第8話 洞窟の奥で
洞窟の中は炎で溢れていた。霧酒と識別炎でマシラエイプが外に出てこないように牽制が続けられてる。その中を普通に歩けるっていうのはやっぱりちょっとだけ不思議。識別炎が特定の対象しか焼かないのは知ってるけど、霧酒で広がった識別炎の中を歩くみたいな経験は流石に私にもない。
「地図がなかったら迷うよねこれ、絶対。」
暴力的なまでの炎の奔流で視界が奪われてる。前衛職が洞窟の途中でマシラエイプを押し留めているうちに後衛が霧酒と識別炎でマシラエイプを倒してるからなんだけど。ゴブリンのせいで一旦は崩壊した戦線だったけど、私がゴブリンを倒したから再び洞窟の中程までマシラエイプを押し返していた。
その中を私達はすり抜けるように進んでいく。目指すはマシラエイプが不自然に湧き出してる地点だ。それは洞窟の最奥。ある程度進むと霧酒と識別炎が届かない所にたどり着く。ここからは大量のマシラエイプとの戦いだ。次々と襲い来るマシラエイプをリオネさんと〈がーどろぼっと〉が打倒していく。リオネさんが戦いに集中してるから、ハルが傷を癒やす役割。私は周囲の警戒だ。地図が相手の位置を教えてくれるから物陰に隠れてるマシラエイプも簡単に見つけることができる。
延々と湧き出しているように見えながら、一部のマシラエイプは物陰に隠れて待ち伏せしてたりするから油断ならない。だからこそ霧酒での広域殲滅が有効な手段なんだと思う。でも、こんな湧き方は想定外。そのせいで戦いはジリ貧になってた。それを決定的にしたのがゴブリンの出現だ。そして、ゴブリンっていう侵獣が出た以上、異世界からの干渉があるのは間違いないと思う。
マシラエイプが振り下ろす棍棒を盾で弾きながら、動きが止まったマシラエイプを纏めて薙ぎ払うリオネさん。狭い通路にひしめくように詰まってるのはやっぱり異常だと思う。普通こんな増え方しないよね。さっき湧いたばかりの個体も明らかに成体だし。ともかく、倒したマシラエイプの死体を乗り越えながら通路を進む。マシラエイプは悪知恵だけは働くからよく死んだフリとかするんだけど、地図上にそういうのはちゃんと表示されてるから問題ない。見つけ次第とどめを刺して回る。
途中から面倒になって〈がーどろぼっと〉の機能の1つ、〈こういきせんめつようおぷしょん〉とか言うのを使った。そしたら、目が眩むほどの光の奔流が起こって視界内のマシラエイプがごっそり消滅してしまった。流石にこれは引く。これ、使い所を間違えたらかなり危ないよね。地図上にも目的地までの真っ直ぐな道が出来上がってて、マシラエイプもこっちを警戒して近づいて来なくなった。
問題はその攻撃で〈がーどろぼっと〉が消えちゃったこと。動力が空っぽになっちゃったみたい。〈えねるぎーえんぷてぃ〉って書いてある。新しいのを召喚するには〈くーるたいむ〉とか言うのが必要らしいから、しばらく前衛はリオネさん1人に任せることになる。一応地図でマシラエイプが後ろに回り込んでいないのを確認しながら新しく出来た道を真っ直ぐ進む。射線外に居たマシラエイプがまだ残ってはいるけど、まあ、討伐部隊の人達も追いついてきてマシラエイプと戦い始めたし、目的地の辺りのマシラエイプは殆ど消えてるからきっと大丈夫。
「‘お前たち、何者だ?’」
その部屋の中心には一匹のゴブリンが居た。そのゴブリンが杖を振ると何もない空間からマシラエイプが飛び出てくる。なに、あれ。地図上のゴブリンが居る辺りに見えてるマークには〈しきべつふのう〉って書いてあって、なにか矢印がくるくる回ってる。たしか、ゴブリンの時にはちゃんとゴブリンって書いてあった。見た目は完全にゴブリンなのにゴブリンじゃないって事は亜種か何かなんだろうか。
『【マーレユーノの眼】による観測を開始します。対象識別中、対象識別中……』
そのゴブリンモドキを視界に収めた瞬間に、そんな声が頭に響く。ハルやリオネさんにも聞こえたみたいだけど、リオネさんはあまり驚いてる様子はないね。ゴブリンモドキが喋ってる言葉は私にしか判らないようで、ハルやリオネさんは誰何の声に反応する様子はない。もしかしてこれ、〈きほんせっと〉とかの効果?
