第5話 二人の秘密

 村はひどい有様だった。獣化症に感染してる人達が村の半数以上に達してる。発症こそしてないけど、皆苦しそう。獣化症にかかると傷がものすごい勢いで回復しちゃうから、パッと見じゃ誰が感染者かわからないんだよね。そして、どうしてか噛まれた人の多くが『自分は発症しない、大丈夫』って言って治療しない。傷の治りを見れば罹ってるのは確実なのに。もしかしたらそれも獣化症の症状なのかも。そうして発症した人が他の人に噛み付いて次の犠牲者を生み出す。


 まあ、治療しないのは治療費が高額だから、って言うのもあるけどね。獣化症を治癒できるのは癒神様の使徒だけ。それも、特に高位の使徒じゃないと治しきれない。そんな高位の使徒は当然タダじゃ治療なんてしてくれないし、そもそも会ってさえくれない。そんな事してくれるのは噂に名高い聖王国の聖女くらいだよ。もちろん、進行を遅らせること位なら低位の使徒でもできるけど、それは永遠に治療費を払う事と同義。あまりに感染が広がれば国が出てきて対処する事もあるけど、その場合は高額な治療費を後から請求されるから大抵は自分を奴隷にするしかなくなる。それどころか、治療できる使徒が居なければ殺されることだってありえる。


 誰だって奴隷にされたり殺されたりなんてしたくない。その結果がこれ。感染を隠した患者が村に被害を広げ、噛まれたり血を浴びたりした人たちが感染して次の感染源になる。ちなみに、この村の最初のの感染者は既に村人達に捕らえられて檻に入れられてる。感染した自覚のある人も自主的に檻に入ってるけど、気付いてない人もいる。血を浴びただけだと気付かなかったりするからね。ちなみに私達を襲ってきた感染者は感染したことに気付いて逃げ出した人たちだ。


「悪い時に来なさったな。見ての通り、獣化症が発生しておりましてな。今、村の者が街に使徒様を呼びに行っておるが、果たして来てくださるかどうか。最悪の場合、村人は全員殺されるやもしれん。……悪いことは言わん。すぐに村を立ち去った方が良い。」


 ナリュさんに案内された村の中心にある屋敷で村長さんがそう忠告してくれる。村の者、と言うのは例の荷車かな。獣化症に罹るのは人族だけだから馬自体は大丈夫なはず。問題は人の方。最悪、その場で殺される可能性だってある。ちらっとすれ違った時にドクロマークは付いてなかったから感染はしてないと思うけど、街の人達にそれは判らないからね。ちょっとだけ心配かも。


 ともかく、元に戻した感染者だった人たちを村長さんに引き渡す。気絶してるからしばらくは起きないと思うけど。村長さんも逃げたのは知ってたみたいで、他の村に迷惑をかけたらどうしようかと悩んでいたところらしい。ものすごく感謝された。ちなみに連れてきた元感染者達は檻に入れられるみたい。……もう治ってるのに。


「実は、ぼく達は獣化症の特効薬を持ってるんだ。その人達にも飲ませてる。」

「そ、それは本当ですか?」


 ハルの説明に驚きの声を上げる村長さん達。疑い半分、奇跡に縋る気持ち半分、ってとこかな。もし本当なら村人全員が助かる。偽物なら使徒に払うお金がなくなる。簡単に信用なんて出来ないだろう。そんな物にお金は払えないって選択肢も当然あると思う。でも、それで死なれても寝覚めが悪いんだよね。まあ、これは神様から貰った物だし、無償提供しても良いんじゃないかな。


「ここは私が立て替えるよ。それで、効果があったら色つけて払ってくれればいい……って所でどうかな。」


 そう考えてたら、ナリュさんが立て替えるってことで話が進んでしまった。効果があるのは見て知ってるからね。ちゃっかりしてるなぁ。まあ、ナリュさんは村の人達と顔見知りだから、私が交渉するよりは安心できるかも。その方向で話もまとまったので、ナリュさんからお金を貰って代わりに治癒薬を出す。まずは感染者に、と思ったけど、まだ潜伏期間の人も居るんだよね。村の人には潜伏期間の感染者はわからないし、薬には確か予防効果もあったはずだから全員に飲んでもらった方が良いかも。


 渡した治癒薬を飲ませると、獣化してた人たちが瞬く間に元に戻っていく。さすがは神様のくれたお薬だ。効果を見て村の人達も目を丸くしている。効果が確かなのを見て取った村長さん達も購入を決めてくれたみたい。村のお金は使徒を呼びに行った人が持ってるから、後でナリュさんに払うことになってる。……大丈夫かな。


 ナリュさんがお金の交渉をしてる間に、地図に表示された怪しいマークを調べて回る。どうやらこれ、獣化症の人が流した血みたい。お薬をかけて回ると地図から怪しいマークが消えていく。でも、これ何のマークだろう。刺又を持った歯車?神様の世界の記号か何かだろうか。ドクロはわかり易かったけど、これはよくわかんないな。マークは森のなかにもあって、ちょっと大変だった。まあ、こっちはサービスでいいよね?


