第8話 高級宿屋に泊まろうの巻。


快斗達が組合に入っていった頃、キャンティ達は指示通りに組合入口脇の壁に沿う様に馬車を止めた。


「おっとと、スレイプニル君、大人しく待ってるんだよー」

「あら、この子ってオスなの?」

「んー、さぁ二匹いるんだし番いじゃないかなー?」

どうせ暇な時間なため、各自が好きな時間つぶしに入る。

脇でぼーっとしている者や、武器の手入れを始めの者、全く同じ顔の二人が同じポーズで遊び出す者。

そしてキャンティは大人しいスレイプニルの体毛を優しく撫でていた。


同じく暇をしていたフローラがなんとなく聞こえたキャンティの言葉に反応する。


「それにしても私達って随分目立ってるよねー。すごい視線だよ」

「あら、そうかしら? 本当ね、鬱陶しいわ」

この道行人々から明らかに見られていることに気がつかなかったフローラに少し驚く。

特別キャンティが視線に敏感というわけじゃ無く、フローラが鈍感すぎる様だ。

一体どういったところで育ったのかと疑問に思うキャンティだが、不思議と詳しい過去を思い出すことができない為、考えることを断念する。


「おーい、嬢ちゃん達よ。なーにしてんのよ。まさかナンパ待ちってか? ギャハハ!」

「へぇ、随分と可愛い子揃ってんじゃん」

そんな随分と下賎な台詞とともにキャンティ達がいる馬車に近づいてきたのは、武器防具に身を包んだ冒険者風の男達だ。

汚い笑い声をあげるのは筋肉質な男であり、その後に続いたのはマントをつけた魔法使い風の男。

インテリぶって眼鏡をかけているが、言動から直ぐに教養のなさが伺える。


ーーー面倒だなぁ。 って! もう、フローラ前に出ないでよー!


