200805
肩に手を置いて、キスをした。
柔らかい感触を味わう余韻もなく、早瀬にほっぺたをしばかれる。
久しぶりの痛み。
現実に引き戻された感覚。
どうして口づけをしたのかと。
聞かれて答えた、「思い出づくり」。
未練を断ち切って。やりたいことをやりきったという顔をして。
そして死のうと決めたのだ。
頭痛がする。
「大丈夫?」
西川の問いに、うんと返事をする。
人を殺しそうな目をしている自覚はある。
授業中もこんなので、掃除もやったのは形だけ。
凶悪犯みたいな顔をしている僕に声をかけるのはさすがだ。
いや。そりゃあ、こんな状態で部活に出てきたら、声をかけるか。
「早瀬も保健室行って、今日は出てこれないって」
重さを増したようなボストンバックを床に投げる。
先程の残像がちらついた。
キスをしたら目が覚めて幸せになれる、とか。
物語の中の出来事だ。
そもそもなにかに強制されて、そういうことをするものではないのだから。
重苦しさが増す。
頭痛がひどくなる。
頭痛もちなんて特性、僕はもっていなかった。
「やっぱり大宮、帰った方が」
「いや、進行、予定通りに進めた方がいいし、録音だけでも、やろう」
今しかできないことを、今やるために。
一秒だって、無駄にはできない。
「生きてる意味が、わかりません」
「生きてる意味は、なくていい」
「夢がわからない」
「なくても、いいよ。誰も責めない」
今日の課題は、早瀬がこの世界線で追加したシーンの収録だ。
タイムスリップをして、かもめは望む未来を手に入れた。その瞬間に、目的を見失い、空っぽになってしまう。
悩みを吐露できる親友はいない。
救いを求めたインターネット掲示板で助けを求めるシーン。
かもめに寄り添うのは、画面の向こうにいるかつての同級生だ。
もちろん劇中のかもめは知る由もない。
舞台では僕がパソコン画面に向かい苦悩する場面を演じ、相手方の声をあらかじめ録音して流す。壁にはプロジェクターでパソコン画面を映す。
音響録音メインの作業。
技術的なことやタイミングは西川が、声の出演は坂本が担当している。
帰っていいんじゃないかと目で訴えられているけれど、無視した。
音が入らないように、隅っこで、声に合わせて演技のイメージをつかむ。
生きてる意味は、なくていい。
そんなのはいくらでも後付できるから。
それでも生きてたものが理由なく、未来を捻じ曲げられたのならば。
僕は何度だって、死ぬことも、目の前で誰かが死ぬ未来も、拒んで抗い生きようとするよ。
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