第8話 準備期間は時間の流れが速く感じる


「綺麗な箱庭……ここがローランの拠点?」


 トリグラフ死火山に戻った後。麓で契約書類ギアスロールにサインを書かせた後、ローランに案内されたアイリスは、まず勇者と聖女の装備を身につけたゴーレム百体に驚き、次に搬送搬入用のトンネルに置いてあった削岩魔道具に驚き、最後に雄大かつ美しい箱庭に瞠目した。


「…………以上が、俺が魔道具作る製造過程になるんだけど……」

「…………何その反則級のアーティファクト」


 アーティファクトというのは、現在の魔道具製造技術では再現できない能力を持つ古代の遺産の事である。外付け道具は比較的簡単に作り出せるが、肝心の魔核コアが解析不能であり、同じ能力を持たせることも現在成功例が一切ないという。

 更に星龍の鍋に創星樹について、削岩魔道具やゴーレムを例に挙げながら説明すると、流石のアイリスも想像を絶する魔道具の存在に頭が痛くなったのか、ローランにも疲れもあるので二人とも今日は休むことにした。


「あー……でも部屋が無いんだよな。しばらくは完全に一人暮らしになると思ってたから、風呂はドラムだし」


 しかしここで問題が発生した。もし一人目の従業員が男だったら特に問題ではないのだろうが、アイリスは女だ。ローランとしては風呂を覗く事も同室で寝ている少女に手を出すつもりも(多分)無いのだが、流石にアイリスは嫌がるだろうと思っていると、当の本人は気にする様子もない。


「わたしの実家は職業柄かなりの男所帯だったし、そこまで気にしない。……でも、お風呂覗いたら氷漬けにする」

「イ、イエスマム!!」


 巨大なドラゴンすら一瞬で氷漬けにした魔術を思い出し、ローランの背筋が凍る。ちょっと恥ずかしそうに俯きながら、左手には青白く輝く冷気を纏っているあたり、ギャップを感じればいいのか、素直に怯えればいいのか悩むところだ。


「でも、住む場所はちゃんと整えないとだね。今はこの工房(仮)で寝起きするとしても、何時までも埃っぽい場所で過ごすのは良くないし」

「だな。変な病気に罹ったら洒落になら――――」

「このモフいパジャマに砂埃が付いちゃう」

「心配するところそっちかよ」


 買い物袋から取り出した、ウサミミフード付きのモコモコした毛皮の着ぐるみパジャマを見て、ローランは思わず半目になる。尤も、アイリスは小柄で華奢な見た目と反して頑丈な体の魔族なので、病気とは無縁かもしれないが。


「ていうか、あの店にお眼鏡に適った毛皮は無かったんじゃないのか?」

「これは妥協に妥協を重ねただけ。わたし、三日以上モフに触れないと手足が痙攣するから」

「酒切らしたおっさんみたいな奴だな」


 世ではそれを中毒という。ローランとアイリスは、そんなくだらないやり取りを楽しみながら、壁に開いた穴から見える星空を天蓋にして眠りについた。

 



「アピールする時期を待つ」


 アイリスがトリグラフに着いた翌日。経済特区ノルドでローランが魔道具を売り出す時期を初夏と決め、それまでの間は搬送用の魔物の育成や、拠点であるトリグラフの設備を整えることなった。

 まず最初に取り掛かったのは、人工魔物の誕生だ。星龍の鍋はローランの目論見通り、冷凍保存されたドラゴンの心臓とアメシストの魔核コア、その他アイリスが調達してきた数種の魔物の情報を融合させ、本位なら長期間必要な誕生過程を十秒に省略し、尻を象る部分から卵を出した。


「…………下ネタ?」


 ちなみに、その様子を見たアイリスの言葉がこれである。何一つ反論できなかったのが非常に悔しい。

 しかし、そういう仕様なのだからと目を瞑ってもらい、ローランは次なる作業であるゴーレムのプログラムに取り掛かった。素材は鋼のボディに、ダイヤモンドの魔核コア。トリグラフに来てから大量に作り出した従来のゴーレムと同じ材料だが、魔核コアに付加された魔術は全く別物。

