第7話 帰りの寄り道で簡単に伝説を打ち立ててみた
名も知らない地下遺跡から出て、しばらくの間それぞれウインドブーツと翼で移動していたローランとアイリス。拠点であるトリグラフに戻る途中、服などを買うためにトゥリスという街の近くまで高速移動し、途中から徒歩で街の中に入った彼らは、いの一番に質屋へ向かった。
これからしばらくの間の活動資金として、箱庭の中にある宝石類を売ることは元々決定していたのだ。リュックサックの中にしまっていたダイヤモンドやルビーといった品々を幾つか売り、大きな布袋一杯の金貨にご満悦のローラン。
「ふへへへへへ……こんな一杯の金貨初めて見た……!」
「……ローラン、ちょっと顔がキモい」
金の魔力にとり憑かれた彼を見て、アイリスは若干引いた。実際、周囲に行き交う人々がこぞってローランを避けて通っている事実が、彼女の言葉に絶大な説得力を与えていた。
「だってお前、金貨二百枚だぞ!? こんなの手にしたら、思わずニヤニヤしちゃうだろうが!!」
「言いたいことは分かるけど、ちょっと声を控えた方が良い。ガラの悪いのに目を付けられるから」
「……え? マジ?」
慌てて周囲を見渡す。幸いにもそれらしい者はいないようだが、冷静さを取り戻したローランは布袋の口に通っている紐を肩にかけた。
「ま、まぁとりあえずだ。軍資金は手に入ったし、服買いに行こう」
「ん。ありがと」
流石に何時までもボロボロの服を着せておくわけにはいかない。質屋からそう遠くない服飾店の前まで辿り着いたローランは、アイリスに金貨を三十枚ほど渡してから店の中に押し込んだ。
「とりあえず、一旦別行動を取ろう。俺も買いたい物はいくつかあるし、アイリスもゆっくり選びたいだろ」
「らじゃ。危なくなったら大声を上げて。駆け付けるから」
「ははは。幾らなんでもそんなデカい声は出せねぇよ」
実際、女の服選びに付き合うのは辟易とするものがあると、ローランは体験談から悟っていた。職人としてのローランの欠点として、装飾のセンスが無いというものがある。作る物がどうしてもシンプルなデザインになってしまうのだ。
そんな彼からすれば、女の服など意見を求められても自分好みなシンプルな服や組み合わせばかりを選んでしまうため、それでよく呆れられた。……一体誰に、とは思い出したくないのだが。
「さて……まずは契約書類の羊皮紙だな」
決まれば即行動と、ローランは雑貨屋や道具屋を巡り、アイリスがシャルバーツ道具店に勤務するために必要な書類の材料を購入すると、残して置いたダイヤモンドを街の人気のない場所で取り出し、硬い砂土の地面に魔法陣を描く。
魔道具作成に用いる儀式魔法陣だ。この魔法陣の上に必要な材料を置き、魔法陣によって発動される付加魔術を
今回作り出すのは
「さて、やるかね」
防護のロザリオを外し、指先を切ってから滲んだ血をダイヤモンドに付着させる。雇用主の血液と
それと一緒に羊皮紙を魔法陣の上に置き、魔術を発動させると、血の付いたダイヤモンドは宙に浮き、液状化して羊皮紙に文字を綴る。これで
「内容は、制作に関する情報を一切他言しないこと。工房となるトリグラフ死火山に関係者以外を立ち入れさせない事……とりあえず、守秘義務を守るためにはこのくらいでいいか」
完成した羊皮紙型の魔道具を丸めて、ローランは次の用事を済ませるべくその場を後にした。女の服選びならまだ少し時間が掛かるだろう……大金にあかせて必要な物を好きなだけ購入する。ローランのちっぽけな夢が一つ叶った日であった。
アイリスと別行動をとってから三時間後。ローランは一度、服飾店まで様子を見に行くこととした。この時間ならさして待つこともないだろうし、もしかしたらすでに終わって待ち惚けになっているかもしれないと考えてのことだった。
(ちょっと急いだ方が良いか……?)
