第12話 神判

 ミナンの証言からあっさりとラザリアートの関与は露見し、その日のうちにラザリアートは捕縛された。これで黒幕は居なくなったんだろうけど、どうにも胸騒ぎがするんだよね。


「だったら、神判を見ていくか?」


 不安そうにしている私にリオネさんがそう持ちかけてくる。神判、って言うのは神族断罪裁判の略で、人ではない者を裁くために行われる。聖王国の使徒が亜人族を裁くための方便に使ってたからあまりいい印象はないけど、本来は使徒を裁く裁判こそが正しい神判なんだとか。それを私達にさも自分達が正義かのように振りかざしていたんだから酷いよね。


「それでは、神判を始める。下級使徒ミナンの証言によれば、侵獣を操り世界に損害を与えんとした企みの首謀者は上級使徒ラザリアートであるという。この内容に相違はないか?」

「貴様らはその様な下級使徒一人の言葉で俺を裁くつもりか?大方その者が罪を逃れる為でっち上げたことだろう。それとも、なにか証拠でもあるのか?」


 うわ、最悪。この使徒、自分の罪をさらっと部下に押し付けちゃったよ。確かに侵獣は倒されてて証拠なんて無い。だからって月虹蜥蜴の尻尾切りみたいに罪を全部命令した相手に押し付けて時分は責任逃れをしようなんて最低だ。


「わ、私は確かにラザリアート様から命令を……」

「知らぬ。その証拠が何処にある?証拠も無しに罪を他人に押し付けるとは、見下げ果てたやつだな。」


 射抜くような眼で睨みつけるラザリアートにミナンは押し黙る。証拠は残っていないのだろう。残っていたとしても既に消去済みってところかな。確か、異術で痕跡を消してるみたいなことを言ってた気がする。神様も世界の全部を見ることはできないみたいなことを言ってたし、これじゃあ罪を犯した真犯人が逃げおおせちゃう。


「どうにか出来ない?」

「神々が降臨してくだされば可能かもしれぬが、この程度の問題で神々は降臨くださらない。」


 例えばゴブリンが爆発的増殖をして世界が完全に崩壊するとか、そういう状況なら神々が降臨することもある。でも、この程度の事件は使徒の間で解決しなきゃならない。人の問題は人が、使徒の問題は使徒が。当人同士の争いに収まっているうちは口を出したりはしないんだって。今回の件も、既に侵獣は片付いているから神様たちが介入してくることはない。


「さて、神判はこれで終わりかな?私はこれでも忙しいのだ。」


 そう言って神判場から出ていこうとするラザリアート。このままじゃミナンが全ての罪を被せられて裁かれることになる。使徒に与えられる罰がどんな物かはわからないけど、未遂とはいえ世界への反逆は許されることじゃない。いや、実際に加担してるんだから裁かれるのは当たり前なんだけど、なんだか釈然としないんだよね。


「ルニアの本にはなにか載っていないのかい?」


 ハルも彼がこのまま無罪になるのは許せないみたい。何か手がないかって訊いてくる。知ってたらとっくにやってるよ!実際、この本には私の知ってるものしか記録されていない。神様が最初に入れてくれた神々の武器以外はほとんど白紙なんだよ。私が知ってる道具にこんな問題をどうにかするようなものはないし……。


 うーん、うーん、と唸りながら本をめくる。魔術師の杖は役には立たないし、呪いの首輪……は意味がない。うーん、やっぱり使えそうなものはないよ。結構見かけた道具とかも記録してあるんだけど、使えそうなのはないんだよね。霧酒を使っても何も解決しないし、神様の武器で撃ち殺したら私が犯罪者になるだけ。エスタレイルの門で見かけた罪調べの石板なんて物もあるけど、これは人間にしか効果がない。そもそも、異術で記録を消してあるから表示されたりしないだろうし……。


「……あれ?」


 なんか今すっごく引っかかったような。これを見た時、たしかなにか変わったことが起こってたよね。そうそう、失敗を使用人に押し付けた商人が捕まったんだった。もしかしたら、それを理由に罪を問えるかも。


「最後に、傍聴者の意見を聴こう。何か意見があるものは居るか?」


 一番偉そうな感じの上級使徒がそう問いかける。みんな何か言いたそうだけど証拠がないってのがネックで誰も何も言えない。うん、やっぱりここは私が言うしかないよね。そう思って私は勢いよく手を挙げる。


「下賤な魔族の意見など……」

「神よりお達しがあったはずだ。魔族も神々の眷属だと。さあ、述べなさい。」

「失言であった。許せ。」


 ラザリアートが私達を貶めるようなことを言おうとしたけど、それは流石に窘められる。一応謝ったけど、全然悪いと思ってないよね、それ。私の中で怒りがだんだん大きくなっていく。ほんと、こんな奴が上級使徒だなんて、絶対におかしい!


