Re:

2008.6.10 14:25

「ねえハル、英語の宿題見せて!」

つかの間の静寂、そしてざわつき。

 藤原三郷は、屈託なく要求してくる。男子からの視線が痛い。

そりゃあ、学年でも人気が高い女の子から、こんな地味目の人間が目をかけられているのだから、当たり前だろう。

しかも、下の名前をもじったあだ名呼び。僕のことを下の名前で呼ぶ人間はいない。いや、男子を下の名前で呼ぶなんてハードルが高くないか?

「……絶対、藤原さんのほうが成績いいと思う。あんまり役に立たないと思うけど」

「だってー、最近裁縫しかしてないから宿題白紙だし」

待って待って囲むのやめて。下の名前だけでなくって、放課後も一緒に部活で過ごしてるんですアピール、やめてやめて僕の学校生活が危機。

「おまえそれやばいやつ~」

「坂本はなんだかんだいってそのへんきっちりやるもんな!」

ムードメーカー坂本が周りを巻き込み、わいわいと盛り上げていく。

僕への視線がはずれていく。

話に割って入ってくれて正直助かった。

「……お疲れ」

「疲れた」

西川の席へと向かい、机へ突っ伏した。

話の中心は坂本と藤原になっている。

茶々を入れられながら、課題を進めていた。

新生演劇部となってから、僕たちの生活は変わった。

なにせ、メンバーに女子のカースト上位と男子のカースト上位者がいる。

6月の文化祭で劇をするために、急ピッチで練習して。

毎日毎日遅くなって。

必然的に接する時間も増えていった。

そして僕は、藤原三郷に猛アタックを受けている。

「なんか、好かれてるよね」

誰に、なんて聞かなくてもわかる。

なぜだ。

接点は、この演劇部時代だけだった。

そして、そのときだって、藤原三郷は早瀬アキとずっと一緒で、僕とはそこまで話していない。

そりゃあ、未来からきても過去のことを逐一覚えているわけじゃない。

大きな出来事だとか、主だったことしか引きだしに引っかかってないけれど、自分の学校生活のことくらいはそれなりに記憶にある。

だから今この状況、はっきりいって混乱している。

「うらやましいって言っていい?」

「むしろめんどいって言っちゃだめ?」

いやがらせ未満のあれこれは受けるし、体育の時はこれでもかと集中砲火をあびる。野球部がまさかのデッドボールぎりぎりの球を投げたときには、本気でヒュンっとなってしまった。

「贅沢すぎる悩みと思うけど、それが本心なら仕方ないんじゃない。あんまり言わないほうがいいとは思うけど」

西川はブックカバーをかけた脚本を読んでいる。

こいつ、他人事だと思ってか、まあまあドライだ。

「話変わるけどさ」

「ん?」

「それにしても、面白いよね、これ」

指さしたものに、自然と顔がほころんだ。

6月公演の初舞台。脚本は早瀬が書いた。

20代半ばの青年が、タイムスリップをして高校生活をする話。

読んでいて楽しくて、悲しくて、本当に、演じていても面白い。

「本当に」

「毎日書いているんだっけ」

「うん、らしいよ」

「休み時間基本本読んでるし」

「うん」

そこは記憶の中の早瀬と変わらない。

書いて書いて、書きまくっていたことは知らなかったけど。

もう一度早瀬と過ごせることが、僕は新しい発見と、こんなことがあったという再認識ができて楽しい。

「西川ってどうなの?」

「なにが?」

無言で藤原三郷のことを示す。

西川はここで聞き返すほど鈍くはない。

「いや、普通だよ」

「……早瀬は?」

「普通」

やっぱり、微妙にずれている。

後から考えると、この時期、西川は早瀬のことを気にしていたように思う。

それでもなんにも示さないから、ここでは西川は早瀬に恋をしないのだろうか。

それは僕にとっては幸運で、確定した未来は確実に変わってきている。

これがどう転ぶのか、僕にはわからない。

「あ、もうすぐ授業」

「やっべ」

慌てて席に着く。

身体は当時に戻っても、知識は戻らない。

記憶もそのまま持ち越しだ。

演劇もいいけれど、油断すると赤点必至な状態にまでなっている。

せめて授業中くらいはまじめにしていないと、やばいだろう。

たとえ夢でも、本当に過去に飛んでいても。

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