第3話 旅は道連れ

「なに、してるの?」


 傭兵協会のカウンターの前でにらみ合う男と私。これがかっこいい男の子とかだったら私も嬉しかったんだけど、何の因果か相手は人間のクズ。亜人種の私を見下す排他主義者。で、そんな状況なんで周りはみんな見て見ぬふりだったんだけど、そこに空気を読まずに話しかけてきた女の人が居た。背が高くて、スラリとした美人さん。髪は白と濃灰色の斑……人間にはない色だから亜人種かな?


「げ、ハルーシャ!」


 ハルーシャさん、というらしいその人を見た男が露骨に嫌そうな顔をする。どうやら結構な有力者さんらしい。協会の中の雰囲気が明らかにホッとしたものに変わる。対して、男の顔はみるみる苦虫でも噛み潰したように変わる。どうやら、男はハルーシャさんの事が苦手みたい。


「ぼくに敵わないからって新人さんイビリ?感心しないよ。」

「て、てめぇ……!」


 男は顔を真っ赤にしてプルプル震えてたけど、ハルーシャさんが「やるの?」って訊いたら「覚えてろ!」って捨て台詞を言って慌てて逃げてった。ちょっとスッキリした。っと、助けてもらったんだからお礼をしないとね。


「ありがとうございます、ハルーシャさん。」

「ハル、でいいよ。」


 ハルーシャさん改めハルさんはお礼を言われ慣れてないのか、少し照れくさそうにそう言った。親しい人はそう呼ぶらしい。私が傭兵登録に来たことを話すと、親切にいろいろと教えてくれて傭兵登録はあっさりと終わった。カウンターのお姉さんもにこやかに対応してくれて、特に亜人種だからって変な制限がついたりとかもしなかった。あの男が特別だっただけみたい。


「それで、ルニアちゃんはこれからどうするつもり?」

「……あ、えっと、一応私成人してるので……こう見えて17歳。」


 うん、発育が足りないとはよく言われるけど、こう見えても成人はしてる。いや、種族的な問題じゃなくて私個人の問題ね。集落でも子供にしか見えないとか散々言われたっけ。そう言えば傭兵登録の時は個人情報だからって言ってハルさんは見てなかったんだよね。そのへんの説明は受付のお姉さんがしてくれたし。


「……ぼくより年上。ぼく、15歳だから。」

「え……?」


 今度は私が驚く番。すらりとして背も高かったから20歳位だろうと勝手に思ってたんだけど、まさかの年下ですよ。びっくりだよ。ぐぬぬ……その身長が恨めしい。どうしよう、ハルちゃん、とか呼ぶべきなんだろうか。でも、なんかそれはそれで違和感が……。


「え、と。それで。ルニア、さんはこれからどうする?」

「あー、ルニア、でいいよ。」

「じゃあ、私もハル、で。」


 そんなやり取りをしながらこれからの予定を話す。人間の国をいろいろと見て回りたいから、行商の護衛をしながら色んな所を回るつもりなんだよね、私。それを伝えると、とても驚かれた。傭兵になりたてで慣れてもいないのにいきなり旅は無謀だ、とか。護衛任務を1人で請け負うのは無理がある、とか。確かに傭兵については何も知らないんだよね、私。ほとんど神様の受け売りと〈へるぷ〉任せだし。


「うん。決めた。ぼく、キミと一緒に旅をするよ。」

「ふぇ!?」


 私の話を聞いたハルは何かを決意したような顔になると、いきなりそんな事を言い始めた。思いもしない提案にびっくりする。よくよく話を聞いてみれば、元々ハルは新人の私にレクチャーしてくれるつもりだったみたい。そんなに頼りなく見えたんだろうか。そう思って自分を見てみれば、服こそ神様から貰った小奇麗な服だけど、武器も鎧も着ていない。……たしかに頼りないね。一人で旅するよりは心強いから私としてはありがたいけど、良いの?


「そろそろこの街を出ようと思ってたし。」


 どうやら、ハルもそろそろ旅に出ようと思ってたらしい。最後の仕事に新人教育でも、と思ってたとこに私がトラブルに巻き込まれてたから渡りに船って事だったみたい。なら、いっか。じゃあよろしく、と握手を求める。それから私達は旅に必要なものを買い揃えて傭兵協会に戻る。護衛依頼を探すためだ。幸いさっきの男は居ないみたい。今がチャンス、とばかりに掲示板で良さそうな依頼を探す。


 私達が請け負ったのは商人さんの護衛。女性の商人さんなので、護衛も女性で、という指定だった。女性だけの傭兵というのは少ないみたいで、結構長いこと掲示されっ放しの依頼だったみたい。依頼主に会ったら泣いて喜ばれた。なんでも、大きな商隊にお金を払って混ぜてもらうか、決死の覚悟で移動するか、そろそろ決断を迫られていたところだったらしい。滞在費の余裕も無くなりそうとのことで、契約を締結次第街を出ることになった。


 門を出ると、道がまっすぐに続いている。きれいに整えられた真っ直ぐな道。さすがは人間の領域だけはある。人の往来も多いから、これなら賊に襲われる心配もなさそう。ハルや商人さんと他愛のない話をしながら街道を進む。商人さんの名前はナリュさんっていうらしい。20歳だから私達よりは年上。旅商人として街と街の間を移動しながら特産品のやり取りをしているらしい。ちなみに、まずは隣の街まで護衛して、その後契約を更新するかどうかは働き次第、ってことになってる。


 暫く街道を進むとだんだんと人が減り始める。近くの村に向かう道だったり、別の国に向かう道だったりに分かれるから。私達の目的地は隣街なので、しばらくはおっきな道を進むことになる。おっきな道は所々に宿場町があるから、野宿する必要がない。だいたい徒歩で半日位の距離ごとに宿場町がある感じ。それから馬車で半日位の距離毎にちょっと大きめの街がある。


 街と宿場町の一番大きな違いは門の有無。旅行者向けに自然と宿が集まってできたのが宿場町。対して街は貴族、という人間の偉い人たちが自分たちの都合で作り出したもの。宿場町に住んでるのが宿や食事処の関係者ばかりなのに対して、街には色んな人達がいる。ちなみに村は農業や狩猟をする人達が集まってできたもの。……と、ナリュさんが教えてくれた。ちなみに、私達亜人の場合は村と同じ感じで人が集まって集落を作る。そして、それが集まって国になる。聖王国のような神殿が力を持ってるところは街どころか村も神殿の都合で作られるらしいから、そのへんはちょっと特殊らしい。


 私達が泊まったのはそんな旅人向けの安宿。宿場町の宿は貴族向けの高級店を除けば身の安全は自分で確保しないといけない。ナリュさんは依頼主だから当然見張りには数えない。だから私とハルで交互に見張りを立てることにする。この辺は野宿するのとあまり変わらない。一人で護衛は無謀、と言ってたのはこの辺が理由。確かに、ずっと起きておくのは無理だからね。


 宿泊費はナリュさん持ちなので、当然泊まるのは一番安い宿。結構お金ギリギリって言ってたし。それでも雨風をしのげる壁と藁のベッドがあるのは大きい。それに、ご飯。保存食は栄養と保存を最優先にしてるから味が微妙なんだよね。試しに一つ食べてみたけど、硬いわ塩っぱいわでお世辞にも美味しいとは言えなかった。そんなわけで、保存食に比べれば格段に美味しいご飯にありついた私達は、明日に備えて休息をとったのだった。

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