 今までは決められた動きしかできなかったゴーレムとは違い、ローランが持つ四角いミスリル製の板……ゴーレムの視界と共有する映像が映し出される魔道具によって、箱庭のどこからでも百体規模のゴーレムを遠隔操作できるようにしたのだ。


「ふふふ……これでトリグラフ死火山を俺好みに改良してやるぜ」


 緻密な動きをするゴーレムを遠隔で操作できるようになって以降、作業効率は飛躍的に上昇した。削岩魔道具やゴーレムたちの腕に取り付けられた螺旋槍ドリル、崩落予防の結界発生魔道具によって、トリグラフの外側となっている山の内部全体は、まるでアリの巣のような広々とした通路と空間が広がっている。

 そこに風化しない工房の煉瓦を創星樹で増やし、灯りを点す魔道具と共に頑丈な煉瓦を大量に作成。それらをゴーレムの人海戦術によってトンネルに敷き詰め、、きちんと整備された通路を僅か二週間で建設し、更に侵入者撃退用のトラップだらけの通路をもう二週間で作り出した。

 その上、ローランが使用する鉱石分離魔術も使用できるようにし、星龍の鍋の元に材料を運ばせるにも重宝される。作業効率の爆発的な上昇は当然と言えるだろう。


「でもなんかこう、良いな。勇者の鎧を着せたゴーレムを馬車馬のように働かせると、少し胸がすく思いだ」


 ちなみに、聖鎧でゴーレムのスペックを強化させた事で、勇者を奴隷のようにしているという妄想で悦に浸ったのはトンネル掘り開始の初日の事だ。客観的に見れば実に小さい男である。


「んー、人間の百倍以上のパワーを出すゴーレムを休みなしで動かしたら、こんなに早く出来上がるのか」

「ん。一流大工も真っ青の速さ。…………ところで、何であんな螺旋状の槍で穴を開けるの? 魔術で熱線とか発射した方が早いと思うけど」

「それが出来るという前提があるのが驚きだけど……はぁ~~~。こいつはロマンの何たるかを何もわかってないな」

「???」


 肩をすくめながら諸手を顎の位置まで上げ、やれやれと言わんばかりの哀れみの微笑みを浮かべるローラン。とりあえず釈然としない苛立ちを感じたのは完全な余談である。

 しかも侵入者撃退用通路とは別の、ローランたちが通る通常通路を切り替える大掛かりな仕掛けを設置。それと並行してアイリスが卵から孵った人工魔物を鍛えながら、創星樹に未登録の素材や、創造出来ない素材を調達。

 箱庭内に創造される素材もどんどん増えていき、開発できる魔道具の量もそれに比例して増えていった。


「あ~……! ノルド行きもいよいよ明日だなぁ」

「ん。あっという間の一月だった」


 もはや危険指定ダンジョンと言えるレベルまでトリグラフを魔改造していくローランたち。そうこうしている内にノルドへの出発を翌日に控えた前夜、簡易的に立てた二階建ての小屋の中で、アイリスはベッドの代用品でもある簡易ソファの上で体育座りをし、木の実のジュースで満たされたカップを両手で持ちながら、少し離れた場所で背筋を伸ばすローランに語り掛ける。


「今更だけど、わざわざ契約書類ギアスロールまで持ち出した訳が分かった。これは確かに、鍋や樹の存在が周囲にバレたら、奪い取ろうとするのが爆発的に増えると思う。そして何より……」


 ジッと、アイスブルーの瞳でローランの顔を見上げ、注意するかのような口調でアイリスは告げた。


「ローランも奪い合いが始まる。星龍の鍋と創星樹と同様に、ローランの身柄を確保しようとする奴が必ず現れる」

「そりゃあ、あの二つの魔道具は俺じゃないと動かせないからな。現にゴーレムやアイリスに代わりに使わせようとしても、うんともすんとも言わなかったし」

「そういう事じゃない」


 何もわかっていないとばかりに小さく嘆息し、アイリスは白魚のような指をローランの鼻に突き付ける。


「近年の魔道具技術の勉強して気付いたけど、ローランの魔核コアに対する付加魔術は普通じゃない。わたしは魔族だから、神器を装備した勇者や聖女と何度も戦って来たけど、天界でも失われた儀式魔法陣で作られた魔核コアを再現できる時点で色々おかしいし、綺麗な穴を開ける削岩魔道具に、こんな精密な動きをするゴーレムを百体近く遠隔操作できるようにするなんて、今の魔核コア製造技術じゃありえない。それこそ、アーティファクトって言われても納得できるレベルだし」