キャンティが面倒ごとの予感がした為不快感に顔を歪め、フローラは髪を手で払うと堂々と前に出る。


「あら? 可愛いだなんて嬉しいわ。それにナンパ待ちじゃ無いの。分かったら去ってくれないかしら?」

綺麗な口元が上品にも三日月型に変わる。

フローラ的には上品に去ってくれることをお願いしたつもりだが、その上品な口調が気に障った男達は、一瞬顔を歪めて口元をヒクつかせる。


ーーーあ、あーあー。私はしーらない。

後ろで見ていたキャンティは、これから予想される出来事に目を瞑ることにした。

先程からキャンティ以外の女性兵士の面々は馬車に被害が出ないのであれば無関心を貫く方針らしく、全く関与してきていない。

それにキャンティとて、この場をうまく収める方法など知らないのだ。

なら、騒動になるにせよ堂々としたフローラに任せることにした。


「あん? 随分と綺麗な言葉使うじゃねーか。なんだあんた、貴族かなんかかぁ?」

「いいえ、私は見ての通り一般の兵士よ? それより貴方、それ以上近づかないでくれないかしら?」

一歩前に出た筋肉質な男に対し、フローラは一瞬顔を歪め一歩下がる。


ーーー少し臭いのよね。これ以上近づかれてスレイプニルが暴れたらどうするのよ。

馬は匂いに敏感だ。

それにいくらスレイプニルという比較的知性が高い生き物でも、人間の様に我慢することはあまり無い。

これ以上近づかれたら勢い余ったスレイプニルの後ろ足が体を貫くだろう。

それくらいスレイプニル脚力は鋭い。


「っ、どういうこったぁ? あぁ?! 近づくなたぁ、随分偉そうじゃねぇか!」

「ちょ、ちょっと止めろよ。 これ以上は不味いって」

初めはなんとなく声をかけただけのつもりだった冒険者達だったが、予想以上に人の視線が集まり、ガラスのプライドがあった筋肉質の男は怒りを爆発させる。

一方のマントの男は止めに入るが、相方は止まる様子もない。


「貴方、臭いのよ。分かってる? うちの馬が暴れたらどうするのよ」

「っクソあまがぁああ!!」

これ以上近づかれては危険だと思ったフローラは正直に臭いと発言するが、それが男の理性をプチっと切った。


「だから近づかないでって言ってるでしょう!」

真っ赤な顔の男が殴りかかって来て、それを見たフローラが一瞬で姿を消す。


これには近くで見ていた野次馬もかなり驚いた表情で、殴りかかってきていた男も同じだ。


フローラが行ったのは、戦闘職ツリーの中盤辺りで手に入る「瞬動」と言うスキルだ。

これは自分が目視した場所に一瞬で移動できると言ったものだが、デメリットもある。

それは一度発動させると途中で方向転換ができず、その上一直線で進む為途中に何かが入り込んだらぶつかってしまうところだ。

それでも目視した範囲、ゲーム内ではフレーム枠内全て移動できた。


男は一瞬驚き、すぐに感じたのは腹部の強烈な痛みと、胃から込み上げてくる異物感だった。


ドスッという音とともに男を地面に倒れ伏し、一方のフローラはいつのまにか男の横で拳を前に突き出して立っていた。


「これって、正当防衛になるかしら? まぁどっちでもいいけど。じゃぁそこの貴方? この人邪魔なんで連れて行ってくれないかしら?」

「は、はいい!」

汚ならしいものを触ったと手を懐から出した布で拭きながら残りの男に指示を出すと、男は唖然とした表情から一変しすぐに青ざめて激しく頷いた。





「それで、こんな事になったのか」

「っは! 私はカイト様のスレイプニルの安全を確保した次第です!」

フローラは綺麗に敬礼をして、自分の正しさをひたすら述べる。

騒動の中現れて快斗がフローラに事情を聞くと深くため息をつく。


ーーーいや、やったことは正しいか。ああいう輩は逆に下手に出るとつけあがるし、フローラ達からしたら舐められたら俺の沽券にかかわるはずだ。部下として。


快斗としても別に気絶させたくらいだし、相手は冒険者だから、そこまで気にしないでいる。

ゲームでは喧嘩などよくあったし、冒険者であればこんな事があっても自己責任と免れそうだと言う考えだ。


快斗達が来るとすぐさま場を解散させて、兵士長は倒れている男と真っ青な顔でいる男を鬼の様な形相で組合に放り込んできた。

自分が丁重に扱っている相手をみすみす騒動に巻き込んだ責任は重く、それ以上にこれでキレられたら人生終わりだ。


「す、すみません! あいつらは即刻組合から除名しますので!」

「あ、いやそこまでやる必要は無いですよ。まぁ、でも罰があってもいいかもしれませんね」

「じゃぁ、無償労働させますんで」

除名までは大ごとすぎると感じた快斗は何とか小さな罰程度に収めようとした。

兵士長もこんな冒険者ではあるが、冒険者の数が減っては街にとって損失であると考えており、その案に安堵する。




こうして漸く快斗達は宿屋へ向かう。


宿があったのは門から伸びる大通りをだいぶ進み、町の中央付近にある道が交差した地点だ。


まだ昼過ぎのせいかだいぶ人が多く、快斗が引き連れる馬車が目立って仕方がないが、兵士長の案内で宿の前に一旦止まる。


町の中央、この好条件に見合った外観である宿を快斗はボーッと眺める。


ーーーこれ、アパホテルみたいだなぁ。


目算7、8階建ての縦長のビルに、均等に窓が取り付けられている。

しかもただのコンクリートではない。

その上からペンキに似た塗料で綺麗に塗られ、落ち着いた雰囲気もありつつ、スマートな印象を与える外観をしている。


「ここがこの町一番の宿です。どうっすか? ここだとカイトさんに見合った立派な宿だし、守りもしっかりしてると思うんだが」

「完璧です! いやぁ、こんな立派な宿があるとは」

兵士長が傍から手を擦りつつ話しかけてきたが、快斗はずっと宿を眺めたまま頬を緩ませる。


ーーーゲームの中にこれたことは嬉しいが、住むところが中世並みじゃぁ辛かったからなぁ。うんうん、めっちゃいいとこ紹介してくれたじゃないか! この兵士長めっちゃいい人だな!


かなりの上機嫌な快斗の様子に兵士長は安堵し、アミエル達女性兵士も自分達の上司の喜び様に胸を熱くする。


ーーーと、と、と、トイレトイレトイレ


一人だけかなり切羽詰まった様子だが。

赤らんでいた頬は既に白くなり始め、目には若干の涙を滲ませている。


「じゃぁ兵士長さん、俺たちはここに宿を取るので」

「分かりました。じゃぁ自分は仕事に戻りますね」

兵士長はやっとこの緊張感から解放されたことで、気分が良くなってきた。


ーーーふぅ、おっと。まぁ男爵に報告が残ってたな。だが本当疲れたぜ。


兵士長は今一度頭を下げると、自分の目的地である男爵が住む館へ足を進めた。


「じゃぁ俺とアミエルで宿を取ってくるから、組合の時同様に外で待っててくれ。あ、問題は起こすなよ?」

『はっ!了解しました!』

一方の快斗は部下達に外で待機する様に言い、アミエルを連れて中に入る。

鉄製の頑丈な扉の中に入ると、そこは外観に似合った内装をしていた。


「随分と立派な宿だなぁ。楽しみだな、泊まるの」

「そ、そうですね」

快斗は歯切れの悪いアミエルを少し不思議に思いながらもカウンターへ向かう。

中の広間はサイドにソファがいくつも並べられていて、そこには身なりのいい壮年の男性や貴婦人、ご老人などが優雅に談笑している。

まるでクラシックでも幻聴で聞こえてきそうなほど上品な空間を見事に演出していた。

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