20080424 19:45

「このパターンははじめてだよ」

「それはこっちの台詞だ。だれが俺の言葉にかぶせてくるって思うよ。いつもはできるだけ忠実に再現しようとしていたから」

 夜のコンビニ駐車場で、携帯電話をいじりながら、坂本はあくまでも冷静につぶやいた。

 暗がりで顔がライトに照らされる。

 呼び出した本人は、一人で菓子をぱくついていた。

 僕は手持ち無沙汰に視線をさまよわせる。

「おまえのターンになってたから、観測する事象が多くて楽しい」

「……っざけんなよ」

 僕らは地球が丸いことを知っている。

 でもそうじゃなかった時代は、この世界が真っ平らだったと本気で信じている人間がいた。

 僕たちはそれを愚かだと思うのだろうか?

 未来人は、どこか他人事で、観察しているだけ、みたいだ。

「ふざけてない。ってか、追い詰められたときの面白くなってきやがった!と同義だよ。

 そこのところよろしくな」

 教室とは違った人格は、未来人本来のキャラクターなのだろう。つるりとつかみどころがない。

 なにかの演算でもしているのだろうか。

 携帯の画面には数字がびっしりと並んでいた。

 面白い、なんて。

 感じたことはない。

「タイムスリップすることが怖い?」

「……そりゃ、怖いよ。今までのことがなかったことになるし、早瀬が死ぬってことだから」

「そんなこと、実際に起きてから言え。今この世界に、早瀬は生きてる」

 そうだ。

 この世界でずっと生き続けるために。

 何度だってやり直す。

 県道を赤いテールランプ達が横切っていった。

「………………キーワードか、なにかのアイテム。誰かの干渉」

「……?」

「普通に生きていたら、この時代にタイムスリップなんて起きない。考えられる原因はこの3つだ」

 キーワードは間違いなく、振り返ればあのときヤれたかも。何かの鍵を握っているのが血のついた千円札だ。

「原因はお前だろ」

 くしゃりと袋が丸められて、無造作にゴミ箱へ捨てられた。

「確かにトリガーは俺だけど」

「俺はお前のせいでループに巻き込まれてんだぞ!」

 なのになんで。

 緊張感を持たれていないんだ。

「勝つまで続けるって決めたのはお前らだ」

 突き放すような言葉に、思わずのけぞって壁にぶつかった。

「俺は、俺の言葉がタイムスリップの引き金になったことは悪いと思ってる。けれど、未来を変えたのは俺じゃない」

「そんな言い訳ーー」

 坂本の顔を見た。

 演技がどうかは分からない。

 浮かんでいたのは、感情。

「…………言いたくても、言えないことがある」

「……なら、言えることは全部言ってくれよ」

「どんなことでもか」

 お前にその覚悟はあるのか。

 感情のこもらない声に、密度の濃い問いかけがあった。

「どんなことでもだ」

 坂本が携帯電話を折り畳み、ポケットに入れた。

「今だったら、30歳まで経験がなかったら魔法使いになれる、とかは浸透しているか?」

「ネタだけど、確かに」

「じゃあ、○○しないと出られない部屋っていうのは?」

「なに、それ」

「……この時代ではまだか。悪いな。2000年代にそれなりに流行ったキーワードでな。主に創作分野で、R18関連のお題をこなさないと脱出できる謎の空間に閉じ込められてからの流れを書くためのテーマだよ」

「……まさか」

「未来人は考えた。このネタ、ほんとなのかって」

 あり得ない。

 というか、信じたくない。

「そんなことを、研究テーマにでもしたっていうのか」

「大真面目にな。ランダムサンプリングで、被献体になったのが大宮と早瀬だ」

 知らない間に見られていて、観察対象になっていたかと思うと、さっき食べた夕食をもどしそうだ。

「研究は終了した。思った通りの結果は得られなかったらしい。ちなみに過去実在の人間を使っての研究はそれなりに厳格で、お前らの場合は無許可だった。

 この研究が終わって、影響を抜くための措置の途中で、俺のポカもあって、今この状況だ」

 わからない。思い出せない。

 そんなことも、そもそもの始まりも。

「俺が最初にタイムスリップしたと思っているのも」

「お前がリープしつづけて折れて、早瀬がそのあと一万回繰り返した地点」

「一番最初の記憶は」

「思い出せないだろうな。一度諦めて早瀬のターンになった時点で、それまで繰り返してきた記憶は消えてる」

「じゃあ、早瀬も」

「思い出せるレベルの記憶は消えてる。お前も、早瀬も、何度も繰り返してきたから本能レベルで気づくことはある。英単語の問題何が出るか、とかな」

「……相手が死んだら、リセットして、その繰り返しって……」

「なんで選んだのか知らねえよ。それでもお前は託された。本当は、もうとっくになかったことになってもおかしくないのにな」


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