偽りの抱擁

桜牙

第1話

 今日は久々のデート。朝から待ち合わせをして、こうして水族館に来ている。


 彼女とこうしてデートをするのは何ヶ月ぶりだろう、すごく久々な気がする。

 

 水族館に来てよかった。彼女のいろいろな表情を見ることが出来た。


 映画のキャラクターになって有名になったカクレクマノミを見てすごく嬉しそうな表情。


 周り一面を囲む水槽にいるサメを見たときの驚いて少し怯えてる表情。


 ペンギンがいるスペースでは、可愛いと連呼しながらペンギンの歩き方の真似をしておどけてる姿。


 そして、水族館の最大の見せ場といっても過言ではないイルカショー。

 イルカがジャンプをするたびにきゃーきゃーとすごく喜んでたね。


 ああ、もうすぐ出口についてしまう。そう思うと悲しくなって来た。


 僕たちは水族館を後にして最寄りの駅まで、他愛もない会話をしながら歩いて行った。


 駅に着いてしまった。

 別れを惜しむようにゆっくりと改札へと続く階段を登って行く。それでも時を止めるわけにもいかず、僕たちは改札の前へと歩を進めて行った。


 改札の前別れの時。

 僕はそっと彼女の手を握り締めた。

 驚いたようにこちらに振り返る彼女。

 今日は楽しかった。その思いを体全体に刻むようにゆっくりと抱きしめた。


「今日はありがとう。とても楽しかったよ」抱擁をしながら呟いた。余韻に浸たっていると別れを告げる音がする。


「本日はご利用ありがとうございました。」彼女の言葉に現実に引き戻される。

「ご利用料金は2万円になります。あ、後、私に抱きついたのでオプション料として5千円の追加になります」


 財布から1万円を2枚と5千円を取り出し彼女に手渡す。

「確かにいただきました。こちら領収書になります」

 領収書を受け取り改札を通過して行く。

「今日はありがとう。私も楽しかったよ。またデートしようね」

 後ろの方から彼女の声が聞こえてくる。


 振り向くと自分の手をメガホンのように扱いこちらに声を届けていた。

 振り向いた僕に気がつくとメガホンをやめ大きく手を振っていた。


 それに応えるように僕も大げさに手を振った。「またね」と呟くと振り返りホームへ向かって歩いて行った。

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偽りの抱擁 桜牙 @red_baster

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