「‘まさか、あの方が言っておられた獣化症を止めたというのはお前たちか?’」
やっぱり、あの村の獣化症と関係があったんだ。リオネさん達にはゴブゴブとしか聞こえてないみたいだけど、私にはバッチリ聞こえてる。それに、あの方とか言ってるから、こいつも誰かの命令でこんな事してるってのは確実みたい。マシラエイプとはいえ、大軍になったら国が滅びることだってある。もし、呼び出せるのが無尽蔵だとしたら、大変なことになるかも。放置して無くてよかったよ。
「‘理解できぬか。まあ、良い。何者であろうとも、殺してしまえば同じ事。’」
『対象の識別を完了。以降、呼称をゴブリンメイジに修正。対象は召喚と火球の異術を内包している模様。注意されたし。』
私達に通じてないと判断して杖を構えるゴブリンモドキ改めゴブリンメイジ。それと頭に響く声が相手の正体を判別したのは同時だった。ゴブリンメイジは魔術に似た異術と呼ばれる術を使うゴブリンの亜種みたい。説明によれば習得している術は個体のよってまちまちだけど、みんな一纏めにゴブリンメイジと呼称されるらしい。とりあえず、この個体はマシラエイプの召喚と火球の異術を使用するみたいだね。
「みんな、来るよ!異術に注意して!」
2人にもさっきの声は聞こえてるだろうけど、改めて注意喚起。それとゴブリンメイジが火球を放ったのはほぼ同時だった。一発目はリオネさんの盾が、二発目はハルの嵐の魔術が防ぐ。嵐の魔術は私達の周りに渦を巻くように展開されてるから、下手な術や飛び道具は全部弾いてしまう。それに気付いたゴブリンメイジも戦法を異術による攻撃からマシラエイプによる物量戦に変えたみたい。地図の上に次々とマシラエイプが増えていく。
嵐の魔術はその中心以外は激しい風が吹き荒れている。だから、これを抜けてこようとすれば風に弾かれる。それでも、マシラエイプの数が増えたら強引に突破されるかもしれない。とはいえ、こっちからの攻撃も飛び道具は届かないんだよね。私も火炎剣の魔術を使えるけど、この風には吹き飛ばされてしまう。うーん。どうしよう。〈がーどろぼっと〉はまだ〈くーるたいむ〉中だし。
なにか良いものはないか、とリストをペラペラとめくってると、ふと目に止まるものがあった。あ、〈れーざーがん〉の〈くーるたいむ〉終わってる。これなら行けるかも。そう思って〈れーざーがん〉を取り出し、構える。構えた瞬間に視界にいくつもの光点が現れて、それに次々と〈ろっくおん〉って文字が重なっていく。これ、もしかして全員まとめて撃てたりする?
「二人共下がって!〈れーざーがん〉撃つよ!」
ハルとリオネさんに下がるように伝えて〈れーざーがん〉を撃つ。〈とりがー〉を引くと、その先端から複数の光が嵐の魔術を突き破ってマシラエイプ達を撃ち抜いていく。うわぁ、これ、えげつない。そうして無数の光の奔流が収まり、嵐の魔術もかき消えた後には、無数のマシラエイプの死体と瀕死のゴブリンメイジが残った。
「っと、待て。そのゴブリンメイジは捕縛する必要がある。何か獣化症のことを知っているかもしれない。」
リオネさんに注意されて慌てて〈れーざーがん〉を収める。危うく撃っちゃうとこだったよ。そういえばそんなこと言ってたね、こいつ。あの方って奴も気になるし、確かに尋問は必要。でも、このままだと危ないよね。リオネさんが一応手足を縛りはしたけど異術も使える相手だし。捕縛できる神殿騎士達もここに向かってるけど、たどり着くにはもう少し掛かりそう。えーと、何かないかな。ペラペラとまたリストをめくる。あった、これだ。〈うぃるす・ぼると〉。リストからそれを選択して具現化させる。
「……檻?」
見た目は完全に檻だった。その中にゴブリンメイジを放り込むと、それは手のひらサイズにまで縮む。ちょっと便利かも。この道具は侵獣を喰らうと言われる伝説の影竜の力を再現したもので、侵獣を閉じ込めて外に影響を及ぼせないようにする効果があるみたい。これなら安心だね。このまま神殿騎士に渡しても大丈夫っぽいから、リオネさんに預けておく。
「どうやら、外のマシラエイプも片付いたみたいだね。」
地図を見たハルが警戒を解きながらそう言う。確かに、地図上にはもう味方のマークしか残ってない。一応目視で確認する必要はあるだろうけど、それは他の傭兵さん達に任せよう。結構疲れたしね。一旦洞窟を出て、神殿騎士達が来るまで休憩だ。こうして、私達のはじめての洞窟探索は終わりを告げたのだった。
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