第17話 加速する勘違い。

トーテムの街、そこに住む男爵であるザベルニオ・ダーリンは、茜色の空が暗くなる様子を窓から眺めながら屋敷の廊下を歩く。


「ジール、ツファルガン伯爵に出す料理の準備はできているか?」

「既にご用意できております。それと、メイドに伯爵様を食堂にお連れする様に遣りましたので、ザベルニオ様が食堂にお着きになる少し後にいらっしゃると思われます」

ザベルニオの斜め後ろを歩く、白髪の背筋が伸びた老人は、歩きながら淡々と答える。

ザベルニオが1を聞くと、2、3で返すのが執事の役割であり、ジールは次に聞かれるであろう事を一緒に教える。


「ふむ、そうか。あとザドル卿は今どこにいる? 客室か?」

「…そうでございますが、どうにもお疲れのご様子でして、娼婦の方々も既にお帰りになっております」

「何? あの好色坊ちゃんが娼婦を返すだと? 確かあれは俺が用意した高級娼婦のはずだが、何か無礼でも働いたか?」

歩きながらザベルニオは少し眉を潜ませる。

いくら爵位を持たない子供であっても、それが伯爵の息子であれば、少しの無礼でも男爵のクビが飛ぶ可能性がある。


男爵邸に滞在したときから、随分と部屋で盛んでいたとメイドから聞いていたので、娼婦に問題があった様には思えない。


なら、一体ーーー


「…それが、どうにも『例の人物』の護衛の方に接触してから、顕著に気分を下げていらっしゃるご様子で」

「…報告では、確かかなりの美女で構成された護衛と聞いたが、まさか接触するとは。っち、注意しておくべきだったが」

あからさまな舌打ちをするザベルニオに、直ぐに周りを確認するジール。

こんな姿をメイドにでも見られたら、裏で酒のつまみにでもされてしまう。

ジールとしてはもう少し注意して欲しいところだが、流石に爵位を継いだばかりの人にそこまで要求できない。


「…手酷く振られたか。それとも何かやられたか? ジール、問題は起こっていないんだな?」

「はい、問題は一切ございません。報告によると、例の護衛の方々に終始会話を誘導させられたらしく、その事に疲弊なさった様で」

「まぁまだ学生の子供だから仕方がないか」

若干のため息を漏らしつつも、まだ学生の身分である事を考慮して大事にならなかった事に安堵する。

ザベルニオにとっては、別に問題が無ければどうなってもいい。



「よし、ではいこう」

そして廊下を進み大きな両扉の前まで来ると、ジールがゆっくりと開けた扉の先に足を踏み入れた。





◇◆◇◆◇◆◇◆

「それで、ザベルニオ男爵。例の件は大丈夫ですか?」

「えぇ、勿論です。予定も開けたので王宮パーティには参加できそうです」

「そうですか! それは良かった。これで私の担当する地域の出席が多くなりますね」

高級モンスターの霜降り肉。そのソテーにナイフを入れながら男爵と伯爵は歓談する。

安心した様に息を吐くツファルガン伯爵。


王都で開かれるパーティ、このパーティは経済成長の他に、ドーラン王国に属する貴族の忠誠心を測る意味合いもあって、出席する事が暗黙の了解で求められている。

そうであるため、それぞれ伯爵、侯爵、公爵の上級貴族が担当する地域に住む貴族を、彼らは積極的に参加させる必要が出て来る。

上級貴族の庇護下にいる下級貴族が出席しなければ、メンツに関わる上に、忠誠心を疑われかねない。


「そう言えば、息子から聞いたのですが随分と高貴な身分の方がこの街にいるとか。少し噂を聞きましてな。民衆も大層立派な馬車を見たとか」

貴族の嗜みとして会話を途切れさせない様に、ツファルガン伯爵は共に来ていたメイドからの情報を何と無く口にする。


帝国の国境にあるこの街は、外内問わず結構の貴族が通りかかる為にこう言った事はよくあるが、それでもメイドがわざわざ知らせて来るくらいに高貴な馬車だったらしく、少し興味がある伯爵。


