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鮮烈な赤黒さで目が覚めた。
脳裏に浮かぶ、早瀬の遺体。
日常生活ではまず目にしない損傷した肉体。
白っぽい天井、長い蛍光灯、仕切られたカーテンに、清潔なベッド。
跳ね起きたからか、カーテンが揺れていた。
悪夢のような夜は明けて、陽が高く上っているようだ。
「大宮くん、起きた?」
カーテンが開けられ、ひょこりと顔を出す。
どこかでみたことがあるような、ないような。
「まだぼーっとするかな?集会中、貧血で倒れたんだよ」
二回瞬きをして、目の前の人物が養護教諭であることを認識する。記憶のなかそのままだ。
しかも自分は制服姿ときている。
「…………どれくらいここに」
「寝てたのは一時間くらいかな。起きれそうなら教室に戻ろっか。ちょうど昼休み入ったくらいだし」
今は昼休み。
保健室からやんわり帰されて、廊下を歩きながら考える。
どうみても、ここは通っていた高校だ。気を失って担ぎこまれた病院でのリアリティーある夢と思いたい。
それでも春の陽気や、長袖のシャツの着心地は本物だ。
明晰夢?
なににしても、手がかりがなにかほしいところだった。
制服のポケットが、がさがさとする。
手を突っ込むと、携帯電話とハンカチと。
反対側には千円札。
「……嘘だろ、おい」
早瀬に渡された、血のついた千円札がきっかり三枚。
見なかったふりをして、くしゃりとお金を押し込めた。
懐かしい風景のなかを歩く。
誰もいない中庭の隅。
ぱかりと開いた携帯電話の表示では、2008年4月となった。
10年も前にタイムスリップ。
力が抜けてきた。
埃っぽいベンチに座る。
「大宮、もう大丈夫?」
「西川……」
クラスでも唯一と言っていいほどの友達だ。
中庭は校舎のあらゆる場所から見渡せる。
見つけてくれたのかもしれない。
「一応、ちょっと変な感じだけど。……俺、何年何組だっけ」
「2年5組、俺も一緒。……昼食べて、もうちょっと休んでもいいかもよ」
また寝たら、戻れるだろうか。
西川につれられて、足取り重く学食へ向かったときだった。
「やっぱ三郷ちゃんかーいいよね」
「ほんとそれな」
「それでさあ、俺思ったんだよね」
存在感のある声は、大人になると多少おとなしくなっている。
それでも声の主はあいつだと、確信があった。
「まーたああいうこと言ってる」
そう、坂本和真は違うグループ。僕たちとは対極にいた。18禁関係の話を、廊下で大声でしていて、確か注意を受けていた。
「振り返ればあの時ヤれたかもって」
ぞわりと背中の毛が逆立つ。
思わず胃液がせりあがる。
「おい、大宮?」
頭がぼおっとする。
冷たい廊下にへたりこむ。
振り返ればあの時ヤれたかも。
そんな言葉に振り返った僕は、振り返らなければ今では平穏だったかも、なんて願いを、どこかで持ってしまっていた。
振り返ればあの時ヤれたかも。略して「ふりかも」は、僕たちの劇団名だ。
通っていた空広高校では、全校生徒はどこかの部活動に所属しなければならないといきまりがあった。
運動ができない僕は、なんとなく演劇部に入り、その時は熱心な部員が多かった女子の先輩たちの補佐をしていた。
主に大道具関係で。体力仕事を率先して行っていたので、まあまあ可愛がられていた方だとは思う。
けれど先輩たちが引退してからは、あとには僕だけが残った。
他の同級生たちは、もっと他の、楽しい文化部に行ってしまって、僕は一人になった。
それでもよかった。
科学部の西川とも仲が良くて、放課後にたまにだべってはいたし、逆に活動しなくてもいい環境を手に入れて清々していた。
それが崩れたのは、「振り返ればあの時ヤれたかも」という言葉だった。
僕は振り返り、坂本と目があった。
そして質問攻めにあい、演劇部ということが分かると、劇団を作ろうと言い出した。
坂本と付き合えるかわからなかった僕は、西川に頼み込んで掛け持ちしてもらい、坂本は坂本で女子を二人連れてきた。
それが、劇団「振り返ればあの時ヤれたかも」。
僕の唯一の青春、人生一番のピーク。
甘くて苦くて痛くて、思い出補正の入った代物だった。
「大宮、大丈夫かー?」
目が覚める。
心のどこかで期待して。
「……大丈夫に、見えるか?」
「そんなに」
スチール製の薬棚。日差しの当たる1階。
風にたなびく淡いカーテン。空広高校保健室。
「…………今、何日?」
「4月24日。今は五時間目終わったあと」
西川は淀みなく答えを持ってきた。
「……放課後また来るよ。ノートは貸すから、心配しないで」
教室は3階だ。
急がないと間に合わない。
「それじゃあ」
がらがらと、引き戸があいて、また閉じた。
相変わらず、ポケットには携帯と、千円札が入っている。
戻れなかった。
恐らくは、キーワードである「振り返ればあの時ヤれたかも」というフレーズを耳にしても。
気絶してダメなら、どうすればいいのだろう。
本当にまた、生き直すのだろうか。
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