんとの関係性とか?いろいろ話せるけど」

「気にはなるけど、別のことが知りたいな」

 一息に、ぬるいお茶を飲み干す。

「ここに飛ぶまでに夢を見た。早瀬にカードを渡していたのはおまえだった」

 がらり。

 どこかの病室のドアが開く。

「多分、俺にカードを渡したのは坂本だ。だとしたら、早瀬にチャンスを、カードを渡したのはどうして」

「私にだって、心はあるのよ」

 その答えで、十分だった。


「ねえ、戻りたい?」

「………できることなら」

「わかった」

 答えを見越していたように、彼女は鞄からスポーツドリンクをとりだすと、栓を開けた。

 空になった僕の紙コップへ注ぎ、僕は黙ってコップに口づける。

「振り返ればあのとき変わるかも」

 急速な眠気に襲われて、意識がもうろうとする。


「いってらっしゃい、ハル」


 かける言葉も、聞きたい言葉も、何一つ言えないまま。


 僕は、藤原三郷を置き去りにして、早瀬が生きてる時代へ戻る。

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