やや早足気味に服飾店まで辿り着き、扉を開ける。銀髪が目立つアイリスはすぐに見つけることが出来た。
「……こっちのモフいのは外見だけで繊維が太い……十二点。こっちはそこそこ良い羊毛使ってるのかな……六十八点」
「……何やってんの?」
「あ、ローラン」
この服飾店は完成品ではなく、客が自作するための不織布が置いてある。その中でもモフモフとした毛皮布なんてものを置いてあるのだが、なぜかアイリスは自分が着る服そっちのけで、毛皮を存分に抱きしめては点数を付けていた。
「何だ、自作でもするのか? これから暑くなる時期なのにこんな毛皮の服なんて着てられんだろ」
「それなら抜かりはない。もう服はある程度買い揃えてある」
アイリスはボロボロのドレスから着替えた服を見せびらかすようにその場でクルリと一回転する。
白のブラウスに黒のミニスカートという巷の女らしい涼やかな服に、しなやかな足を彩るのは皮のブーツ。夏仕様の半袖ジャケットが回転によって腰を超える長い銀髪と共に舞い上がり、ローランは思わず口笛を一つ吹いた。
「メッチャ似合うじゃん」
「ん……ありがと」
華美でこそないが、決して地味ではない服装を纏う彼女に対して無意識に。そして何一つ偽りのない賛辞に、アイリスは照れたように頬を染め、少し俯きながらジャケットの襟で口元を隠す。
反則だ。ローランはそう思わざるを得ない。表情の変化が乏しいアイリスがそうやって照れたような仕草を見せると、男としてはどうしても胸の内が熱くなってしまうではないか。
「んんっ! ……そ、それはともかく、今の時期に毛皮なんて見てどうするんだ?」
「
「夏になると、死にたくなりそうな部屋だな」
キリッと無駄に引き締まった表情で宣言するアイリス。夏に熱を吸いやすい毛玉地獄など、人形生物には耐えられないだろうが、そんなことはお構いなしに見える。もしかしたら寒い地域出身で、その発想に思い至ってないのかもしれない。
「でも残念。この店には、八十点以上のモフが無かった。……元々今は買う気なかったけどね。服のお釣りは返さなきゃだし」
「意外に厳しい基準があんのな」
「それにしても……ちょっと弟の事を思い出した」
「弟? アイリスって弟居るのか?」
「ん。子供の時からわたしの後ろを「姉さま姉さま」って付いてくる可愛い弟で、大きくなってからは少し捻くれちゃったけど、変わらず慕ってくれてたな」
良い弟だと、ローランは素直にそう思う。親の死に目にもパレードなどとほざいて帰ってこない愚妹と交換したいくらいだ。
「わたしの腕にすっぽり収まる手ごろな大きさで、百点満点のモフみで、抱き心地と温度も良好で、一緒に寝る時には欠かせない抱き枕みたいな感じで」
「お前の弟は毛玉か何かなの?」
魔族の生態が本気で気になった。一体どういう両親の組み合わせで生まれた姉弟なのか。
(にしても、見た目に惑わされそうだけど、人並みに可愛いもの好きで、人並みに弟思いな、中身は結構普通の女って感じなんだよな。頭蓋くらいなら楽々粉砕できそうな、見た目に反した怪力ゴリラガールのくせに)
「…………今、何か失礼なことを考えなかった?」
「…………気のせいです」
「……はぁ。ローランって嘘下手だよね。凄く目が泳いでたし」
「嘘っ!?」
思わず自分の目元に触れる。その仕草が、アイリスの言葉が事実だと如実に語っていた。
「そんなので商売とか出来るの?」
「うぐぐ……営業担当を雇うべきか……? 俺は魔道具作成に力を入れるって感じで」
物言わぬ材料や道具を手に入れるのとはわけが違う、アイリスの時のような棚ぼたも期待できない従業員の確保に頭を悩ませていると、それに連動してふと思い出した用事がある。
「そうだ。帰る前に魔物の素材も手に入れないと」
