2008/5/10 12:05

「はい、カットー!」

 カメラが止まると、早瀬と僕は、目に見えて力を抜いたらしい。

「お疲れ様~!アキ、良かったよ!」

「ほ、ほんとに……?」

 頬を真っ赤にした早瀬が、確かめるように藤原のほうへ足早に駆け寄る。

「めちゃめちゃよかった。……もちろん、大宮も」

「なんだよそのオマケみたいな言い方」

 茶化しながらも、僕は人の輪へと入った。


 早瀬が手をいれたかもめ、改め「青いかもめ」。

 大幅なセリフ変更、シーン追加は限られた人数では無理があった。

 それでもやってみよう。

 後押ししたのは西川で、回想シーンを別撮りし、上演中に再生すればいいんじゃないかというアイデアも出した。

 乗っかったのが坂本と藤原。

 多数決で、方向性は固まった。

「ねえ、せっかくだから再生してみようよ」

「そうだな、一回戻ろうぜ」

 教室でのシーンは、パート練習中の吹奏楽部が昼休憩中に撮った。

 そろそろ戻ってくるはずだ。

「忘れ物は、ないね、行こう」

 穏やかに先導する西川に、誰もが後をついていった。


 ごめんと、謝った。

 いいよと、許してくれた。

 1日だけ時間をくれといい、僕はOKを出した。

 今日は元々休日練習をしようと決めていた。

 来ないかもしれない。そう思ったけれど、早瀬は脚本を完璧に書き直し、一番に部室にいた。


「かもめは、過去を変えたいと思う?」

 さらさらとした早瀬の髪が、開けていた窓から入ってきた風に揺られる。

 澄んだ囁き声は、静かにその場に波紋を呼んだ。

「変えられるものなら、変えたいと思う」

 僕の本心が、真っ直ぐに早瀬が演じる青森へと届く。

 主人公の草津かもめが、タイムスリップ先でかつての同級生、青森しずくと相対する場面だ。

「……私は、どんなに辛くても、変えたくない。今ある思い出が消えてしまうなら、なかったことになるのなら、それは、悲しすぎるもの」

 顔を伏せた青森しずくは、それっきり黙りこくってしまう。

「しずくが消えてしまうとしても?」

 顔をあげ、目をぱちぱちとしばたかせ、やがては静かに微笑んだ。

「……いつかは、終わりがくるんだもの」

 ーー回想シーン、終了。


 ノートパソコンが再生終了を告げる。

 藤原はぽろりと卵を落とし、坂本は焼きそばパンを頬張るのをやめている。

 怖々と見ているのが早瀬で、紙パックの紅茶を持って見入っているのが西川。

「す……」

 ごくんと坂本は飲み込んだ。

「すっげーよ二人とも!マジで感動した!」

「アキ、すごい、鳥肌たったー」

「あ、それは、大宮くんの、演技指導が、上手かったからで……」

 早瀬の滑舌はいいほうではなく、声も小さかった。毎日の発声練習の成果は、頑張った当人にある。

「それは、早瀬さんが頑張ったからで、なにより、いい脚本を作ってくれたからだよ」

 早瀬はやっと、決まり悪そうな顔をするのをやめた。

「うん、二人ともすごい」

 いい話にまとめようとした西川は、そしてパンっと手を打った。

「進行が若干遅れてる。ご飯食べたらすぐに次のシーン撮り行きたいな。坂本と大宮のところ」

「っしゃー!燃えてきた~!」

「ほんと、めちゃくちゃ楽しい」

 盛り上がる面々の中でも、一人だけ静かなメンバーがいる。

「あ、私、ジュース買ってくるね」

「あ、じゃあ俺のもーー」

 返事も聞かずに部屋を出て、がははと坂本は笑った。

「俺もほしいから、坂本の分も買ってくるよ。二人は?」

「あたしはいらなーい」

「俺もいいかな」

「おっけー、すぐ戻るね」

 小銭入れだけを持って、ジャージの西川も足早に出ていった。

「……あいつ、まだ紅茶残ってんじゃん。気い使わなくてよかったのに」

 紙パックを持ち上げて、坂本はそう独り言をいう。

「あー、そういうことかー」

 にやにやしているのは紅一点。

「ん?」

「あれだろあれ、早瀬のことを追いかけたんだろ、西川は」

 すぐに考えたら分かることなのに。

 言葉にされるまで、実感が持てなかった。

 撮影で着ていた制服の、襟元が暑い。

「ってかなんでそんな顔してんの、役作りの一環?」

「え、もしかして大宮もアキのこと好きなの、えー!?」

「…………ちょっと着替えてくる」

 体操着入れを引っ付かんで、僕は廊下へと飛び出した。

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