第7話 魔獣と侵獣

 街道を進む。大きな道に出れば盗賊なんかも襲ってこないから楽ちん。それに、3人(?)になった事で夜番の交代もかなり楽になった。宿場町で一泊し、ラスラトールへ。ナリュさんとはここでお別れ……のつもりだったんだけど、どうしてもって頼まれて護衛を継続することになった。ナリュさんの次の目的地がファルヘリオンって言うのもあるけど、代わりの傭兵が見つからなかったっていうのが大きな理由。ラスラトールの近くの洞窟にマシラエイプの群れが住み着いて、その討伐に傭兵達が駆り出されちゃったらしい。


「マシラエイプは繁殖力が強いからねー。ほっといたら馬鹿みたいに増えるし、家畜や作物が奪われるから村からすると死活問題なのよ。傭兵やってるとあんまり脅威に感じないかもしれないけど、おっきな群れに村とかが襲われたら普通に死人が出るからね。」


 見つかった時にはかなりの数になってたらしくて、慌ててラスラトールを拠点にしてる傭兵達に招集をかけて大討伐が組まれたとか。マシラエイプは人間ほどではないけど知恵が回るし、普通に武器とかも使う。戦い慣れてない村人じゃ、最悪殺されちゃうこともあるみたい。魔族だとみんな魔術が使えるから簡単に退治してたけど、人族にとってはかなりの脅威なんだね。私達ももうちょっと早くラスラトールに着いてたら討伐に参加してたかも。でも、今は獣化症問題の解決の方が大事。近くの村の人達には悪いけど。そんなわけでナリュさんも傭兵協会で最低限の商売だけして明日の出発に備えることに。


「そう言えば、あの村の特産品って何だったの?」

「ああ、霧酒よ。」


 瓶に入った液体みたいなのをやり取りしてたのは見たけど、中身までは聞いてなかったんだよね。霧酒って言うのはあったかい空気に触れると霧状になるお酒。お酒って言うけど飲むのに使う人は殆ど居ない。これは、魔術の媒介にするのに使われるんだ。炎系の魔術と相性が良くって、魔術で出した炎の特性をそのまま伝達する性質がある。例えば、消えない炎の魔術を使った場合、木なんかに燃え移った炎は普通消えちゃうんだけど、霧酒に燃え移った炎は使った人が消さない限り消えない。


「神術の炎とも相性はいい。識別炎と一緒に使えば、魔獣だけを焼いたりするのに使えたりする。」

「ぼくもそれは聞いたことある。確か、洞窟に住み着いた魔獣を退治するのに使われるんだよね。」

「傭兵協会でも不足気味で、結構なお値段で売れたよ。」


 ん?何かちょっと引っかかるよね。ハルもリオネさんもおなじみたい。マシラエイプが大量に湧いたタイミングで、その退治に使う霧酒が特産の村が狙われた。霧酒の生産拠点はあのミザト村だけじゃないし、霧酒の備蓄だってある。でも、一番近くの村が襲われたってのがなんか気になる。実際、傭兵協会でも不足が出始めてたって話だし。そこで、もし補充に向かった村が獣化症に侵されていたら?


「これ、様子見に行った方が良いんじゃないかなぁ。」


 私の提案に2人もコクリと頷く。ナリュさんには悪いけど、ちょっと寄り道したほうが良さそう。ナリュさんにゴメンナサイしてマシラエイプ退治の様子を見に行くことにする。ナリュさんも実は時間があればラスラトールでいくつか商談したかったみたいだから、実は渡りに船だったみたいなんだけどね。というわけで、ナリュさんを街に残して新しい依頼を受ける。受けたのは霧酒の輸送。新しく霧酒が入ったから、前線に届けて欲しいって。


「ナリュさんが納品したやつだね。」


 どこかで見たような瓶を受け取って、魔術収納に放り込む。下手に手で持っておくよりここに入れておくのが一番安全だしね。ちなみに、魔術収納は術者が死ぬと中に入ってたものがその場に落っこちる。だから取り出せなくなって困るなんてことはない。まあ、後衛の私が死んでる時点で割と全滅も見えてる気はするけど。奇襲とかもあるから念のため、ね。


「一応、蘇生の奇跡は行使可能だ。」


 どうやら、リオネさんは蘇生の奇跡も使えるみたい。蘇生の奇跡は神術の中でもかなり高度な部類に入る。なにせ、命神様と癒神様の二柱の大神にお願いしないといけないのだ。お二方の都合が合わなければ上手く行かないため、成功例も少ないって聞いたことがある。亜人の私達には馴染みのない話だ。


「最近、神界に変化があってな。蘇生の手順がかなり簡略されたんだ。」


 リオネさんによると、蘇生の手順に命神様と癒神様の手を煩わせる必要がなくなったみたい。おかげで、今までより格段に蘇生がやり易くなったんだとか。まあ、でも死ぬのは勘弁して欲しいから安全策で行くよ。痛いのは嫌だしね。一度生贄にされかけた身としては、あれをもう一回は御免被りたい。


