第6話 新しい仲間

 戻ってきた村人が連れていたのは1人の使徒さんだった。うーん、やっぱり手遅れだったかー。嫌な予感はしたんだよね。村人が言うには、途中の宿場町で『修行中の使徒が居る』という話を聞いて頼み込んでついてきて貰ったらしい。もう前金は払っちゃったらしくて、このままだとお薬代が足りないかも。使徒さんは長い髪を背後で纏めた長身で、緑色の髪と緑色の眼は癒神リーベレーネ様の眷属の証だ。同じ長身でもハルとは違うタイプ。ハルは魔術師タイプなので全体的に細い印象を受ける。対してこの使徒さんは癒神様の眷属には珍しく、全体的に筋肉が付いてて武闘派の印象。共通点があるとすれば胸部装甲が……ってそれは私もか。


「この村に獣化症が蔓延していると聞いていたのだが……。」


 そう言って村を見回す使徒さん。そして視線が私達の所で止まる。それに気付いた村長さんが私が薬を提供した事を伝えたせいで余計にその眼が険しくなる。何で余計なこと言うかな。おかげで私達は使徒さんから根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。一応、他の人が居ない所で、と言って村の人達やナリュさんから離れた所で女神様から貰ったお薬だという話を伝える。


「なるほど、そういう事であったか。獣化症は異世界から齎された病ゆえ、人の手では治せぬはずだと思っていたのだ。それなら納得できる。」


 使徒さんが言うには、獣化症っていうのは元は異世界から侵入した病原菌が現地の獣の情報を取り込んで変異したものなんだって。だから、この世界の薬は効きにくいらしい。ちなみに病原菌って言うのは病気を引き起こすとてもとても小さな生物って話で……ごめん、ちょっとよく判らなかった。目に見えないほど小さな生き物って想像もつかないよ。とにかく獣化症は普通のお薬じゃ治んないってことはわかった。それを私がお薬で治したって言ったもんだから使徒さんに目をつけられたってわけ。ちなみに、その使徒さんのお名前は……。


「ああ、名乗っていなかったな。私は使徒のエスタリオネ。癒神リーベレーネ様に仕える下級使徒だ。」


 下級使徒って言うのは神様に仕える使徒のうち、上から2番目の地位。下級って名前で誤解されがちだけど、人間から使徒になった従使徒と違ってその殆どが生まれながらの使徒……だそう。〈えりーと〉さんだ。説明にそう書いてある。割と便利なんだよね、この能力。判らないことがあったらとりあえず調べとけ、みたいな。神様から貰った能力だけあって普通判んないようなことも書いてあるし。時たま変なこと書いてあるケド。


 ともあれ、誤解も解けた所で村人たちの所に戻る。エスタリオネさん……長いからリオネさんって呼んじゃうけど、リオネさんは村人から事情を訊くってことで感染してた人たちに話を聞いてる。特にこの村で最初に感染した人。彼が誰から感染したのかってのが問題。そうだよね、潜伏期間を考えたら生まれながらに病気ってことはないから、誰かから感染したんだよね。


「それが、覚えてないんですよ。気がついたらこうなってて……。」


 でも、結果はハズレ。それらしい獣に噛まれたことも、変なものを食べたってこともないみたい。私もちょっと地図を広げて確認してみたけど、それらしい感染源も無し。うーん、謎だ。よくあるのは遺跡の中の遺物に混じってるケースか、感染者が完全に野生化してるケースらしいんだけど。特に遺物に封印されていると神様の眼をすり抜けちゃうことが多いらしい。特に獣化症は普通の病気と紛らわしいから、見落とされやすいんだって。


「その上、昔は使徒が無償で治療する事はなかったからな。どうしても治療が後手に回っていたんだ。でも、最近は上から病気の根治は世界運営の仕事だ、というお達しがあって、私達もこうして各地を回っているんだ。」


 そう言えば女神様もそんなこと言ってたっけ。私達亜人の救済や、虐げられている人たちの救済と、色々と世界を良くしようと頑張ってくれてるんだね。私がそんな感動を覚えている間にも、リオネさんは村の人達に話を聞いて回ってる。でも、やっぱり収穫らしい収穫は無いみたい。最初に感染した人の家族によれば、ファルヘリオンって街に買い出しに行ってからこんな事になったって言うから、もしかしたらその街に何かあるかもしれないってくらい。


 ファルヘリオンって言うのはマクスラル辺境伯領の領都でかなり大きな街だから探すのはちょっと大変そう。方角的には私達が向かう予定の隣街……ラスラトールの更に先にある。つまり、これから向かうなら私達と同じ方向って事になる。うーん、それなら途中まで一緒に行けないかな。前衛、心許ないんだよね。リオネさんは盾と剣を持ってるから前衛だよね?あ、もちろん報酬は山分けだよ。私も流石にタダで、とか都合のいい事を考えてたりはしない。


