体温

youとユートピア

第1話

「申し訳ございませんでした」

父のいない時に、弟の小学校から電話が入った。その内容は、クラスメイトと喧嘩になって、相手側に怪我をさせたというものだった。僕が父にそのことで電話したのだが、彼は電話には出なかった。

「自分の息子が問題を起こしたというのに、学校にも来ないなんて、呑気なもんですね」

相手側の母親から、身に刺さる嫌味をいわれた。さっき目があったとき、その人は警戒の色むき出しで、僕を睨んだ。

僕は、そんな眼をなるべく見ないために、頭を下げたまま謝罪の言葉を繰り返す。

「二度と、こんなことがないようにしてください」

怒気のこもった声が聞こえた後、ヒールの音が聞こえる。やがて、その音が小さくなると、僕は顔を上げた。やった。嵐は過ぎ去ったのだ。僕は、一つため息をついて、弟のもとへ向かった。


夕日が二人の影をうつす。その影の一つは子供、もう一つは大人に見えた。自分はもうほぼ大人に近いのだ。影はそう僕に伝えているように見えた。

小学校から家まで、弟と二人で手を繋いで歩いた。最近はめっきり兄弟で手を繋ぐことがなくなった。来年、弟が三年生に進級する頃には、二人手を繋がずに歩くのだろうか。

「あいつ、勝手にこけて怪我したんだ」

信号を待っている時に、弟がそう言った。僕は、全部言ってごらん、と促した。

「あいつ、僕たちのお母さんが出て行ったの知ってるんだ。それをみんなに言いふらして馬鹿にしてきたけど、僕ずっと我慢してたんだ。でも、それでも、いつまでも言ってくるから、怒って追いかけたら、あいつが勝手にこけて、僕が押したんだとか言い出して」

弟の言葉には沢山の思いがこもっているのがわかった。おそらくそれは、僕も感じたことがある。悔しさ、情けなさ、不甲斐なさ。

そんな思い、僕が肩代わりして上げたかった。全部、全部肩代わりできれば、この子は辛い思いをしなくて済む。

すべて、言い終えた後、弟はもう嫌だよと呟いた。この言葉を僕は頭で反芻する。


二人が黙りこくって数分後、体温ってさ、と僕が話し出す。

「体温ってさ、触れたものに熱を与えるんだ。その熱はやがて、触れたものと体温を等しい温度にするんだ。いまおまえは兄ちゃんと手を繋いでるだろ。その手から、熱と一緒にその嫌な気持ちも兄ちゃんに送るんだ。そうしたら嫌な気持ちも和らいでいくよ。兄弟で痛み分けってやつだ」

弟はそれを聞いて、少し考えてから、「よくわかんない」と言った。ちょっと難しすぎたか、と僕は笑って言った。

あ、と弟が声を出した。

「お兄ちゃん、血が出てる」

弟が僕の袖をめくる。そこには少々深い切り傷と、点状の火傷があった。僕にとっての悔しさ、情けなさ、不甲斐なさ。それを表に出したモノ。

血が滴る前にハンカチを出して傷口に当てる。突然小学校から連絡があったものだから、手当てをするのが遅れていた。

「どうしたの?」

「ああ、ちょっと色々あっただけだよ」

僕は適当にはぐらかす。

お兄ちゃん、と弟が僕の目を見ていう。

「兄弟イタミワケだよ?」

痛み分けの意味はわかってなさそうだったが、弟が伝えたいことはなんとなく通じた。ただ、この痛みはこんな子供と分け合うには大きすぎる。

とてもその目を見れなくて、僕は半分闇に染まっている空を見上げる。今日は火星が肉眼で観察できます。そうニュースキャスターが言っていたのを思い出し、火星はないかとじっと見つめる。いくら探してもその火星が見つかることがなかった。

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体温 youとユートピア @tubamenosu

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