「さて、話を聞かせてもらうよ。」


 私達が別行動をしたもう一つの目的はこっち。ハルに私の秘密を話すためだ。特に隠すような事もないから生贄にされてからの話を全部伝える。信じてもらえるかだけが心配だったけど、それは杞憂だったみたい。まあ、実際証拠の<ちーと>もあるしね。私の話が終わったら今度はハルの番。亜人だろうとは思ってたけど、ハルの正体は獣化族ライカンスロープだった。鳥に変身するらしい。


 ハルの姿が一瞬で変わる。胸のあたりに輝く魔力石が獣化族である証。ちなみにオウギワシっていう鳥らしいんだけど、聞いたことがない。まあ、獣化族が変身する動物はこの世界の動物とちょっと違う事が多いから、知らないのも当然かもしれない。確か神様は異世界の動物、って言ってたけっけ。


 逆に獣化症で変身する動物はこの世界で見かける動物。今日襲ってきた熊の獣化症感染者はアサルトベアっていう種類。前脚の爪が二股に分かれているのと、腕の内側に隠し爪があってベアハッグの際に飛び出して獲物に食い込むっていうすごく嫌な特徴がある。どっちも殺傷能力が高いので、獣化症患者じゃない普通の動物の場合でも遠慮したい相手。〈がーどろぼっと〉が居てくれて良かった。


 ちなみに、獣化族も獣化症患者も動物になってる時は言葉を喋ることは出来ない。でも、獣化族は獣化中でも魔術を使うことができる。それが大きな違い。発声を必要としない魔術に限られるけど、獣化族の人たちが使う魔術は極めると発声が要らなくなるものばかり。私達と違って真名を取得する必要はあるけど、名神様の加護を得るための特別な儀式が伝わってるらしいから、魔術を使える人は結構多い。


 ハルが得意なのは風の魔術と治癒魔術。治癒魔術は人族の場合は癒神様の神術を使う場合が多いんだけど、亜人種は魔術で行う。ハルの治癒魔術は達人の域に達しているので発動にかかる時間がものすごく短い。命に関わる魔術だけにこれは大きなアドバンテージだ。風の魔術の方は嵐を起こして相手を転倒させる魔術。矢避けの効果もあるので、防御にも攻撃にも使える便利な術だ。


 一応だけど、嵐の魔術は私にも使えることは使える。魔族は魔術への親和性が高いからね。けど、発動に時間が掛かるからハルみたいにとっさの盾にするのには向いてない。良いんだ、私が得意なのは火と水の魔術だから。炎の剣を作り出す魔術と水の剣を作り出す魔術。どっちも身長の倍以上の長さにできるから遠距離を攻撃できる。だけど、実体がないから攻撃を受けるのには使えない。水の剣なんかは逆に相手の剣を真っ二つにしちゃうからやってやれない事もないんだけど、受け方が悪いと折れた剣で怪我をする羽目になる。前衛の不在は私達の最大の問題点だね。〈がーどろぼっと〉は人前で使い辛いから、誰か前衛を入れた方が良いのかも。


 一通り話し終えた辺りでナリュさんが村長さんの家を出た。話がまとまったみたいだね。こっちも合流するために村に戻る。もちろん、ハルはちゃんと人の姿に戻ってる。ちなみに、獣化族は変身する時に服とか武器とかを亜空間に収納する。そして、人に戻るとそれが自動で元に戻る。獣化症患者だと服が破れるから、それも大きな違いだね。変化も獣化症患者みたいにだんだんと獣に変わるわけじゃなくて一瞬で変化する感じ。もちろん戻る時も一瞬。持ってた荷物も一緒に収納されるから、荷物運びのお仕事とかしてる人も居る。人族と結構交流があるから比較的存在は知られてるけど、亜人の少ない地域だと獣化症患者と混同されることも多い。


「あ、こんなとこに居た。」


 ナリュさんと合流して村長さんの家に。街に使徒を呼びに行った人を連れ戻すために早馬を飛ばしたらしいので、それが戻ってくるまで滞在することになったみたい。もちろん滞在費はタダ。時間的には私達が滞在した宿場町辺りで追いつく見込みみたい。この辺は街と街のちょうど中間くらいだからどっちの街に行くにしても1泊はしないといけない。だから使徒に会う前に追いつくはず。と言うのが村長さんの話。でも、その『はず』ってのが妙に不安を煽るよね。そして、私の懸念は残念なことに的中してしまう。そう、その日の夜に村人が戻ってきた時、その傍らには1人の使徒が居たのだ。

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