 勇者や聖女の神器も、そんなアーティファクトの一種であり、装備者の身体能力や魔力を百倍にするのに対し、現在広まっている身体強化系の魔道具は、精々装備者の元の身体能力を五パーセント上げる程度。

 一般的なゴーレムは、ゴーレムか、ゴーレムを操作している者が認識できる空間にあるものを殴るか持って歩くかをする程度だが、ローランが作り出したゴーレムは纏めて遠隔操作が可能であり、指先作業や魔術の行使も可能なレベルだ。

 魔道具の性能は魔核コアに付加された魔術で決まる。それだけ聞けば、いかにローランが常識外れの魔核コアを作り出しているのかが理解できるだろうが、当の本人はいまいちピンと来ていない様子。


「いや……親父に教えられた付加魔術なら出来たってだけだし。燃えた実家の店じゃガラス製や水晶製の魔核コアばっかり使ってたから大層なのは売らなかったけど、今俺は上等な素材がメッチャあるからどんな付加もやりたい放題って感じで、そう言われてもいまいちピンとこねぇんだけど」

「幾ら高品質の素材使ってるからって、これはおかしいと思う。前に素材採取からの帰り道、高級な魔道具屋を覗いてみたけど、同じダイヤモンドの魔核コアを使っているゴーレムが、ローランのゴーレムと比べたら玩具みたいな性能だったし」


 実はローランはこれまで他店の魔道具をじっくり見たことが殆どない。勇者と旅をしている時はそんな時間が取れないほど忙しかったし、地元やその周辺の町には魔道具を扱っている店は無かったし、今は今でかなり忙しいしで、敵情視察する暇が無かったのだ。


「そんな訳で、誰が作っているのかは信頼できる人以外には黙ってた方が良いと思う。……これはわたしの体験談だけど、敵側に有能な人材がいたら、洗脳して操るか暗殺するかがセオリーだし」

「お前サラッと怖いこと言うなよ!?」

「大丈夫。六対四くらいで暗殺の方が確立低いから。しかも結構死ぬことの方が少ない」

「それ全く安心できる要素が無いんだが!?」

  

 しかも悲しい事にあながち冗談ともいえないのが、命の価値が道徳で説かれるよりも軽い今の世の中である。


「そういえば……どうやって勇者たちの神器を再現したの? もしかして伝聞だけでここまで再現度の高い魔核コアを……?」

「あぁ、いや。実はな、初めて会った時に魔族と戦ってたって言ったことあると思うんだけど……」


 ローランは幼馴染であり恋人であったアリーシャや義妹のファナが聖女の加護を得た事を機に、旅に慣れていない勇者パーティーのサポートとして付いて行って、その時に神器をじっくりと見る機会があったことを告げる。


「ふぅん……あれ? それなら、今はもうサポートしなくなったの? 恋人や妹の事を放り出して?」

「うぅっ」


 嫌な事を思い出させてくれると、ローランは眉根を顰めた。しかし、魔族と戦っているであろう恋人や義妹を放置して、一人金稼ぎに精を出していると誤解されるのは嫌なので、ローランは正直に、ポツリポツリとこれまでの事を語りだす。

 勇者に恋人を寝取られたこと。義妹が勇者に夢中になって、家族に見向きもしなくなったこと。勇者がハーレムパーティーにしたいからという理由で、ローランを悪評付きで追い出したこと。茫然自失になって故郷に戻ってみれば、実家が両親ごと燃えていたこと。親の葬式にも帰ってこないどころか、王都で楽しく婚約パレードなど開いてほとほと愛想が尽き、その悔しさを発条にして、見返すくらい成り上がってやると誓ったこと。


