第4話 獣化症

「朝だ。」


 夜は交代で見張りをしてたから、ちょっとだけ眠い。ハルは夜目が効かないから私が深夜でハルが早朝の分担だった。実は魔族マギアレイスは周囲を魔力的に見ることが出来るので、夜でも普通に視界を確保できるのだ、えへん。そんなわけでこれからも私が暗い時間担当になりそう。そんな事を考えながら朝食を食べる。この手のお宿は夕食以外は出ないのが普通なんだけど、ここは朝食付きだった。ちょっと得した感じ。


「でしょ?前に護衛してもらった傭兵さんに教えてもらったのよー。」


 ナリュさんが得意げにそう言う。安いお宿だけど値段の割にサービスしっかりしてるし、ここは覚えてて損はないね。そう思ったら地図上に印がついた。なにこれ?広げたり縮めたりして確認する。印を触ってみると地図の上に何か文字が表示される。うわ、これ私の感想?他にも[道順を表示する]とか、[付近のお店を探す]とか、色々と表示される。この地図すごい。……目に見えない地図を触ってるから周りから変な顔されるのだけが難点だけど。


 地図の上には他にもいろんなマーカーが表示されてる。最近気づいたんだけど、青とか赤とかの点は人を表してるみたい。パーティメンバーは緑で、赤はステータス見たら犯罪歴があったからたぶん悪人。だいたいは青だからこれは中立の人なのかな。今のところハルが緑。あとナリュさんは青だけど変なマークがついてる。何だろうと思って触ってみたら[要護衛対象]って書いてあった。なるほど。


「ふむ、これはかなり便利だね。」


 私が表示した地図を覗き込むようにしてハルが話しかけてくる。……って、見えてるのっ!?どうやら、私のパーティメンバー扱いだから見えるようになったみたい。良かった、これでハルにだけは変人扱いされずに済む。ほっと胸を撫で下ろす私。1人でも解ってくれる人が居るってありがたいよね。ナリュさんには割と変な顔されてるけど、まあ、こればかりは仕方ない。


 宿場町を出て街道沿いに進む。宿場町に門がないもう1つの理由はこの辺は治安がいいから。貴族様が通る可能性があるので、定期的に見回りが目を光らせてる。逆に言えば、貴族様が通る可能性がない道は見回りも疎かってこと。これからナリュさんが向かうのもそんな道だった。目的地は隣街なので後2つくらい宿場町を超えた向こうなんだけど、途中で商品の買い付けをするために街道から外れた所にある村に寄るんだとか。だんだんと道が馬車1台通るのがやっと位の広さになっていく。途中で街に向かう荷車を見たけど人と会ったのはそれっきり。


「結構寂しいとこなんですね。」

「まあ、生活が村の中で完結してるからね。年に一度の納税の時くらいしか村から出ないから。」


 ナリュさんからすれば、さっき人とすれ違ったことにびっくりしてたみたい。空の荷車だったから街に何か買い付けに行くところだったんだろうか。それにしては妙に焦っていたような。そう思いながら道を進んでいくと……。うわ、何これ。地図が真っ赤に染まってる。これ、すごく拙いんじゃ。そう思ってハルを見ればハルも難しい顔をしている。ナリュさんだけがわけがわからずに訝しげにしてる。うん、ごめん。


「この先に何か居る。」


 ハルがナリュさんに短く説明する。村への道が続く森の中から出てきたのは……無数の熊?いや、違う。あれは熊なんかじゃない。その証拠に白目が真っ黒に染まってる。それに、身体から溢れ出る馬鹿みたいな魔力。これはもう間違いない。普通の獣がこんなに魔力を溢れさせてるわけもないし、こんな目の色をしてるわけもない。間違いない。獣化症患者ライカンスローピィだ。


獣化族ライカンスロープ!?」

「「違う!」」


 ナリュさんの叫びに私達2人の声が重なった。獣化族は亜人、獣化症患者は病気に罹った人族だ。その本質も、由来も、何もかもが違う。獣化族はれっきとした女神様の被造物なのだから。でも、今はその違いを説明している場合じゃない。今はここを切り抜けるのが先決だ。普通の獣であればただ殺せばいいけど、獣化症患者を殺す訳にはいかない。これはすごく厄介だ。とりあえず、気絶させれば一時的に人に戻るはず。