「魔物の?」
「商品搬送用にな。タンクリザードみたいな生体魔道具を生み出そうと思ってよ。保存状態の良いのが好ましい」
星龍の鍋に生産過程を書き込み、
狙うは大型の荷車を引くにも重用される大型のトカゲ型の魔物、タンクリザードだ。一度の食事に牛一頭とかなり大食いだが、食事頻度は月に一度だけで、水分さえ与えていれば問題なく活動する、大人しさにも定評のある種類である。
「……
「ん? なんか言ったか?」
「……別に何も。それより、搬送用の人工魔物だったら、良い素材に心当たりがある」
ドラゴン。それは全種族の王と謳われる、最強生物たちの総称。遥か古からドラゴンスレイヤーという英雄が歴史に名を刻んだことから、その強さが窺い知れるというものだろう。
そう、彼らはただ一頭倒すだけでもとんでもない栄誉なのだ。人の枠組みを超えた巨体と、あらゆる種族を圧倒する
どんなドラゴンたちは時に人里を襲うが、基本的に人の領域から離れた僻地に住むという。……そう、例えば現在進行形でローランたちが立っている人里離れた岩山とかに。
「あのさ、聞いてもいい?」
「何?」
「俺さ、あくまでタンクリザードみたいな魔物の素材が欲しいって言ったじゃん? ぶっちゃけ、探せば町でも買えそうなのばっかりなんだよね。なのにさ」
ローランは頭上から見下ろす視線を見上げ、隣に立つアイリスの頭をスパーンッと叩く。
「なんでわざわざドラゴンの前まで連れてきやがったこの野郎!?」
「ローラン、痛い」
「黙らっしゃい!」
あの後、荷物ごとアイリスにぶら下げられる形で上空を飛行し、ドラゴンの前まで連れてこられたローラン。そんな自分の縄張りへと侵入した小さな生物を許す気は毛頭無いのか、ドラゴンは明らかに怒りと敵対心を露にした目を向けている。
「やばいやばいやばいやばい! 今すぐ逃げるぞ!!」
ローランは慌ててアイリスの手を引いて逃げようとするが、それよりも早くドラゴンが大顎を開いて、彼らを地面ごと食らおうとする。最悪荷物を置いてでもウインドブーツでその場から離れようとするが、それよりもドラゴンの牙が到達する方が早い。
圧倒的捕食者の前に、弱肉は無力。連綿と受け継がれてきた大自然の理がローランたちに襲い掛かろうとした。その瞬間。アイリスは回避行動もとらず、自分の手のひらを下から上へ、ドラゴンに向かって掬い上げるように振り上げた。
「《氷陣》」
同時に一言呟かれる。その瞬間、アイリスの手を起点として絶大な冷気が発生し、地面を舐めるように小山ほどありそうな巨体のドラゴンの全身を呑む込んだ。
見た目こそ爬虫類のようだが、ドラゴンは暑さにも寒さにも強い。そんな強力な種族が、夏前の気温をたちまち氷点下へ、更にはあらゆる水分を凝固させる凍結地獄へと変貌させた魔術にもがき苦しんでいる。
「……ガ……ァ……ァ……ッ」
なんとかその場から脱しようとするが、それも銀髪の魔族が許さない。まるでアイリスの意思によって自在に形を変えるかのように、前方にのみ吹き荒れる氷雪の旋風は、瞬時にドラゴンの体を芯まで凍りつかせた。
何も見えないほど超局地的猛吹雪の中で咆哮も上げられず、やがて魔術の効果時間が終わって吹雪が晴れると、そこには巨大な氷山の中に閉じ込められるドラゴンの姿があった。
「ん。ドラゴンの全身素材、冷凍保存できた。……それで、どの部位が欲しいの?」
ドラゴンを一撃で屠るという大魔術を行使しても、疲労の一つ見せないアイリス。それを見たローランは、心強い味方を手に入れたと思うのと同時に、この女だけは何が何でも怒らせまいと、再び心に決めるのであった。
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