「それは構わない。私も良い修行になるしね。」


 うーん、リオネさん、なんで癒神様の眷属なんだろ。絶対闘神系だよね?戦えるならタダでも良いとか、望むところとか、言ってることが癒やしからすごく遠い気がするんだけど。でも前に立てて回復もできるのは素直に嬉しい。ハルと合わせて回復が2人になるから安全性も増すしね。神様のゴーレムは……流石に使い辛いから。そんなわけで、私達はナリュさんの取引が終わり次第街に向かうことになった。


 ちなみにリオネさんは治療自体は行ってないんだけど、前金は返却されない。ここまで来てもらうのにも拘束時間は発生してるからね。つまり、ナリュさんへの支払いがちょっとだけ足りなかった。結果、特産品払いって事になってナリュさんも随分と儲けたみたい。もちろん特産品全部が支払いに充てられたわけじゃないから、残りの特産品はナリュさんがお金で買うみたい。根こそぎ巻き上げてさよなら、みたいなことにはなってなくてよかった。まあ、その場合はツケにするって言ってたから私達が去った後餓死しました、みたいな事にはどっちにしてもならなかったんだけどね。


「私だって鬼じゃないわ。」


 っていうのがナリュさんの言だけど、実際村に無くなられると困るのはナリュさんだから、そりゃあ当然か。その上、今は使徒の前だからそんな阿漕な事をしたら神様に罰せられるかもしれないしね。流石にそれをやる度胸がある人は居ないと思う。ナリュさんは村人から受け取った薬の代金と特産品を受け取り、残りの特産品を今もらったそのお金で買い付ける。うん、なんか頭痛くなりそう。最初から特産品払いでよかったんじゃないだろうか。


 結局、貰ったお金はほとんど特産品に変わってしまった。まあ、元からそのつもりでこの村に来たんだし、その予定のお金だったんだろうけど。ちなみに、村人が差し出してきたのは黄銅貨。対してナリュさんが私に払ったのは青銅貨。黄銅貨100枚で青銅貨1枚の価値がある。青銅貨100枚で金貨1枚だけど、金貨は村での取引じゃ滅多に使われない。私のお薬は実は1つで金貨1枚以上の価値があるんだけど、私もナリュさんもそれを求めるつもりはない。だって、それじゃあ村の人達は助からないからね。私も払える値段でしか売ってないし、ナリュさんも取引の手数料をちょっと上乗せしただけ。だから、今回限りの特別価格って言い含めてある。……大丈夫かな?


 ちなみに、これらの貨幣はこの国でしか使えないらしい。世界共通のお金としては神殿が発行してる神殿金貨ってのがあるらしいけど、金貨って言うだけあってとても高価。国によってはその国の金貨2枚分の価値があったりするみたい。神殿金貨は同じ量の金としか交換してくれないらしいからね。あんまり金が含まれてない金貨なんてのもあったりするらしいし。それ、金貨でいいの?


 なお、神殿金貨の上には聖銀貨と神晶貨がある。聖銀貨は銀じゃなくて聖銀っていう金属で作られたお金。ミスリル、っても呼ばれてるっけ。神晶貨はとても透き通った結晶石のお金で、ここまで来るともうお守りだよね。普通に物を買うのにはとてもじゃないけど使えないよ。ちなみに、神殿金貨1024枚で聖銀貨1枚、聖銀貨1024枚で神晶貨1枚になる。なんでこんな中途半端な枚数なんだろ。


 そんな感じに手早く商談を纏め、村で一泊する。流石に夜中に森の中を彷徨くのは危険だし、その先も街道とは言え夜歩くのはリスクが高い。夜行性の獣も多いしね。ちなみに、夜になると私の眼が光ることに驚いた人も居たけど、例の村みたく変に怖れられたり捕まったりすることはなかった。聖王国の使徒と違って、リオネさんも亜人に偏見はないみたい。


「亜人の件は神様から通達があったからな、今じゃほとんどの使徒が実情を知ってるはずだ。」


 リオネさんは元から偏見を持ってなかったみたいだけど、どうやら神様から使徒たちにお達しがあったみたいで今ではほとんどの使徒が亜人の真実を知ってるみたい。よっぽど変な使徒じゃない限りは亜人に対する態度も改善してるみたいで、今では聖王国でも亜人差別を無くす方向で動いてるみたい。それなら聖王国に行ってみるのもいいかなぁ、って話をしたら数年は止めておいたほうが良いって言われちゃった。国民にまでそれが浸透するにはもう少し時間が必要みたい。私もこの前生贄にされそうになったばかりだからそこは慎重に行動するよ!


 翌日、村を後にした私達は地図を広げてラスラトールに向かう。ナリュさんの護衛依頼の最初の目的地がそこだしね。ホントはその後継続で契約するかを決めるって話だったんだけど、私達がリオネさんに同行するなら一度そこで契約を解除してファルヘリオンに向かうって話になるかも。実はちょっとどうしようかって決めかねてるんだよね。前衛の存在は割と死活問題だし。ナリュさんもラスラトールだったら傭兵も多いから、次の護衛もすぐに見つかるだろうし。ともあれ、まずはラスラトールに着いてからの話。こうして来る時よりも仲間が増えた私達は、意気揚々と街道を進むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る