「…高貴な身分の方、ですか。一応は我々もその方々を把握しているのですが、詳しい情報は持ってないのです。ですが、推測になりますが、帝国の庶子ではないかと」

「…ふむ、理由を聞いても?」

余りにも曖昧な答えに不思議に思った伯爵は、男爵に促す様に話させた。


なぜ、身分を確定できていないのか。

なぜ、帝国の庶子と思ったか。


男爵は順を追って話す。

快斗達が街についた時のこと、馬車の外見、圧倒的なまでの護衛の強さ。


「…っっ! なに、 150だと?! 冗談ではあるまいな?」

「も、勿論です!」

あり得ない、その感情が伯爵の心中に渦巻く。

怖い表情でナイフをテーブルに置く伯爵に、思わず男爵は萎縮してしまう。


「…もし本当に帝国の隠し戦力として存在するとするなら、その方は帝国の皇子という可能性はないのか?」

「…似顔絵を書かせて拝見しましたが、私が知る皇子の顔とは一致しませんでした」

「…そうか。だから庶子ではと判断したのか」

一国の王子であれば、子が生まれればお祭りのごとく祝われ、成人を迎えたならば国中から祝福の声が上がる。

それが帝国だ。

そんな国の王子の顔を、貴族が把握していないわけがない。


その上、確か今の皇帝は珍しい事に妾もいないため、妾の子供はと言った可能性もない。


なら庶子、それも150レベルという戦力を護衛に置くほどの溺愛された子供と推測が行くのは自然だ。


「この事はまだ国王陛下には?」

「明後日に街に来る視察団に方に渡して貰おうと、一筆しております」

「…そうか。ではザベルニオ男爵、そのレベルの情報が正しいのであれば、かなりまずい事になるだろう。どう言った理由でドーラン王国に来たか定かではないが、そこまでの戦力を隠すカルバット帝国の思惑、そしてそこまで溺愛された子が祖国を離れる事、…もしや内乱か?」

「っ、伯爵、滅多な事でそう言ったことを言われましては…」

深く考え込んで、自分の意見を漏らす様に言葉にした伯爵に、男爵は思わず慌てる。


戦争がなくなって早300年。

既に3世紀もの時が経ったが、それでもそう言った戦事の話はタブーであるとされている。

今はどの国も落ち着き、それぞれが成長しようとしているのだ。

こんな状況でわざわざ裸で爆弾を抱える必要はない。


「…だが内乱ではなく他国への侵略であればどうする? 150レベルもの戦力をわざわざ隠す理由が分からない。居るだけで他国への牽制になる上に、国内での不穏な種も自然と消滅するはずだ。…そんな戦力を護衛として使う理由」

そのまま伯爵は自分の考えを述べる。


その庶子は皇帝の寵愛を受けており、次期の皇帝の座に推薦されている可能性。

そうであれば、皇子同士の争いになり、自らが支持する皇子のために貴族も動くだろう。

これが内戦の火蓋になり、それを避けるために国外へ逃がしている途中。



そして他国の侵略の場合。

その子供は視察へ来ているのではないだろうか、と言う考え。

王国内部の状況を把握する事で、どこから崩しにかかるかの計算のためか。



「…どちらにしても国王陛下に伺いを建てる必要があるか。それで男爵。ちゃんと監視はつけて居るんだろう?」

「えぇ、勿論です。ですが、監視にこの街の冒険者を雇ったのですがそれもたかが知れてます。なので、伯爵には監視のための人材を派遣していただきたいのです」

「なんだ、そんなことか。分かった、この後にすぐに手配する」

少し困った表情でお願いをする男爵に、伯爵は即答した。

流石に150レベルもの護衛の監視をするのは、いくら伯爵のつてで頼ろうとできるものなど知らない。

だが、男爵の街にいる冒険者よりはマシな者が居るはずだ。



内心に不安を抱きながらも、男爵と伯爵は素早く夕食を終えた。






◇◆◇◆◇◆◇◆





目的地を王都に定めた快斗は、ある程度街を堪能した後に宿に戻った。


時刻は、快斗の持つ腕時計に依ると22時前後。

夕食は宿代に含まれていたので、一階にあるロビーで美味しくいただいた。

その時に丁度、同じ宿に泊まっていた貴族らしいご夫婦と少し喋る機会があったが、どうらや彼らも王都には行ったことがあるらしく、色々なことを聞かせてもらった。

あの二つのイベントだけでなく、国が運営する施設が多くあり、観光にはオススメであるらしい。

本当に楽しみだと、快斗は気分を上げて夕食を終えた。




そして今、ベッドで横になりながらメニューバーを開いている。

部屋に備え付けてあるバスルームから断続的なシャワー音が聞こえ、あらぬ妄想に浸りそうになるのに耐えながら、スキルとパラメータについて考える。


正直に言えば、急がなければならない程危機が迫っているわけではない。

武器屋に居た時に話した男によれば、王国内においての強さの平均は、この街よりも10レベル程強いという話ではあった。


しかし、何となくレベルについて聞いた時に、驚くことにこの国にはレベル100が10人前後と、『壁越え』は数名に留まっているらしい事を聞き、快斗はかなり落胆したと同時に、安堵する。