「許しません。でも、それは別のお話です。今、あなたは部下に罪をなすりつけましたね。」

「証拠はないと言っているであろう。それ以上は我ら使徒への侮辱とみなすぞ。」


 嫌悪感をあらわに私を睨みつけるラザリアート。でもね、こっちには勝算がちゃんとあるんだよ。私はビシッ、と指差す。そして、あの時石版に書いてあったことをそのまま読み上げる。ええと、確か〈ぱわーはらすめんと〉だ!


「あなたの行為は〈ぱわーはらすめんと〉だよ!神様が定めた罪だ!」

「私が命じた証拠はないと言っているであろうが!」

「神様がそれは知っているはず!」


 そんな私にラザリアートが怒鳴り返す。でも怯まない。確か女神様が言ってた。使徒を大量に粛清したって。そして〈ぱわーはらすめんと〉は神様が定めた罪。だったら、きっと何処かに記録があるはず。事件のことは消しても、これを犯罪だと思ってないはずだから消してないに違いない。


「そのような事のために神を呼ぶというのか!不敬だぞ!」

『そんな事、じゃないよ。』


 そう怒鳴り返してきたラザリアートに応えるように天上から声が降ってくる。そこには、1人の少女が立っていた。黒髪黒眼の少女。どことなく女神様に似てる気がするけど、それよりも圧倒的に幼い。


「何奴だ!」

『私はルーエクス。世界の全てを見て、世界の全てを記録するもの。世界の全ての祈りにに応えるもの。そして、最高神様の娘!』


 ルーエクスと名乗った女の子がビシッ、と指差す。あ、さっきの私の真似だ。世界の全てを見てるってのはあながち嘘じゃないのかも。その場でくるくると回ったルーエクスちゃん?は次々と映像を空間に浮かべていく。そこにはラザリアートの犯罪が全部映し出されていた。


「馬鹿な、その記録は消したはずだ!」

『残念、記録からは消してもバックアップには残っています!######ルートライムの時にはバックアップがなかったから、見落としたのです!』


 ビシッ、と指差すルーエクスちゃん。よっぽど気に入ったんだね、そのポーズ。そして、人には聞こえない音で発音されたその名前が、今度はしっかりと私の耳に聞こえた。確かゴブリンメイジの時もそんな名前言ってたよね。でも、ルートライムって誰だろう?


『前の最高神ですよ。こういう困った者達を放置してた悪い神様です。』


 私の疑問にはルーエクスちゃんがそう説明してくれる。あれ、いま普通にラザリアートと話をしてるんじゃ?って思ったら〈へいれつしこう〉っていうのができるらしい。神様ってやっぱりすごいんだね。


######ルートライム様の時代にはこんなことはなかったのだ。あの女神が来てから、全てがおかしくなった!」

『今までがおかしかったのです。かーさまは間違いを正したのです。』


 まあ、下が失敗や責任を黙って被らなきゃいけないなんて考え方が正しいわけないよね。責任は命令した人が取らなきゃ。無理やりやらせておいて、その責任まで押し付けるとかホント最悪。たしかに、こんな考えは滅ぼさなきゃ駄目だよ。


『神判を下します。ラザリアートは隷使徒の地位に降格の上、神獄行きです!』

「ふざけるな!何故我々が貴様らの命令に従わねばならん!」

『「上の命令は絶対」って言ったのは貴方ではないですか?その考え方が正しいんでしょ?少しはおかしい事に気付きませんか?それに、往生際が悪いです。』


 そう言うとルーエクスちゃんはラザリアートをゲートで何処かへと転送する。こうして今回の事件の主犯は正しく裁きを受けたのだった。ちなみにミナンも黙って指示に従って犯罪に加担したからちゃんと相応の罰が与えられた。まあ、流石に無罪にはならないよね。


 こうして、獣化症に端を発した一連の事件は完全に幕を下ろしたのだった。

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