第3話 20万の漆黒馬車と、30万の8足スレイプニル。

「…こんな美女初めて見た。って、そっか。性別は女性を選んでたか」

隊長であるアミエルをはじめ、後ろに並ぶのはアミエルに劣らぬ美女、美少女達。

これがゲームの影響かと、少し驚く快斗だが、全員が女性だったことに驚く。

快斗は男性の兵士が現れると思っていたからだ。


今思い返せば、確かにこの召喚石が配布された時に兵士の兵別は男女で選べる様になっており、そのときに女性を選んだ記憶が蘇ってきた。

プレイヤーはMMOのゲームでは珍しいことに、男女比が7:3と女性プレイヤーが一定数いたことから、こう言う配布の時は性別を選べる様になっていた。


「それで大将殿、今回はどういった要件でありましょうか!」

長身の赤髪美女であるアミエルが、敬礼して快斗に伺いを立てる。綺麗で透き通った声だ。


ーーーそうか、こっちがリアルになったんだ。こう言う指示も必要か。


確か、こう言うときに配布される兵士の設定は、プレイヤーが大将であり、自分達は大将と共に戦地へ赴く兵士という認識、が一般的だった。


「んんっ! えー、アミエル?だったか? アミエルは、今の自分たちが置かれている現状を把握しているか?」

快斗は正直ゲームだ現実だの説明が面倒なため、ゲームの中にいた設定で話を通すことにした。

認識が違っていたら面倒なため、初めはアミエル達の認識の確認をする。

後一応、自分は大将ということになっている為、威厳のある落ち着いて少し低めの声で言葉を意識する。


「っは! 我々は、世界の果てにある宝を探しに赴く大将に付き従うため、秘術である封印石に入ったと記憶しております!」

「…そうか。その認識で合ってるが、緊急事態のために今君達を召喚させてもらった」

そういう設定だったか、と曖昧な記憶をたどりながら、快斗は少し仰々しくアミエルの前を横切って後ろに並ぶの女性兵士達を視線に入れていく。

アミエルの隣を横切るときに一瞬甘い匂いがして、なんだかいけない気分がしたが、気を取り直す。

後ろの女性兵士は、きっちりと軍服を見にまとっており、休めの姿勢で身動きひとつとっていない。

だが少し、大将を前に緊張した表情で快斗を見つめる。


「緊急事態でありますか? それはどういったことでしょうか?」

「俺が旅をしている最中に、次元の隙間に飲まれてな、見知らぬ土地に飛ばされてしまったんだ」

「そ、それはまさか古代兵器転移次元門に巻き込まれたんでしょうか?!」

「…そ、そうだ」

咄嗟に出た嘘が、まさかここまで反応されるとは思わなかった快斗は、声を上げて焦るアミエルに一瞬身を引く。

そもそも古代兵器次元門とは、プレイヤーである人達が街から街へと移動する際に使用する物だが、ゲーム内の人にとっては突然人が現れては消える為、危険なものという認識で合った。