ゲーマーの気持ち的には、強いライバルとなる人がいないことはつまらない事だが、現実となった今は身の安全を第一に考えればならなく、かなり良い情報だ。


快斗を守る女性兵士達は誰もが130レベルであり、アミエルに至っては150レベルだ。

どうあがいても彼女達を突破して快斗に刃を届かせるのは難しいだろう。

彼女達は運営が用意しただけあって、生産系特化はいないものの、戦闘面においてはバランス重視の構成である。


だから快斗は、自分の戦闘スタイルは戦闘系ではなく、生産系が良いのではないかと思っている。

しかし、生産系で今欲しいのは特にこれといったのは存在しない。

レベル上限はかかっているが、最高峰とも言える装備達が系統別で揃っていて、後はポーションやブースト剤、その他の必要なものも既にかなりの数がある。

持ち物欄を金に物を言わせて所有上限を上げているため、消耗品以外の物もある程度あり、今更必要なものはない。


「…でも戦闘面ではアミエル達がいるしなぁ。サポート系はコルティエラにレンやラン。後は回復にキャンティがいるし」

正直戦闘面では、今更育てた所で追いつくまでに時間もかかる上に、必要性も感じていない。


「…なら、バランス良く行くか、特殊系で行くか…」

二つに一つではあるものの、バランス系はパッとしない育成方針であるために、そこまで気乗りしない。

特殊系だと育てるのは楽しいが、失敗した時が怖いのが引っかかっている。


あまりの平穏さにゲーム脳が抜けきっていない思考だが、快斗が考える成長ルートは最強へ向けての最善の選択が選ばれている。

伊達に200レベルに達していない。

二つを選ぶ際の成長ルートはある程度把握しているために、後は選ぶだけだ。


「あのー、カイト様、先程からどうしたんですかぁー?」

煮詰まっていた快斗の思考に、ゆったりとした声が耳に届いた。


パッとメニューバーから視線を外すと、先程風呂に入ったせいかまだ髪が濡れているキャンティが快斗のベットに近づいてきていた。

服はないため、上着の軍服は脱いだ状態の、下に着る薄手のTシャツ姿である。

僅かに濡れた髪から垂れる水滴が、黒のTシャツを濡らしたのか、肌に張り付いている。


「あぁ、じつはステータスをどう振ろうか迷ってね」

「そう言えばカイト様って自分でステータスを振ることができたんですねぇー。羨ましいです」

「まぁね。キャンティ達はわざわざ協会まで行かなきゃいけなかったんだっけ?」

「そうなんですよー。アイテムは教会にしかないし、時間もかかったので大変でした」

以前にアミエルに聞いた内容によれば、NPCである彼女達は、レベルアップの際には教会に行き、専用のアイテム『ステータス設定板』を使ってやらければいけなかったとの事だ。


これも記憶が自動的に調節されたのかな、と感じる快斗。


「それで、カイト様はどう言った方向へ進むんですか?」

「戦闘面はキャンティ達がいるし、生産面でも必要なものは既に持っている。まぁこの方向に進んでもいいけど、意味はないしなぁ。ならバランス系か特殊系に進むかで迷ってるんだよ」

「そうですねぇ、確かに護衛は私たちがいますしねー。…じゃぁ特殊な方向でいいんじゃないでしょうか?」

少し考えるように、幼い顔を傾けて瞳を閉じたキャンティは、すぐにぱっと表情を明るくして口を開いた。


「そうだよねぇ、じゃぁそっち系にしようかな。どうせ最終手段でステータスリセットがあるし」

快斗は目の前のキャンティの純粋な笑顔に、何と無く流されて見ることにした。


「ありがとう、キャンティ」

「いえ、大丈夫ですよー。じゃぁ私は髪を乾かして来ますねー」

ベッドから立ち上がってキャンティに感謝をすると、彼女は笑顔を向けて濡れた髪に手を当てながらバスルームへと歩いて行った。


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