第10話 神殿にて

 翌日、私達は神殿騎士の人達とファルヘリオンに向けて出発した。と言っても私達は天馬には乗れないから馬車の中。ハルは鳥に変身できるから空は割と見慣れてるみたい。逆にナリュさんはとても驚いてる。ちなみに私も魔術で空を飛んだことが有るからそんなに珍しいって事もないんだよね。あの生贄にされたときだって魔術さえ使えれば飛んで逃げれたのに。


「空、空飛んでる!……って、二人共なんでそんなに冷めてるの?」


 使徒のリオネさんや神殿騎士の人たちはまだしも、私達まで落ち着いてるのを見てナリュさんが半目でこっちを見る。いや、なんでって言われても、ねえ?私とハルは顔を見合わせて苦笑する。あ、言っておくけど魔族が蝙蝠の羽とか尻尾とか角とか生えてるってのは迷信だからね?それで空飛んでるわけじゃないから。


「まあ、魔術で飛び慣れてるし?」


 ハルの説明をするのはちょっと大変なので私の話で誤魔化す。ナリュさんも一応それで納得してくれたみたい。空の旅は地上の旅と違って移動速度がすごく速い。道は曲がってないし、遮るものも何もない。普通なら途中で一泊する必要があるような旅でも一日でたどり着いてしまう。多分このまま真っ直ぐ飛べば夕方にはファルヘリオンに着くんじゃないだろうか。


「このまま何もなければ良いんだけどね。」


 ナリュさんが不吉なことを言う。ダメだよ、そういうの口に出すと現実になるんだから。言葉には魔力が宿る、っていうのが魔族の考え方にあって、良くない予想をするとそれが現実になるっていうお話がある。他にも、そういうのは神様が聞いてて、悪戯の神がそれを現実にしてしまうんだ、なんて話も。まあ、実際は現実になるのは1割位。偶然って言ってしまえばそれまで。でも、余計な事はしない方が良いのは確かじゃないかな。


「敵襲!敵襲!」

「ほらぁ!」


 いや、ナリュさんのせいだとは思ってないけどね。実際、襲撃は予測されたことだし。見た限りは敵は巨大なコウモリ?胸の辺りからなんだか水みたいなのを振りまいて……って、うわ、何アレ!槍が一瞬で溶けてるんだけど!私が疑問に思った瞬間に頭の中に声が響く。どうやらアレはウォーターフォールバットっていう侵獣らしい。全てを溶かす酸の雨を降らせる……って、大変!地面とかも溶けててかなり危険な感じ。


「古いタイプの侵獣だな。あの程度ならば影響は少ないだろう。」


 でも、リオネさんはあまり慌ててないみたい。実際、神殿騎士達の槍が光りに包まれたと思ったら、あっさりと倒されていく。これなら私達の出番はないかな。結局、そのままあっさりとウォーターフォールバットは倒されてしまった。途中からハルもナリュさんも慣れてきたのか、侵獣をじっくり観察する余裕まであった。


 古いタイプと言うだけはあって対策もしっかりされてる。酸に溶かされた地面も武器も神術であっさりと元に戻ってしまった。被害は殆ど無いと言っていい。ゴブリンメイジにしても、ゴブリンにしても、どれもそんなに凶悪な侵獣じゃない。ゴブリンは増えるのが面倒な侵獣みたいだけど、今回出てきたやつはゴブリンメイジこそ居たけどそんなに数は居なかったしね。


「ルニアの存在がイレギュラーだったのかもしれないな。あの場にルニアが居なければゴブリンはかなりの脅威だった。そう思えばウォーターフォールバットもあわよくばルニアを引きずり出してその脅威度を見極めようという目的だったという可能性もある。」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。それなら弱いけど数だけは居る侵獣をけしかけてきたのも頷ける。消耗するのが前提の作戦なら強い奴を使うのはもったいないからね。ううむ、うっかり油断しちゃうとこだったよ。相手の意図に思い至った私は改めて気を引き締める。敵さん、なかなか油断できない相手みたい。


 それから後は襲撃もなく、私達はファルヘリオンに着いた。ナリュさんは商談があるから一旦ここでお別れ。私達はルートレイア様を祀る本神殿に向かう。途中で襲撃があるかなって警戒してたけど、特に何も起きたりはしなかった。ちょっと拍子抜けかも。問題なく侵獣の入った檻は本神殿の尋問室に運ばれていった。と言っても尋問の準備ができるまでもう少し時間がかかる。それまでちょっと本神殿を見て回ろう。


