2018.8.11 21:23
「………」
「早瀬も、同窓会来てたの?」
「……そうだけど」
ブラックの缶コーヒーをぐびりと飲み、空き缶をゴミ箱にシュートする。
目にする動作すべてが投げやりで、退廃的で、刹那的だった。
「……飲む?」
言葉を失った僕へ問いかけたのだと理解するのに数秒を要する。
気づいた時には反射的に暖かいものをキャッチした。
答えを言う前に下から投げられたのは、微糖のコーヒーだった。
「……いただきます」
プルタブをあけて空気を逃がす。
かちりとした音と手応え。
砂糖入りの液体、苦味ありを流し込んだ。
薄いメイクだからか、顔のパーツはかつての面影を残していた。
黒っぽいユニセックスな服、真っ黒な髪、小振りのアクセサリー。
服の好みは変わったらしい。
「早瀬、コーヒー飲めるようになった?」
「そりゃあ、10年も経てば変わるでしょう」
コーヒー牛乳でさえ飲めなかったのに、2本目の無糖ブラックを口にする。
つっけんどんで、先ほどの暴力的な一面も見た。
歳月は人をこうも変えるのか。
「なにかあった?」
「ノーコメント」
とりつく島もない、といった表現がぴったりだった。
頑なになった理由がわからない。
「まあ僕も、なにかあったって聞かれたら、何を答えていいかわからないから当たり前か」
無言の圧力。
続きを話せということなのだろう。
「高校、大学、社会人。演劇続けて、就職のタイミング逃して、今では契約社員。スタンダードな27才とはちょっと違ったかもなって。西川や坂本は結婚して……」
自分のバカさ加減に腹がたつ。
結婚。なぜだか、早瀬はそうしなかった選択肢。
なんてこった。地雷原に躍り出てしまった。
出てしまった言葉は取り消せない。
こわごわと足元を見ても、まだ爆発の兆しは見せなかった。
「後悔してるの?」
予想に反し、導火線に火はつかなかったようだった。
夜に溶けて、彼女の表情はよく見えない。
抑揚のない問いかけに、本心がするりと音になる。
「してないっていったら嘘になる」
「そう」
やり直せたら、なんて。
そんな都合のいいことを夢見たこともあった。
全て自分で決めたことなのに。
自動販売機にもたれかかるのをやめ、早瀬は鞄から財布を取り出した。千円札を三枚だして、僕に握らせる。
「振り返ればあの時ヤれたかも」
瞬きしている間にこちらを振り返ることなく。
早瀬はすたすたと歩いていった。
千円札を渡していた早瀬の顔は、よく見れなかった。
それでも、とんでもなく疲れていることがわかった。
全ての力を振り絞ってつくったような笑みだとか、まとっていた空気だとか。
直感みたいな、不確かだものだった。
ふと目を落とした千円札には、赤黒いしみがついている。
「……血だ」
さあっと身体中の毛が逆立つ。
どうして同窓会にふらりとやってきた。
なぜ自販機を蹴っていた。
一体何に悩んでる。
「早瀬……!」
振り返ったときだった。
目の前で鈍い音がして、猛スピードの車が細いからだをはね飛ばしていた。
宙を待って、落ちて、液体やら何やらが跳ねた。
やわらかい黒っぽいかたまり。
早瀬だったものの下に広がる血だまり。
スローモーション、無音、そのあとの耳鳴り。
冷えていくからだ。
脳裏に焼きついた残骸、早瀬が精いっぱい主張する生きていたのだという血の匂い。
喉をせりあがっていく胃液、滑り落ちる缶。
「振り返ればヤれたかも」
どこかで聞いたことがある。
耳に残り思わず振り返りそうになる言葉。
初めて聞いたのは、10年前のことだった。
高校生。
多分まだ、可能性が秘められていた頃。
コーヒー缶が跳ねた。
一回、二回。
抗えなくなり、倒れこんだ。
サイレン。
ざわめき。
後悔しているのか。
それはまあ、それなりに。
では早瀬は後悔していたのだろうか。
そんなままで、終わってしまったなんて、言うのだろうか。
こんな終わりは、どうやったら避けられたのだろう。
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