 そんなわけで、私達は街から北西に向かって進む。反日ほど進んだ辺り、聖王国との国境になっている山の麓にいくつかの村があるんだけど、その中の洞窟に近い村に拠点を築いているらしい。マシラエイプの被害が最も酷かったらしくて、家畜の姿がまったく見えない。村の人達はみんな家の中に引きこもってる。このままだと畑仕事もできないから、村を捨てなきゃならなくなるかも。


「助かるよ。洞窟が深いのか、なかなか殲滅できなくてね。そろそろ霧酒が切れるところだったんだ。」


 霧酒を渡して受領証に印を押して貰う。もう既に10回以上は焼き討ちを行っているというのに、マシラエイプは減る気配がないらしい。明らかに異常な状況だってのが判る。いくらマシラエイプが繁殖力旺盛だからって言っても限度ってものがある。洞窟を10回以上も焼き討ちに合って、それでもまだ洞窟からわらわら出てくるなんて。


「今から、討伐隊に参加できるかな?」


 ハルが代表して協力を申し出る。人手は不足してたみたいで、大歓迎だそう。早速翌日から討伐隊に参加することになった。ナリュさんに討伐隊に参加する旨の手紙をアフィナ鳥の定期便で届けてもらって、私達は明日に備えて休息を取る。一応念のために見張りは立てるよ。傭兵協会の人を信用しないわけじゃないけど、こういうのは自己責任だしね。


 翌朝、マシラエイプが居るっていう洞窟に向かう。でも、そこは予想外の騒ぎになっていた。洞窟にゴブリンが出たらしいのだ。ゴブリン、って言うのは侵獣と呼ばれる異世界からの侵略者。ゴブリンは侵獣の中でも下位に分類されるけど、マシラエイプ同様すぐに増えるという特性を持っていて、放置をすると危険だ。それだけならマシラエイプが増えたのとあまり変わりがないと思うかもしれないけど、侵獣はマシラエイプみたいな魔獣と一つだけ大きく違う点がある。普通の武器ではほとんど傷を与えれないことだ。


 侵獣にダメージを与えることが可能なのは魔術か神術に限られる。今は魔術が使える人達が牽制してるけど、神殿騎士が来るまで持ちこたえることができるかはかなり微妙。ちょっとでも均衡が崩れたら、ゴブリンの増殖速度に倒す速度が追いつかなくなってしまう。そうなったらおしまいだ。神殿騎士でも対処できない数になったら、女神様でも降臨しない限りは手に負えなくなる。当然、この辺りの地形が変わるのは避けられない。


「……神様の武器が使えたりしないかな。」


 マシラエイプと違ってゴブリンは繁殖なしに増えるから戦闘中でも油断すると数が増えるんだよね。だからゴブリンに火力を集中させたいのに、それをマシラエイプが邪魔してる。おかげでかなり劣勢。このままだと魔力切れで神殿騎士が駆けつける前にゴブリンがあふれちゃう。リオネさんの神器は武器じゃないからここではあまり役に立たない。でも、女神様がくれた武器なら。


「ハル、私を連れて飛べる?」


 流石に私と判る場所からそんな物を使う訳にはいかない。でも、見えないほど遠くからだと、森が邪魔で攻撃は無理。なら、空からならその条件を満たせるんじゃないかな。獣化族のハルなら私を抱えて飛べるかもしれない。そう思って訊いてみたら、案の定可能って答えが返ってきた。


「ええと、これかな。〈れーざーがん〉。」


 リストから武器っぽいものを選んで具現化させる。使い方は持った瞬間に頭に流れ込んできた。これならやれる。鳥の姿になったハルに抱えられて空を飛び、上空から〈れーざーがん〉でゴブリンを狙い撃つ。手に持った小さなワンドのような鉄の塊から、光が飛び出す。何が起こるかも知ってたけど、自分の目で見るとやっぱり驚く。ハルも驚いたみたいでうっかり私を落としそうになってた。心臓に悪いってば。もちろん、神様がくれた武器だけあって〈れーざーがん〉は侵獣にも有効。撃ち抜かれたゴブリンが次々と倒れていく。驚いたのは、地図に表示された洞窟内のゴブリンも撃てたこと。地面、貫通するんだ……。


「これで片付いたかな。」


 ゴブリンさえ片付けば後はマシラエイプだけ。ゴブリンが地図から消えたのを確認して地上に降りる。地上では神様のお慈悲がどうのって話になってるけど、流石に空の私達を識別できた人は居なかったみたい。マシラエイプも外に居たのはあらかた撃っちゃったけど、洞窟の中では今でも増えてる。うーん、地図でみると、不自然に増える場所があるんだよね。リオネさんやハルにも見せてみるけど同意見。やっぱり、これ不自然だよねぇ。


「直接、見に行ってみよう。」


 直接見てみないと判らないって結論になった。侵獣が出てきたってだけでかなり怪しい状況。これ、絶対獣化症と関係あるよね。使徒であるリオネさんはもちろん放置できるわけないし、私も乗りかかった船だ。それに、洞窟探索ってちょっとだけわくわくするよね。

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