第11話 裏切り

「‘お前は何者だ。’」

「‘何だ、言葉を理解できたのか。’」


 リオネさんが問いかける。やっと言葉が通じると解ったのか、ゴブリンメイジは嘲笑うように声を上げた。まるで自らの信じる神こそが絶対で、それ以外は有象無象だとでも言いたげな雰囲気。すっごく気分が悪い。侵獣は侵神……異世界の神が作り出した侵略生物だってリオネさんが言ってた。つまり、ゴブリンメイジにとっては神が与えた言語だけが絶対で、それ以外の言葉を使う者は見下す対象なんだろう。そんな態度で話すやつの相手って正直気分は良くないよね。


 同じ侵獣でも侵神によっていろいろと違うところがあるらしい。会話によって情報を引き出すのと同時に賢神様の目がゴブリンメイジの情報を調べる。私にはよく判らないけど、自動で判別する機能があるって女神様が言ってたっけ。ともかくその判別が終わるまで話を引き伸ばす、そういう作戦。ゴブリンメイジは自分の事については雄弁に語るのに、『あの方』の話に触れた途端に口が重くなる。でも、話が長引く分には都合がいいかも。


『【マーレユーノの眼】による解析。######との類似性35%。直接の関与は認められず。推定。高類似性の術式の存在を確認。上級使徒ラザリアートの構築する術式との類似性97.85%。』


 ……うん、何言ってるのかさっぱりわからないや。ともかく、ゴブリンメイジを作ったのがラザリアートっていう上級使徒なのだけは間違いなさそう。それさえわかれば手はある。情報は確定してないけど、それを手がかりに別の情報を得ることはできるからね。


「ラザリアート、かな。」


 敢えてこの世界の言葉でそう言う。案の定、ゴブリンメイジは何のことか判らなそうにしている。その代わりに下級使徒の一人がびくって反応した。うん、予定通り!いや、ね。実は地図で下級使徒の中に私達に敵意を持ってる奴が居るのは判ってたんだよね。異術で巧妙に隠れて色々とやってたみたいだけど、まさか敵意感知でバレるなんて思わなかっただろうね。


 とはいえ敵意の理由が確定出来なかったから、ちょっと罠を張ってみたってわけ。いや、罠って言うにはあまりにもお粗末だったけど。これがラザリアートって奴ならこんな簡単に引っかからなかったんだろうけど、こいつは下っ端。簡単に反応しちゃったみたいだ。まあ、当人はまだバレてないつもりみたいだけど。


「な、何を言ってるんだ、お前たち。そいつはラザリアート様の名前なんて出していないじゃないか。まさか、ラザリアート様に罪を被せる算段をしているのではあるまいな!?」


 バレてないと思って文句を言ってくる下級使徒。えっと、名前はミナン、か。ミナンはこっちこそが犯罪者だとばかりに糾弾してくる。でもね、もう致命的なミスをやらかしちゃってるんだよ。


「確かに、侵獣とのやり取りの中で名前は出ていない。だが、この神殿に侵獣の言葉が判るものは居なかったはずだが、何故名前を出していないと判ったのだ?」


 うん、たしかに名前は出してない。ラザリアートの名前は【マーレユーノの眼】による侵獣解析の結果だから、私達にしか聞こえてないからね。だから、本来なら、それを理由に犯人だと特定はできなかった。でも、未知のはずの侵獣の言葉を聞き取れることを宣言しちゃったら、言い逃れは難しいよね。


「そ、それ、は、いや、その……」


 自分がなにをしたのかを理解したミナンは顔を真っ青にしている。これで、証明としては十分じゃないかな。そんな空気が流れる。あ、なんか良くない雰囲気。そして案の定、私の予感は当たってしまった。


「こ、こうなれば、お前たちを口封じしてなかったことにしてくれる!」

「無理だな。既に神界に通知済みだ。あとは裁きを待つだけ……。」


 そうリオネさんが言ったところで、ミナンが動く。うわ、こいつ侵獣の檻を開け放っちゃった!術式に穴を開けゴブリンメイジを解放するミナン。当然、出てきたゴブリンメイジは大量のマシラエイプを召喚し始める。すごく鬱陶しい!ゴブリンメイジの異術でマシラエイプがわらわらと湧き出てあっという間に部屋を埋め尽くしてく。とうぜん、ミナンと私達の間に。やば、これ逃げられちゃうじゃないか!