「ハル、気絶させる方向で!」

「了解!」


 そう合図し合って陣形を整えようとした所で、はたと気づく。あ、もしかして私達2人とも後衛?そう、ハルは魔術師だ。武器はクォータースタッフだけど、基本的には攻撃を受け流すために使う。そして私も魔術師。なんせ魔族だからね。つまり、前衛が居ない。これは非常に拙い。もちろん護衛対象のナリュさんは最後衛。……仕方ない。私は〈ちーと〉を起動して半透明の本を出現させる。この本は欲しいものを登録しておくとその場で作り出すことが出来る神様の魔術具だ。ちなみにやっぱり私にしか見えない。あ、今はハルも見れるようになったんだっけ。いや、今はそんな事はどうでもいい。


 本に欲しいものを念じるとページが独りでに捲れる。まだなんにも登録していない本だけど、女神様がおまけで登録してくれた設計図がある。その中から今必要なものが自動で選択される。えーと、〈がーどろぼっと〉?やっぱりよく判らない言語が並んでるけど、何故か読むことが出来る。私が心の中で念じたその言葉に応じて、私達の前に鎧の騎士が現れた。


「え、これ、ゴーレム!?」


 ナリュさんがそれを見て驚きの声を上げる。でも、説明は後。今は獣化症患者をどうにかしなければならない。〈がーどろぼっと〉に殺さないように命令しながら陣形を整える。〈がーどろぼっと〉は〈すたんろっど〉を使用しますか?って訊いてきたので、よく判らないけど了承しておいた。神様が作ったものだし、大丈夫だよねきっと。〈がーどろぼっと〉が前に出て壁を作ってる間にこっちは魔術を準備する。私の身体の魔力線が光を帯びて、魔術が完成する。


「バインディングヴァイン!」


 私を中心に魔力が広がっていき、魔術で作った蔓が獣化症患者を縛り付ける。ハルも風の魔術で転ばせて動きを封じている。それを抜けてきたのが数体居たが、〈がーどろぼっと〉が持った棒のようなもので殴られたら一瞬で気を失ってしまった。さすがは女神様の設計図、すごい。動きを封じた残りの獣化症患者も次々と〈すたんろっど〉とやらで殴られたら気を失って人間に戻ってしまった。


「ルニア、こんな魔術を使えたんだね。」

「ゴーレムなんて初めて見たよー。」

「あ、あはは。えっと、それより獣化症患者ライカンスローピィが何でこんなに居たんだろうね?」


 獣化症患者を縛り付けた後、2人が詰め寄ってきた。どうやって説明しようか定まっていなかった私は慌てて話を逸らす。獣化症患者は噛んだ相手に感染するからおかしくはないんだけど、今はそれどころじゃない。時間さえ稼げれば良いんだ。人の姿に戻ったうちの何人かにナリュさんが知ってる人が居た。獣化症にかかってるこの人たちは村人で間違いなさそう。問題は誰が感染源か、だね。


「とりあえず、ここにいる人達だけでも治しちゃおうか。」

「え?」

「治せるのかい?」


 私の言葉に2人が驚いた顔をする。出来るか出来ないかで言えば出来る。まあ、神頼みってやつ?私の持ってる〈ちーと〉[瞬間物質創世]の中には女神様が入れてくれた治癒薬の設計図が入ってる。その中に病気を治す物もあったはず。早速治癒薬を取り出すふりをして創生し、飲ませていく。地図の光点についてるドクロマークが消えたからこれ病気消えたってことでいいんだろうか。突いてみれば状態異常の項目に気絶しか書かれていない。遠くの村に見えるドクロマーク付きの方には状態異常に獣化症って書いてあるから間違いなさそう。さすがは神様がくれた能力だけあってとても便利。


「後で話を聞かせてもらうからね。」


 そんな事考えてたらハルが耳元でそう囁いてくる。う、なんか余計に言い訳考えなきゃいけないことが増えたような……ちょっと藪蛇だったかな?いや、ハルはこれから長い付き合いになるんだし話しておいた方が良いよね。あとはナリュさんだけど、こっちはハルに話した後に一緒に相談しよう。そんな事を考えながら私は元患者を連れて村へと向かう提案をしたのだった。

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