 本神殿、と言ってもここが神殿の総本山って意味じゃない。あくまでマクスラル辺境伯領における本神殿って意味。それでも、本神殿を名乗るだけあってすごく立派な建物だった。ルートレイア様の神像もとてもきれいで……あれ、ちょっとお胸盛り過ぎ?い、いや、見なかったことにしよう。ともかくハルと2人で神様にお祈りする。ハルにもあの話はしてあるからね。


「……」


 2人して神様にお祈りする。ルートレイア様と、ルートディーネ様に。お祈りは自動で処理がされてるから神様に直接伝わるわけじゃないって言ってたけど、それでも感謝の言葉を伝えるのは大事だよね。ハルも月の女神様の正体がルートレイア様と判ったからか、熱心にお祈りしてる。そうしてお祈りを終えた私達は用意された部屋へと戻る。なんだか、結構長い時間お祈りしてた気がするけど、そんなに時間はかかってなかったみたい。


「ルニア、ぼく、神術が使えるようになったよ。」


 部屋に戻るなりハルがそんな話をしてきた。神様にお祈りしたら神術が使えるようになったらしい。神術は魔術に比べてコストがかかるけど、自分で覚えてないような術もお願いしたら使うことができる。その代り、徳を積んでないと初歩的な術しか使えないって問題はあるんだけど。魔術と違って神術は選んで覚えることが出来ないからね。あ、でも使徒は自分で使う術を選べるみたい。実際、リオネさんはだいぶ偏った感じに神術覚えてたし。


 今まで月の女神様の眷属は神術を使えなかった。でも、ルートディーネ様が言っていたみたいに月の女神様へのお祈りも処理されるようになったから、神術が使えるようになってきてる。ハルはルートレイア様に直接お祈りしたことで徳が上がって神術を使えるようになったんだと思う。ちなみに、基本的な神術と光の特殊神術が使えるようになったみたい。


 試しに光の神術を発動してもらう。聖光波……は流石に危険だから光源の神術が良いかな。ハルが神様に祈りを捧げると掌に光の塊が現れる。そして、それが現れた瞬間に薄暗かった部屋が光りに包まれた。ハルは光の魔術は使えなかったはずだから、間違いなく神術の光。よかった。これで私達もちゃんと神様の眷属だって証明されたようなもの。部屋に居た神殿騎士の人たちもこれには驚いてた。やっぱり、聞くのと見るのじゃ大違いだよね。


「やっぱり魔術よりも消費は多いけど、これで戦術に幅が出るね。」


 そんな話をしているうちに尋問室の準備ができたみたい。私達も立ち会うことになっているからリオネさんが呼びに来た。私達はリオネさんについて神殿の地下に通じる階段を降りていく。なんで尋問室ってだいたい地下にあるんだろ。


「逃げ出しにくいように、じゃないかな。」


 確かに地下だと逃げ辛いからね。でも、地下は思ったより明るかった。壁全体に光の魔導具が使われてるからかな。さすがは光を司るルートレイア様の神殿だけはあるね。そんな明るい階段を降りていくと、明らかに魔力を帯びた空間にたどり着く。この先にあるのが尋問室みたい。


「一応3重の神術で封じてあるが、油断はするなよ。」


 神殿騎士の一人がそんな事を言う。相手は異術を操る侵獣だからね。私も武器を顕現させて警戒を強める。ハルも杖を構えて、リオネさんも武器をいつでも抜けるようにしてる。1つ目の扉を開けて部屋の中に入る。何かの術を通り抜けるような感覚があって、空気が変わる。それから2つ目の扉を開けると、中には半透明のドームに囲まれたゴブリンメイジが居た。


 半透明のドームは神術で構成された拘束装置で、中に居るゴブリンメイジは異術を使うことも、こっちを攻撃することも出来ない。それどころか自滅や自壊の異術も防げるようになってるから、勝手に死なれることもない。なるほど、確かに領都の本神殿じゃないと、ってのも頷ける。神殿騎士が神術を調整すると、こちらの声が向こうに、向こうの声がこちらに伝わるようになる。


「‘どういうつもりだ?’」


 相変わらずよく判らない言葉で話しかけてくるゴブリンメイジ。神殿騎士の人たちは理解できないみたいで首をひねってる。うーん、なにか良いものないかな。こっそりとリストを見ると、あった。〈ほんやくき〉ってのが良さそう。他の人にばれないようにハルとリオネさんの陰で〈ほんやくき〉を取り出して2人に渡す。これで2人にも言葉が判るようになるはず。さあ、尋問開始だ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る