2018/5/9 15:50

「申請通ったぜ、大宮」

 放課後になるやいなや、坂本が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「マジかー!」

 思わず僕も、自分の立ち位置と掃除用具のほうきを放り投げて、坂本とハイタッチをした。

 ろくに活動をしていなかった演劇部が、部員を抱え、文化祭で劇をしたいという。

 急転直下の申し出は、運営側に激震を走らせた。そりゃそうだ。僕が運営側なら、何いってんだこいつら、となる。

 一人演劇部は清く正しく活動していなかったツケもあって、生徒会と職員会議を突破するのに時間がかかった。

 弁が立つということで坂本を表に交渉したものの、それなりに困難だった。

 問題がないことを示す、オリジナル脚本の提出――事実上の検閲――、抜き打ちの練習風景視察。それらを乗り越えて、やっとスタートラインに立った。

「じゃあ、あとでな!」

 坂本は颯爽と教室を出ていった。

「ちょ、大宮!見送るなって、あいつ今日掃除当番!」

 坂本と同じ班の男子が突っ込むも、僕は生返事で返した。

 劇団結成。そして「かもめ」の成功がなければ、この先の僕らの未来はない。

 上演が許されるのは、スタートラインに立つようなものだ。

 放課後、掃除を終えて部室に行くと、坂本がどこからかクラッカーを用意して、藤原がジュースを買ってきていて、西川は穏やかに、そして早瀬ははにかみながら、少し泣きそうになりながら笑っていた。

 一回目のタイムスリップで第一関門突破のシーンを見て、再認識した。これから始まるんだという思い。

 心が浮足立ったのを覚えている。


「――書き直す?」

 坂本の眉間のしわは、能天気にドアをあけたばかりの僕からでもよく見えた。

 台本通りにしようとした僕は、目の前のことを観察するよりほかない。

「うん、大筋は変えないから、細かいところを、直したい」

「そんな……今でも十分面白いのに」

 仲がいい藤原の声にも、少し困ったように笑うだけで、翻意する予定はないようだった。

 立ち尽くしたままの僕に西川が目線でなげかけてくる。

 これも、既定路線なのか。

 聞いている本人も、違うことくらい、僕の様子で勘づいているはずだった。

「……なんでだよ」

 思わずボストンバッグを床に叩き落とした。

「なんでそうひっかきまわしたいんだよ」

 つかつかと四人のもとに近づいた。

 藤原はひっと後ずさり、坂本は僕の変わり方に驚きを隠せないでいる。

「別にこれでいいじゃん、時間も限られてる。おかしいところなんて一つもなかった!なのになんで。なんで変えたわけ!」

 積み上げられた机によりかかった早瀬は、長い前髪の間からまっすぐに見つめ返していた。

「大宮くんは、これでいいの?」

「……これでいいよ」

 早瀬を死なせたくない。未来を捻じ曲げたくない。

 だからお願いだから、元の時代に沿って物事が流れてほしい。

「時間があるなら、やり直せるなら、よりよくしたいじゃない。そりゃあ、みんなに相談なく、勝手に脚本変えたのは、私、先走ったかもしれない。でも」

「変えなくていい!」

 机に積み上げられたザラ紙の訂正脚本を、僕は思い切り払いのけた。

 ホチキス留めもクリップ留めもされていなかった。

 大部分は散らばって、何枚かは宙を漂って落ちていった。

 紙の音だけが余韻を残していた。

 静かに涙が流れていった。

 早瀬の瞳から、一筋。

 僕は一人、部屋を飛び出した。




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