20080424 17:30

「どうしてこうなった」

 靴箱でスニーカーに履き替えながら、西川は呻く。

 台風みたいな出来事が、平穏な科学部で起きたのだから、多少壊れても仕方がない。

「俺にもさっぱり」

「嘘つけ」

 学校指定のバッグをかけ直し、西川はばっさり切り捨てる。

 これ以上しらをきると、ますます妙なことになる。沈黙が吉と見た。

 きっと僕には、即興で演技をする才能はないんだろう。

 坂本は、一日早く藤原と早瀬に演劇部への参加を打診した。その足で僕たちのところへやってきた。無論、劇団ふりかもを結成させるために。

「善は急げっていうだろ?」

「いや、善なのか悪なのかわかんない」

 素で返答した友人は、最後まで冷静なんだと思う。


「……いいの?」

 事実、西川は坂本を無視して、僕に疑問をなげかけたのだ。

「何が?」

「……一人演劇部じゃなくなるの」

「あー…………」

 演劇部にみんなが集まらないと、未来は明後日の方向を向いてしまう。

「そういうのも、いいかなって」

「…………なんか、意外」

 西川はその言葉を最後に、抵抗をやめ、無事にふりかもは結成された。


「昼休み、坂本に洗脳でもされたんじゃないの」

「ないない!」

 なんてことを言い出すんだ。

 クールダウンを期待して校門までをゆっくり歩くと、早瀬と藤原がそれぞれ手を振っていた。

 お互いの帰り道は、反対方向なのだ。

「……あ」

 早瀬が僕たちに気がついて、帰りが途中まで一緒になった。

 僕たちはみんな、話すのが得意なほうじゃない。

「演劇部、入ってくれるの、意外だった 」

「誘ってくれたし、三郷ちゃんが、いたから」

 さすがにこれに、西川は無理強いされたのではと仮説をぶつけなかった。

「全然はじめての世界だから、不安なこともあるし、でも同じくらいどきどきする」

 正確には、この世界線がはじめてだとしても、一万回は越えている。

 この早瀬には、はじめてだとしても。

 水を差すのは憚られる。

 きっと、思いは本物だからだ。

「……僕もそうだし、西川もそうだと思う」

 元の流れとは、亜種といっていいほどの流れに舵をきろうとしている。

「またね」

 気づいたときには、もう分岐点だった。

 僕らは分かれ道で早瀬を見送った。

 刺されないように、轢かれないように。

 別れを惜しむかのように。

「……あのさ」

 早瀬が見えなくなってから西川は平静さを装っていう。

「演劇部、俺は友達として、大宮のサポートをしたいって気持ちがある。だから協力する」

「うん」

「あと、俺は早瀬が好きだから。チャンスは掴むよ」

「そっか…………んえ!?」

 爆弾発言は突然投げ込まれるから爆弾発言なのだ。

 今回はピンポイントでかなりの威力を誇る。

「だから協力してほしい」

 足が動かなかった。

 西川だけが動いた。

「……大宮?」

 応援する。それが、正しい選択なんだろう。

 でも。

「……ごめん、西川」

 僕は顔をあげる。

 せめてもの礼儀として。

「それはできない 」

 真っ向から視線をぶつけて、先にそらしたのは向こうだった。

「そっか」

 携帯がポケットで鳴っている。

「わかった」

 分かってないのに分かってるふりして。

 そんなのはもっと大人になってからでいい。それなのに。

 西川はもうなにも言わなかった。

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