 慌ててマシラエイプを倒す。けど、ちょっと数が多い。まずはゴブリンメイジを倒さないと。幸い、解析は終わったらしいのでもう倒しちゃっても大丈夫。即座に〈れーざーがん〉を作り出してゴブリンメイジを撃ち抜く。良し、これでもう増えない。後はまとめて倒すだけだ。〈れーざーがん〉を〈じぇのさいどもーど〉にして一気に撃ち抜く。多少撃ち洩らしはあったみたいだけど、あとは神殿騎士がなんとかしてくれるはず。残りの対処を任せて私達は上へと駆け上がる。


「空から追うよ、捕まって。」


 地図で確認したら、ミナンは既に神殿の外に出てしまっていた。ハルが即座に獣の姿に転じて空を舞う。そして私とリオネさんはその足にぶら下がって運んでもらう。私も空を飛べないことはないけど、あれ結構魔力を消費するんだよね。ここは温存、というわけで私は専ら地図を見ながらの案内。地図から姿を隠す異術は持ち合わせてないみたいで、街中をコソコソと逃げ回るミナンの姿はバッチリ捉えてる。


「ハル、南から回り込むよ。」


 地図と進行方向から割り出した目的地に先回りする。そこには地下水道の入口があるから逃げ込まれると流石にちょっと面倒。ハルの飛行速度は結構早くて、ぎりぎり地下水道に入る前になんとか追いつくことが出来た。まず私達が降り立って、それからハルが人の姿に変身する。


「ちっ、もう追いついてきやがったか。」


 悪態をつくミナンの行く手を阻むように立ち塞がる。逃しはしないよ、って言うとなんか悪い人みたいだけど、逃げられたら困るんだからここではそう言うしか無いよね。既に神術を封じられてるミナンは異術で攻撃してくる。攻撃系の術はあまり持ってないみたいだけど、油断は禁物。異術は習得に系統とかは関係ないから支援系ばっかりと思ってたらいきなり広域殲滅を使ってくる場合もあるらしい。


 実際、ミナンが使ってきたのは石槍の異術だった。大質量をぶつけてくるタイプとはハルの嵐の防壁は相性が悪い。重ければ重いほど逸し難くなるからね。案の定いくつかは防壁を抜けてこっちに飛んでくる。ちなみにハルは今回、ミナンを中心にして嵐の魔術を発動している。逃げられないことを優先した形だ。大魔術に見えて割と応用が効くのがこの魔術のポイント。習熟すれば扇形に嵐を起こしたりとか自然ではありえない現象も起こすことができる。


「くそ、このっ!」


 嵐の中心にいるから転ぶことはないけど、そこから出ようとすれば直ぐに転倒してしまう。動くことができなくなったミナンは苦し紛れに石槍の異術をぶつけてくるけど、それらは全部リオネさんの盾に防がれてしまう。一応念の為に他の仲間が居ないかを地図で確認するけど、この街に居るのはこいつ一人みたい。


「ミザト村に病を仕掛けたのもお前だな?」

「獣化症の話か?ああ、そうだ。あの村の者がファルヘリオンに来た時には必ず神殿に祈りを捧げに来るってのは判ってたからな。簡単だったぜ。」


 リオネさんの問いに素直に答えるミナン。これは、話を長引かせて油断を誘うつもりだね。だけど、せっかく話をしてくれるんだから色々と喋ってもらおう。ミナンが語ったことによれば、ミザト村に獣化症をばらまいたのが第一段階。それによって霧酒の供給を断って侵獣への対処を遅らせるのが第二段階。そして、討伐するために降臨した神々から神器を奪って神々と戦うための武器にするのが第三段階、だったらしい。どうやら、今の最高神様の前の最高神様を信奉してて、その神様のために今の神様たちを倒そうとしてるんだとか。これ、かなり危険な話なんじゃ。


「今だ!」


 私達が話に集中したタイミングで地面に穴を穿って逃げようとするミナン。なるほど、地面の下には嵐はないからね。でも、それは判ってた話。変な動きをしたら撃つように〈れーざーがん〉に設定を入れてたから、穴をあけたのと同時にレーザーガンがミナンの脚を撃ち抜く。〈れーざーがん〉は光の矢を撃つから風で軌道が変わったりしないからね。


「ぎゃっ!ああっ!いてぇ!痛ぇっ!!」


 レーザーに脚を撃ち抜かれて痛みに悶絶するミナン。回復の異術は持ち合わせていないようで、数発撃ったあたりでミナンはあっさりと降伏した。こうして、事件は一応の幕を閉じたのだった。

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