快斗の出まかせが運良く二人の認識を擦り合わせる。


「それで飛ばされてしまったわけだが、どうも俺のレベルが1に戻ってしまってな。戦闘能力が戻るまで護衛をして欲しいんだ」

「な、なんとお労しい。了解しました! 我々分隊一同は、命にかえましても大将殿の身をお守りいたします!」

びしって敬礼をして決意に満ちた瞳を快斗に向けるアミエル、それに続く後ろの女性兵士達。


その決意の瞳を見た快斗は場違いながらも少し見惚れてしまった。

あまりにも整った顔で自分を見つめられると、正直言って男であれば照れるはずだ。






◇◆◇◆◇◆◇◆

「それで大将殿、転移次元門に巻き込まれたと言うと、ここは我々がいた世界では無いのでしょうか?」

「それも分からなくてな、これから手探りで探っていくところだ。手始めに乗り物を出して、近くの村か街へと行こうと思う」

「了解しました!」

なんとか話をつけた快斗は、アミエル達を数歩ほど下がらせると、再び指をスライドさせてメニューバーを出現させる。

その中である乗り物、を選択すると一つの馬車が浮かび上がる。

それをタッチすると、アイテム同様に巨大ポリゴンが出現し、弾ける。


「…やはり大将殿の馬車は素晴らしいですな」

「そうか?」

アミエルに褒められて、少し嬉しくなる。

それはそうだ。なんて言っても、快斗が課金した殆どは、この馬車につぎ込んでいるんだから。


目の前に現れたのは、漆黒に塗られ木でできた大きな馬車。

普通のサイズよりひとまわり大きいそれは、

世界樹の木をベースになっており、イベントボスモンスターであるキラークラーケンのレアドロップアイテムである高級イカ墨でコーティングされている。

その上木を固定している金属は、最上級のオリハルコンだ。

それに車輪のゴムは、これもイベントボスモンスターのフォーレストツリーのレアドロップアイテム、ゴムの樹液で出来ている。

これを作るのに、リアル現金で20万円は掛かったのだ。


そしてその馬車を引くために繋がれている、二匹の真っ白な毛を持つ8本足の馬はスレイプニル。

ブルルッと喉をならせるこの馬は、牽引モンスターガチャの目玉商品であり、2体を手に入れるのに2、30万はかかった。

あのときの辛さは表現のしようがない。


快斗は、正直出てくるスレイプニルは2体だと思ってたからだ。

普通牽引モンスターなら、必要な2体を出すと思うだろう?


「じゃぁ取り敢えず、これでこの草原を抜けようか」

「はっ! 了解しました! 大将殿!」

「あぁ、それと俺のことは大将ではなく、カイトと呼んでくれ」

「そ、そうですか? 了解です、カイト様」

様付けでも仕方がないから諦めることにした快斗は、そのまま馬車の後ろに回り込んで扉を開いた。

アミエルもそれに続くようにロングの長い髪を揺らして歩き出す。


「じゃぁ、私はカイト様のお側で護衛する。

君たちは外での護衛を頼む。取り敢えず今は公道に出るようにまっすぐ走って見てくれ。それで見つからなかったら、私がカイト様に伺いをたてる。道があったらそのまま進め」

『はっ!』

アミエルが後ろに控えた女性兵士達へ指示を出すと、統一されたように一斉に敬礼で返す。

それを見届けたアミエルは、快斗が入った馬車の扉をあけて中に入った。



「…ふぅ。これでようやく落ち着いたか」

馬車に入った快斗は中の椅子に腰をかけて一息つく。木製の椅子の上は、特性の高級クッションが置かれており、尻の痛みを感じない。


「カイト様、お隣失礼します」

「あ、あぁ、どうぞ」

同じ馬車に入ってきたアミエルが少し疲労の様子を見せる快斗の隣に座る。

再び臭ってきた甘い匂いに少し理性を焦がされた快斗は、背筋を伸ばして意識を保つが、それでも隣に今まで見たことがないほどの美女が座っていると意識すると、自然と心臓の鼓動が早まるのを感じている。


そんな少しおかしい様子にアミエルは余計に心配になる。


ーーーそうだ、カイト様はレベルも下がった様子であるから、身体的にも精神的にも気落ちしている違いない。ここは私がなんとかするべきだ。


縦社会の魂を持つアミエルは、自分の絶対的上司であるカイトを元気づけようと意気込んでカイトの手を握る。


「カイト様、レベルが下がって大変お辛いでしょう。ですが安心してください。私がカイト様の全てをお守りします」


ーーーち、近い近い近い!!

両手でカイトの手を優しく握ったアミエルはそのままキスするかのように顔を目の前まで近づけた。

その出来事に快斗はアミエルの手の柔らかさと、綺麗な顔が近くにあるという現実に余計に緊張を増す。


「あ、あ、ありがとう、アミエル。君みたいな部下が居て、俺は嬉しいよ」

「こ、こちらこそ、そう言っていただけて感激であります!」

それでも威厳を持って返答した快斗に、褒められたと感じたアミエルは頬を高揚させて、感激する。


ーーーか、カイト様がこんなにも私を頼ってくださる! なんて、心地いいのか!

トクン、トクンと早く打つ鼓動に身体を熱くするアミエルは、そのままカイトの手を握ったままでいた。



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