「てわけで、俺はあいつらが俺が作った魔道具欲しさに土下座するような道具屋を建ててやろうと思ってよ」

「…………」


 どこか気軽な口調で経緯と野望を話し終えたローランを、アイリスは相変わらず考えが読みにくい表情でジッと見上げる。すると何を思ったのか、アイリスはちょいちょいとローランを手招きしながら自分の隣をポンポンと叩く。


「ローラン、こっち来て」

「え? 何?」

「いいから」


 首を傾げながらもアイリスの隣に座る。すると彼女は、ローランの頭を抱えてギュッと自身の胸元へと抱き寄せた。

 

「ふぁっ!? ちょっ!? おまっ!?」


 この一ヶ月近く、男女の甘い展開など無かったのにも関わらず発生したまさかの展開にローランは目を白黒させながら、顔全体に広がる豊満で極上の感触を混乱しながら心の片隅で喜ぶ。

 しかし突然どうしたというのか。それを問うよりも先に、アイリスはポツリとローランに告げた。


「ん……。別にさっきの話聞いて同情してるわけじゃないけど……気付いてる? ローラン、今結構泣きそうな顔してた」


 言葉が詰まる。あの時、勇者に色んなものを奪われ、幼少の頃から培ってきた絆が無に帰した時の屈辱を発条にしてきたが、悲しみまで自分の中で処理していないということは、なんとなく分かっていたのだ。

 初めて他人にあの一件に対する愚痴を聞いてもらったことで、それが表に出たのだろうか。思わず何も言えなくなり、ただアイリスの為すがままに胸の中に抱きしめられる。


「わたしはこれでもローランよりお姉さんだから……こういう時くらいは胸を貸してあげる」


 背中を軽く叩くリズムが、頭を優しく撫でる感触が、ローランの全身から力を奪っていく。一見年下に見える幼い容姿からは考えられないほどの母性が、この一年以上もの間、成り上がるために必死に走り続け、張り詰めた精神がじんわりと弛緩していくのを心臓に感じられた。


「……こういう時、ちょっと優しい言葉かければすぐに落ちるらしいぞ?」

「言ったはず。同情なんてしないって。ローランの苦しみはローランだけのもの……その場に居合わせもしなかったわたしが何言っても空っぽの言葉しか出ないと思うし。……でも、今の私はローランの店の従業員仲間だから。軽い場で愚痴の百や二百くらい受け止めてあげるし、泣きそうならこうしてあげられる」


 だから言えることがあるとすれば一つだけ。そう前置きして、アイリスは胸の中にあるローランの頭に優しく語りかけた。


「これからはわたしがいる。個人的に勇者とか聖女には良い印象が無いし、一緒に目にもの見せよう」


 彼女は本当に安易な慰めの言葉も、下手な同情の言葉も発しなかった。自身の我欲とエゴの為に共にいることを告げて、ただ行動だけで神経を刺激することなくローランのささくれた魂を癒し、証明する。

 ローランは嗚咽も漏らさず、涙を流すこともしなかった。ただアイリスの細腕を軽く掴み、しばしの間楽園と錯覚する温もりの中で、二年前から続く悲しみを無言で整理する。それでも平静でいられたのは、アイリスが何も言わずに狭く穏やかな空間を作ってくれたからに他ならない。

 他の誰も居ない美しい箱庭の中。簡素な小屋の中に広がる静かな空間が、何よりも掛け替えのないものに感じられた。


(…………ん? そういえば、アイリスって勇者や聖女と戦ったことあるのか? 俺は会った覚えはないし、女好きなアレンなら何が何でも口説こうとしそうなものなのに……。前の勇者は三十年前に戦死したって聞いたけど……こいつって今何歳なんだ? もしやこれがロリババアという奴で、この包容力も圧倒的年上がなせる――――)

「……ローラン、デリカシーって言葉、知ってる?」


 そんな居心地のいい空間に居れば、ついつい余計なことを考えてしまう訳で。

 背中を撫でていた腕が首筋に移動し、頭を撫でていた手から冷気を感じ取る。顔全体に感じる大きくて幸せな感触とは正反対の、背筋も凍る空気は弛緩した頭を冷やさせるのは十分すぎた。

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