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2018.8.14 17:00
衝突音とサイレンは、室内には聞こえなかったらしい。
同窓会、会費回収に向かって30分。連絡も寄越さず、戻りが遅いと感じた西川が、僕を探しに外へ出て、事故に気がついた。
真っ赤なパトライトがうるさいくらいに輝いて。
早瀬は即死。
僕は意識不明の状態でひっくり返っていたらしい。
外傷はないものの、昏睡状態が続いて、盆休み期間中は二人が入れ替わり立ち代わり見舞いにきてくれたらしい。
「…………早瀬は」
「骨になった」
「通夜とかは」
「終わった 」
端的なやりとりに、全てが終わってしまったのだと思い知る。
現実感はない。
「……悪い、スマホ、とって」
「ん」
2018年、8月14日17時。
面倒になって、僕はディスプレイを消した。
記憶がない。
医者にはそう告げている。
事実、タイムスリップも経験してまた返ってきたのだし、この世界のはっきりとした記憶はない。
空調だけが快適だ。
「悪い、俺があんなこと頼まなけりゃ」
「坂本のせいじゃねえよ」
空は青い。太陽はまぶしい。
身体は果てしなくだる重い。
「俺はともかく、多分早瀬は死んでたと思うから」
一言も発しなかった西川が、びくりと手を痙攣させる。
「おいおい、大宮、疲れてんだよ。西川、俺たちそろそろ出るか?」
「俺はほんとにそう思ってる」
身体を深く沈みこませる。
保健室の方が寝心地はよかった気がする。
「なんで西川は、早瀬と別れたの」
「おま……っ」
「…………」
僕も西川も、無表情を崩さなかった。
「……頼むから、答えて」
「まさか、ハルが、それを言うわけ」
役者の名前で呼び掛けられて、逆鱗に触れていることは理解していた。
西川は、いつも僕のことを昔ながらの名字呼びで呼んでくれた。
「……全ての物事には、終わりがあるだろ」
「……ごめん西川。どうしても、知らなくちゃいけない」
薬指には結婚指輪がはめられている。
微かに光を反射して、ため息。
「……別れようっていったのは、俺だった」
誰にも話したことはないんだろう。
塞いだ傷と、沈んだ言葉を探しているように思われた。
「卒業式で振られて、でも大学も一緒になって。ダメもとで告白してオッケーもらった。
けど、付き合ってるらしいこと、なにもなかった」
ふりかもメンバーは、高校卒業後もしばらくは会っていた。坂本が劇団を立ち上げたからだけど、ぽつぽつとフェードアウトしていった。
西川もその一人。
「あいつは、大宮を見てた。ずっと」
早瀬は脚本家としてふりかもに関わった。
彼女が演出した舞台はどれも成功した。
「……嘘だ」
「本当のことだ。見ようとしなかっただけ」
わけが、わからない。
早瀬とは、なにもなかった。
なにも起きなかった。
波風たてないようにしていたから。
西川とくっつけば、なにも心配はいらないような気がしていたから。
「……坂本、面会時間そろそろだよな、出ようか」
一人席をたつ西川と、ためらいながらも後を追う坂本。
あとには僕だけが残された。
早瀬の幸せは西川とともにいることだと思っていた。
それが違うなら。
どんな風に動けばよかった?
もつれる足を叱咤して、ベッドから抜け出し、感覚だけで廊下を歩く。
ちょうど止まったエレベーター。
一階まで降りて、動き回って、駐車場まで出た。
息が切れる。外は灼熱。
丸三日、寝込んでいたし、食事もとっていなかったろうから。身体がSOSを発していた。
「病人が外出たら入院長引くよ」
日陰になった自動販売機の前。待ち構えていたようにたたずんでいた西川。
浮かべていた表情に、怒りの色はなかった。
「お礼を言いたかった」
罵倒の間違いじゃないのか。
疑問は息継ぎに忙しくて、声にならない。
「早瀬とのこと、応援してくれてありがとう」
ああそうか。
僕は、後押しをしたのか。
少なくとも、西川の恋愛を成就させるっていう。
「ーーよく聞け。高校時代、未来からきたおまえは、血のついた千円が鍵だって言った。
それと、劇の練習中倒れて、病院に、運ばれた。
目が覚めてからのおまえは、記憶が混乱してて、未来のことはなにも言わなかった。
俺はやりたいようにやったよ。
だから、大宮も、やりたいように、やってくれ」
矢継ぎ早に情報を与えられ、千円札を握らされた。血のついた、2枚のぼろぼろのお札。
すでに代金が投入済のマシーンの、ボタンを西川は躊躇いためらいなく押した。
「振り返れば、あのとき、ヤれたかも」
がしゃんとペットボトルが落ちる。
僕の意識も、落ちていく。
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